第20話 もっと、恋人ごっこ

 明けて水曜日。


「今日も同伴出勤でござったな、得能氏」

「出勤じゃねー。登校だ」


 朝の教室で俺は遠藤とだべっていた。


「はっはっは。どちらでもよい。大事なのは本日も腕を組んでおったということだぞ、得能氏。昨日よりさらに接近しておったな?」


 遠藤の言ったとおり、今日も俺は梨々子と一緒に登校した。梨々子は昨日よりもさらに接近。校門の前では俺の肩に頭を乗せてきた程だ。


「あそこまでラブラブであると色々勘ぐってしまうぞ得能氏」


 下品な笑みで遠藤が言う。


「勘違いするなよ遠藤。俺と梨々子は清い関係だ」

「ほほう」


 信じてないなこいつ。


「ふ。まあよい。なんにせよ幼馴染みとゴールイン。王道展開でござる」


 ひっかかるぞ、その「ゴールイン」というワード。


「それはそうと、本日も昼休みは木山氏と食事かな?」

「多分そうだ」

「そうか。得能氏とのランチトークはしばらくは無理とみた。楽しみにしておったのだが」

「すまんな」

「気にするな。恋愛を優先すべし、だぞ、得能氏」


 片目を瞑って親指を立てる遠藤。


「コホン。ところで得能氏。少し聞いてもよいか?」


 改まった声で遠藤が言った。リアルでは初めて見たぞ。コホンと言う人間。


「文芸部に大垣乃亜という女子生徒が入部したと聞いたが?」

「ああ、大垣か。入ってるぞ」


 大垣は入学式の次の日に入部した。なんでも中学時代から高校では文芸部と決めていたそうた。ミステリーが好きらしい。


「その……彼女は元気にしておるかの?」


 なんだその気持ち悪い問いは。お前は大垣の爺ちゃんか?


「ああ。元気だぞ。凄く。大垣と知り合いなのか、遠藤?」

「ふ。知り合い以上幼馴染み未満といえようぞ」

「は? 知り合い以上幼馴染み未満? なんだそれ?」


 遠藤がセルロイド製黒縁メガネに指をかけ、ポジションを直す。


「彼女とは小中同じ学校でな。小学校以来、お互い図書委員として活動を共にしてきた仲よ。お薦め図書のポップを作ったりした日々であった」


 そうなんだ。知らなかった。


「共に過ごした小中時代であったが、図書委員会以外、すなわち図書館以外の場所で喋ったことはござらん。あくまで職務上の付き合い。友達どころか先輩後輩の仲ですらない。よって知り合い以上幼馴染み未満であるのよ」

「仲悪いのか?」

「それはないであろう。確かに本の趣味は違う。拙者はラノベ、大垣殿はミステリーだからな。しかし図書館では楽しくブックトークをした仲だ」


 遠い目で遠藤が言った。

 もしかして……。


「大垣のこと、好きなのか?」


 単刀直入に聞いてみた。


「ふ。ラブコメ主人公な得能氏、さすが思考がラブい」


 遠藤が笑う。こんな爽やかかつ悲しそうな笑顔の遠藤初めてだ。写真とりたいくらいだ。


「好きか好きでないか。拙者にはわからぬ。恋を知らぬ愚者ゆえ。しかし、大垣殿が妹ならばよかった、とは思うがな。それも義妹ならば最高」

「それ、大垣には言わない方がいいぞ。すげーキモい」

「フハハハ、オタクはキモくてなんぼ。我がオタク道に悔いなし! それに」


 遠藤がスマホの待ち受けを俺に見せてきた。画面には『異世界転生したら妹がバニーガールでした。ついでに幼馴染みもバニーガールでした』のヒロイン、紗希ちゃんのあられもない姿が。


「拙者、ただの女性には興味ござらん。このクラスにサキュバス、義妹、異世界の姫がいたら、拙者のところに来るがよい! なぬ!? いるだと!? おお、我がスマホの画面に異世界バニーにして魔界の姫、サキュバス義妹の紗希ちゃんが! ふんぬ! 我が妻よ、愛しておるぞッ!」


 そうだった。遠藤ってこういうやつだったな。知ってた。割と本気で紗希ちゃん好きだからな。ここまで振り切ってると清々しい。


 予鈴が鳴った。


「盛り上がってるとこ悪いが、俺、トイレ行ってくるわ」


 遠藤に告げる。


「おう。行ってくるが良い」


 教室を出てトイレに向かう途中で梨々子に会った。というか待ち伏せされてた。


「待ったわよ、得能君」


 ぞわん。また名字呼び。


「お友達と楽しそうにおしゃべりしてたね。何の話かな?」

「別に」


 俺、急いでるんだけどな。


「私と得能君の関係についてのおしゃべりかな?」

「そんなとこだ」

「そっか。朝からのろけてくれたんだ」


 どちらかと言えば遠藤がのろけてたような。


 すっ。梨々子が俺に接近。唇が耳元に最大接近。吐息が耳たぶにかかる。


「お昼、学食で待ってるわ。うふ」


 廊下にいた生徒の視線が俺に突き刺さる。


「じゃね!」


 足取り軽やかに梨々子が自分の教室へ去って行った。


 ……疲れるんだけど。恋人ごっこ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る