第25話 筑前煮

「ただいま」

「お帰りなさい」


 ショートパンツ姿の杏奈ちゃんが出迎えてくれた。


 スラリと伸びた細い太もも。小さな膝、そしてすっきりめシェイプのふくらはぎ。俺より脚が長く見える。羨ましい。


「やっぱり便利ですね、LINE」

「だな」


 あらかじめLINEで杏奈ちゃんにいつもより早く帰ると送っておいたのだ。


「それで……杏奈ちゃんのアイコンなんだけど……」


 帰宅途中、どうやって切り出そうかと悩んだが、ここはもう得意技である単刀直入しかないと結論。帰宅するなり切り込んでみた。


「あのうさ耳、どうしたんだ?」

「……」


 ちょっとだけためらった後、「お兄さんの部屋にありました」と杏奈ちゃんが言った。


「部屋に入ったの?」

「はい……」

「で、頭につけた」

「……ご、ごめんなさい」


 声が小さくなる。


「あれを付けたら可愛くなるかなって思って……。私、可愛くないから。勝手にお部屋に入ってごめんなさい」


 杏奈ちゃんが悲しそうな顔になった。俺は慌てて「違う、大丈夫だよ」と杏奈ちゃんに言う。


「ごめん、誤解させてしまったね。俺、責めてないんだ。だって、兄妹なんだよ? 家族だろ? ノックさえすればお互いの部屋行き来なんて、全然オッケー。だろ?」

「……ホント?」

「本当さ」


 杏奈ちゃんの顔が少し明るくなった。


「うさ耳の杏奈ちゃん、可愛いかったよ。俺、可愛い杏奈ちゃん、好きだぞ」

「か……可愛い?」

「そうだ。可愛いかった。うさ耳似合うね」


 ぱああ。杏奈ちゃんの顔が一気に明るくなった。


「可愛いかったんだ……」


 指をもじもじさせ、顔を赤らめる。


「あ、ありがとうございます。お兄さん。ほめてくれて」

「どういたしまして」


 兄として妹をほめるのは当たり前だからな。義妹であっても。


「それでだな、えーと……うさ耳以外は、何も使ってないのかな?」

「?」

「いや、だから他になんつーか、服とかストッキングとか……」

「お兄さん、ストッキング持ってるの?」


 不思議そうに俺を見る杏奈ちゃん。


「フェッ!? も、もちろん、持ってないぞ。うん。全然持ってない。そうか、他は何も着てない、付けてないんだ」

「はい」


 ふう。よかった。バニースーツは見つかってない。うさ耳だけ床に転がってたんだな。早く持っていこう。といっても、持っていきにくいんだよなあ。かさばるし、目立つし。


 とりあえず話題を変えよう。


「さてと。腹減ったな。晩ご飯は何かな?」

「えっと、今日の晩ご飯は焼き魚とがめ煮と味噌汁です」

「がめ煮?」

「はい」


 なんだ「がめ煮」って。亀料理? スマホで検索する。


「筑前煮なんだ」


 九州の一部地方ではそう呼ぶらしい。そういえば陽子さんは九州出身とか言ってたな。


「ちくぜんに?」

「そう。ほら、ここ見て」


 スマホの画面を見せる。


「……すごい。こんなことができるんですね、スマートフォン」

「杏奈ちゃんのスマホでもできるぞ」

「どうやるんですか?」


 首をかしげる。


「ほら……こうやって」


 小学生だもんな。スマホにどんな使い方があるのか、詳しくは知らないんだな。


「こんな感じで検索すれば何でも調べられる」

「何でも?」

「そう、何でも」


 もしかしたらペアレンタルコントロールで閲覧制限かかっているかもしれないけどな。


「お勉強に役立ちそうです」

「……そうだな」


 真面目だ、杏奈ちゃん。


「じゃ、頂くとするか」

「はい」


 がめ煮という名の筑前煮を食べる。


「お味はどうですか?」

「美味しいよ。杏奈ちゃんは料理が上手だな。どこで習ったんだ?」

「お婆さんから習いました。お婆ちゃん、給食を作るお仕事をしていたんです。だから料理が上手だったの」


 なるほど、だからいつも献立が給食っぽいんだ。


「奇遇だな。俺も小さい頃に婆ちゃんから料理を習ったぞ」

「本当ですか?」

「ああ。母さんが病気で亡くなった後、婆ちゃんが毎日来てくれてさ、俺の面倒見るために。で色々作ってくれたんだ」

「私と同じで、お婆さんからお料理習ったんですね。なんか、嬉しいです」


 杏奈ちゃんが笑った。ちゃんと笑えるんだ。いつも無表情だったからちょっと心配だったんだ。よかった。


「でも俺、料理下手でさ。だから代わりに梨々子が婆ちゃんからハンバーグとか肉じゃがとかポテサラとかの作り方習ったんだ」

「梨々子さん? 今日の朝の人ですか?」

「そう。梨々子は幼馴染みなんだよ、俺の」

「おさななじみ?」


 まだ幼い杏奈ちゃんには幼馴染みって言葉難しいか。


「小さな頃からのお友達、って意味だよ」

「お友達?」

「そう、お友達」


 杏奈ちゃん、何か考え込んでいるけどな。やはり「幼馴染み」という単語は難しかったか?


「仲良いですか、幼馴染み?」

「うーん。そうだなあ……。世間一般的には、幼馴染みというのは仲良いものなんじゃないかなあ」

「お兄さんと……お友達の梨々子さんです」


 俺と梨々子か。どうだろ。梨々子は俺に突っかかること多いけど喧嘩しているわけじゃない。中学の頃、俺にハンバーグや肉じゃが作ってくれたし、だいたい今はごっことはいえ恋人同士だ。


「悪くはないな」

「悪くはない……そうですか……」


 それっきり、杏奈ちゃんは黙ってしまった。黙々とご飯を食べる。


「ごちそうさま」


 俺より先に杏奈ちゃんが食べ終わってしまった。


「えーっと……どうしよう、お風呂」


 いつもは俺が先に食べ終わる関係で風呂も先だ。しかし今日は杏奈ちゃんの方が食べ終わるのが速かった。


「いつも通りでいいです」

「わかった」

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