第26話 【杏奈視点】スマートフォン

 お兄さんがお風呂に入っている間、私は漢字の書き取りの宿題をやった。


 スマートフォンて凄いな。辞書の代わりになるんだ。漢字の書き取り宿題、すぐ終わっちゃった。

 お兄さん、何でも知ってる。高校生だからかな。いろいろ教えてくれる。うれしい。


「お兄さん」


 声に出してみる。良い響きだ。ずっとお兄さんに憧れていた。お兄さんが欲しかった。


 お父さんがいなくなってから私は一人だった。もちろん、お母さんはなるべく早くお家に帰ってきてくれたし、平日はお婆さんが家に来てくれた。


 お婆さんはいい人だったし、私をかわいがってくれた。だけど……どうしてだろう。とてもお兄さんが欲しかった。


「キセージジツ」


 入力してみる。


《次の検索結果を表示しています: キセイジジツ【既成事実】……既に成立もしくは発生していて、事実として認めざるをえない事柄》


「ふうん」


 これのどこが「恋人がやるような事実をする」って意味なんだろう。モアナちゃん、スマホを持ってないから正しい意味が分からないのかもしれない。あるいは「キセージジツ」って言葉が間違っているのかもしれない。


 でも「恋人がやるような事実」って意味の言葉知らないし、とりあえず「キセージジツ」って呼んでおこう。


「どんなキセージジツしようかな」


 モアナちゃんによれば「ちゅー」つまりキス。それは無理。

 やっぱりもう一個の「一緒に寝る」がいいな。簡単そう。お兄さん優しいから、お願いしたらぎゅーってしてくれると思う。


 お父さんがいた頃、一緒に寝た。お父さんは暖かくて大きくて、お布団の中で「いいこ、いいこ」って頭を撫でてくれた。


 お兄さんも頭撫でてくれるかな。撫でてくれたらいいな。


「お兄さんと妹」


 検索してみる。子育てサイトがたくさん出てきた。


「兄と妹が仲良しに育つコツ……ふうん」


 やっぱりお兄さんと妹は仲良しになるんだな。私もお兄さん……碧太さんと仲良くなりたい。


「仲良くなるには、って検索したらいいかな」


 スマホの画面に指を滑らす。ついつい検索してしまう。


 気がついたらLINEのアプリを開いてた。今日のお兄さんとのやりとりを読み直すと、自然と顔がにやけてしまった。


 お兄さんからもらったスタンプ、可愛い。一覧を見る。わあ。いろいろあるんだな。


「Love……」


 ハートのマークにLoveの文字。ハートを抱えるキャラクターの目もハートマークだ。


 お兄さんに送ったら、びっくりするかな。妹……義妹から好きって言われるの、迷惑だろうね。


 いつか、送りたい。中学に入ったら……送ろう。


「……もうこんな時間!」

 

 時計を見てびっくりした。あっという間に時間が過ぎていた。


 自分で自分の頭をポカってする。スマホ、危険だな。小学生に持たせない理由がわかった気がする。気をつけよう。


 お兄さんとLINEできればそれでいいのだから。家に帰ってから触るのはなるべく止めとこう。


「あがったぞー」


 廊下の方からお兄さんの声がした。お風呂。もうそんな時間なんだ。


「はーい」


 行かなくちゃ。お着替えを持って私は部屋を出た。

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