第27話 早く来て、お兄さん

「あがったぞー」


 廊下から杏奈ちゃんの部屋に向かって声をかける。


「はーい」


 中から着替えを持った杏奈ちゃんが出てきた。


「ごめん、ちょっと遅くなった」

「大丈夫です」


 パタパタとスリッパをならして杏奈ちゃんが風呂へ向かった。


 自室に入る。視界にうさ耳カチューシャが目に入った。俺の机の上に置いてあった。もともとは床に落ちていたのを、杏奈ちゃんが置いてくれたのだろう。


「本当にいい子だよなあ」


 カチューシャを手にする。

 これを杏奈ちゃんが頭に付けたのか。よく似合っていたよな。

 俺が付けるとどうなんだろ。


「……」


 鏡に映った姿を見て、そっと外した。


 うさ耳カチューシャ以外のバニーガールセットはロッカーの中にある。ロッカーの中は開けなかったようだ。よかった。


 床に転がっているうさ耳を偶然発見、思わず着用した。思わず自撮り、アイコンにしたってところか。


「さてと」


 机に向かう。明日は英単語小テストだ。平常点に加味されるので対策せねばならない。


 単語集片手に勉強すること1時間。扉をノックする音が聞こえた。杏奈ちゃんだ。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 パジャマ姿。手には枕。

 ピンク色。杏奈ちゃんの白い肌との相性がいい。似合っている。


「……」


 部屋に入ってきたのはいいが、ずっと黙ってたたずんでいる。


「どうかした?」

「眠れないんです」

「眠れない?」

「はい」


 杏奈ちゃんは少し間を置いてから、静かに答えた。


「一人だと……寂しいの」


 枕をぎゅっと抱きしめる。


「一緒に寝てほしいです」

 

 伏し目がちに杏奈ちゃんが言った。

 そうか。部屋で一人寝るのは寂しいんだ。わかる。俺も小学生の頃は親父と同じ部屋だったよ。


 しかし、困った。この部屋、狭いのである。来客用布団を敷く場所なんかない。


「ごめん、杏奈ちゃん。一緒に寝てあげたいんだけどさ、杏奈ちゃんの布団を敷く場所が無いんだよ」

「一緒のベッドでいいです」


 え?


「お兄さんと、一緒のお布団で寝たいです」


 一緒って……俺のベッド、一人用なんだが。


「狭いぞ?」

「大丈夫です」


 うーん。いくら小学5年生といっても女の子だからなあ。同じ布団で寝るのはどうなんだろう。


 実の兄妹だったらするかもしれないが……俺と杏奈ちゃんは義理の関係だしなあ。


「駄目ですか? 駄目だったらいいです。一人で寝ます」


 杏奈ちゃんの声は抑えられてはいたが、明らかに失望の色を含んでいた。


 距離感。


 俺の心が揺れ動く。杏奈ちゃんと同じ布団で寝る。それって単なる兄妹の行為じゃないか。


 高校生の兄と小学生の妹だ。同じ布団で寝る、そこにそれ以上の意味はない。


「一人だと眠れないんだろ? いいよ、一緒に寝よう」

「……いいんですか?」

「ああ、いいとも。さっきもいったけど、狭いぞ」


 杏奈ちゃんが微笑んだ。


「大丈夫です。お兄さんと一緒なら」


 ててて。ベッドに近づく。すとん。お布団に潜り込んだ。心なしか、はしゃいでいるようだ。


「早く来て、お兄さん」

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