第19話 梨々子は見せびらかす

「なんだ?」

「なんで梨々子先輩、君づけかつ名字で先輩を呼ぶんですか? あと、言葉遣いも声のトーンもいつもと違くないですか?」

「あいつ、恋人ごっこモードだとああなんだ」


 そう。あの口調と表情、そして姿勢。あれこそ、クール美女にして生徒会副会長の木山梨々子様恋人ごっこモードなのだ。


「なんか別人みたいです」

「だろ? 生徒会室の梨々子はもっと別人だぞ」

「もっとなんですか!? どんなふうに、もっとなんですか!?」

「何回か見たことあるけどな……なんつーか、学園マンガの生徒会メンバーみたいなんだよ。オホホホって笑ったり」

「……世界は不思議にあふれているんですねえ」


 大垣、大きく息を吐く。


「不思議ではない。梨々子は生徒会長を狙っているんだ。それっぽいキャラを演じ、粛々と生徒会長への道を歩んでいるのさ」

「なんで生徒会長になりたいんです?」

「わからん。指定校推薦が欲しいんじゃないか? 生徒会長はだいたい指定校推薦もらえるからな」

「うーん……梨々子先輩、頭いいから指定校なんかいらないと思うんですけどねぇ」


 部室の奥で段ボールをチェックしている梨々子を大垣が不思議そうに見る。


 確かに梨々子は学年ベスト5をキープしている。指定校なんかなくても難関大に合格できるだろうし、だいたい学年ベスト5だったら指定校だって選び放題だ。


 幼馴染みでも分からないこと、理解できないことがあるってことだな。


 そりゃそうだ、他人なんだから。


「得能先輩、どうしたんです? なんか悲しそうですけど」


 大垣が俺の顔を覗き込んで言った。


「どうもしない」

「そうですか」

「そうだ」


 悲しい顔、か。そんな顔していたのかな。ま、確かにそんな顔してたのかもしれん。同じように育った幼馴染みは学年ベスト5なのに俺は平均以下。赤点こそないものの、いつだって綱渡りだ。悲しくもなるさ。


「お邪魔したわね、得能君。ありがとう。おかげで本日のチェックは完了しました」


 副会長モードの梨々子が俺に礼を言う。駄目だ、体中がむずがゆい。


「あ、ああ。それはよかった」

「明日も来ますね」

「そ、そうなんだ」

「そうなの。うふ♡」


 うげええ。なんだ今の「うふ♡」。こんなの、梨々子じゃねえ。


「じゃ、後でね、得能君。いっしょに帰りましょう」

「お、おう。後でな」

「「「きゃー! 一緒に帰るんだ!」」」


 ボランティアの1年女子が一斉に声を上げる。なんでユニゾンなんだよ。三つ子か。以心伝心か。


 きゃいきゃい騒ぐ1年女子を引き連れて梨々子が生徒会室に帰っていった。


「フウ」

「お疲れっすね」

「ああ。俺、ジュース買ってくるわ」

「大垣は炭酸が好きです」

「誰が奢るって言った?」

「大垣の脳内にいる得能先輩です。先輩は大垣に愚痴を言いたい気分なのです。その代償にジュースを奢ってもいいと思っているのです」


 図星だ。奢ってもいいという部分以外。


「たっぷり愚痴を聞いてもらうからな、大垣」


 俺は購買へと向かった。

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