第22話 梨々子は捜査する
放課後。
俺は梨々子と一緒に部室棟へ向かっていた。梨々子が「Y1実行委員会を突き止めた」と言ったからだ。
「本当にサッカー部が本拠地なのか?」
「ええ。間違いないわ。ホント、情報を集めるのに苦労したんだから。みんな口が堅いんですもの」
「拷問でもしたのか?」
「するわけ無いじゃない。だから碧太って言われるのよ。ネットよネット。時代はインターネットなの。ネットの海は広大なのよ? 情報の宝庫なの」
微妙に年寄り臭い表現だな。
「で、たどり着いたの。Y1グランプリ実行委員の本拠地はサッカー部部室だって事実に」
「なるほど。だからサッカー部の部室を調べに行くのか」
「今日は水曜日。サッカー部は休み、部室には誰もいないはず」
ジャラ。梨々子が得意げに鍵束を見せる。
「私は生徒会副会長。副会長たるもの、サッカー部の鍵くらい、借りるのはわけないわ!」
そりゃそうだ。副会長だからな。なんなら書記でも会長でも会計でも借りれると思うぞ。
「いくわよ」
鍵を差し込む。開いた。
「ちょ、なに、臭い! 臭いわ、この部室! 凄く臭い!」
そこら中に脱ぎ散らかされたサッカーシューズ、そしてウェア。異臭の正体はこいつらに染み込んだ汗と何かだろう。
「ファブリーズ持ってくれば良かったな」俺が言うと、「そんなものでどうにかなるレベルじゃないわ」と鼻をハンカチでふさぎつつ梨々子が言葉を返す。
「確かに臭いな。窓を開けるとしよう」
梨々子と二人で全部の窓を開ける。よどんだ空気が消えていく。
「ぷはあ。やっと息が出来る感じ。なんで男子ってこんな環境で平気なの? さ、空気も綺麗になったし、探すわよ、証拠」
片っ端からロッカーを開けていく萌々子。
「おい、さすがにそれはマズいんじゃないか? プライバシーの侵害だろ?」
「Y1撲滅の大義の前に、プライバシーなんてないの。憲法の授業で習ったでしょ? 人権は公共の福祉のためならば、制限されるって」
「公共の福祉に反しない限り人権は守られるべきだって習った気がするが」
「公共の福祉に反しまくりなの、Y1グランプリは。だから許されるの。とにかく、口より手を動かしなさい、碧太」
わかった? と俺に念押し。
「はいはい。それで? いったい何を探すんだよ」
「もちろん証拠よ。投票用紙とか集計用紙とか、Y1グランプリの証拠ね。これだけ雑然としている部室なんだから、絶対どこかに何か落ちているはず」
「……」
紙の証拠は無いよ、梨々子。
Y1はネット投票なのだ。
女子は投票しないから梨々子は知らないんだろう。
「おかしいわねえ。何もない。あるのは古いノートパソコンくらいかぁ。うーん」
どう考えてもそのノーパソだろ、証拠。
「なんでないのかなあ」
「証拠があるとすればそのノーパソだの中だろう」
「どうして?」
「Y1はネット投票。だからだ」
「そういう大事なことは最初に言いなさい!」
梨々子、俺を睨む。
「押収するわよ、これ。証拠物件として」
「え? 待てよ。個人所有かもしれないぞ。だとしたら、いくら何でも越権行為だろ?」
「生徒会の辞書に越権行為という言葉はないの」
「それは欠陥辞書だね。買い換えをお勧めするよ」
声の主は俺ではない。
「誰!?」
梨々子が俺の背後に向かって問う。
「それは本来こっちのセリフなんだけどね、生徒会副会長さん」
ニヤけた声。部室入り口に一人の男子生徒がいた。浅黒く日焼けした肌、流行っぽいショートパーマ。制服の上からでもわかる筋肉質ボディ。どう見てもイケメンかつスポーツマンだ。
「お答えしよう。ボクは通りすがりのサッカー部副キャプテン、佐藤
「つ、連れ込んだ!? 私が碧太を!?」
ギロ。梨々子が俺を睨みつける。
「得能君、説明してあげて。なぜ私たちがここにいるのか、そしてどうして私が不本意ながらも得能君をここに連れてきているのかを」
「は?」
無茶振り過ぎるだろ。俺は目で「無理」と訴える。梨々子が「無理でもやって」と目で訴え返す。
仕方ない。やるしかない。
理由を考えつつ、とりあえず返事しとこう。
「あーそのなんだ、俺と梨々子がここにいる理由はアレだ、アレ」
「アレ?」
佐藤が意地悪い笑顔で聞く。俺、考える。何かないか、良い理由。
あった。
「そう、えーと……そう、臨時の備品チェックだよ。臨時かつ緊急に備品調べてたんだ、うん」
「備品チェック?」
「その通り。詳細は言えない。理由は……き、禁則事項だからだ」
「禁則事項? なんの規則によって禁止されているのかな?」
「……なんの規則よって禁止なのか、それを明かすのも禁則事項だ」
「ふーん。なんか怪しいけど、とりあえず納得した。で、なんで生徒会とは無関係な彼氏さんが一緒なのかな?」
「そ、それはだな……」
梨々子の人使いが荒いからだ。俺のことを便利屋としか思っていないからだ。
なんて言うわけにはいかない。冷静に考える。落ち着け。考えるんだ。
「それは……そう、俺が文芸部部長だからだ。文芸部部室は生徒会倉庫を兼ねていて、その関係で俺は倉庫の管理人も兼ねているんだ。今回、臨時の備品調査を行うにあたり、倉庫管理人として生徒会副会長である梨々子に付き添った。これが俺の存在理由だ」
「そ、そうなのよ、佐藤君。得能君は倉庫管理人として付き添ってもらっているの。誰もいない部室に連れ込んで親密な行為なんて、してないわ!」
ファサ。髪をかき上げ自信たっぷりに梨々子が言った。
「ということで、このノートパソコンは押収します。多分、なんらかの規則に違反しているはずよ」
「押収してどうするんだい?」
「し、調べるわ。なんらかの規則違反や禁則事項が無いかどうかを」
「ふーん」
佐藤がニヤニヤ笑う。
「Y1グランプリの証拠探しじゃなくて?」
「みぎゃ!」
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