第16話 馴れ初め
いつもの口調に戻ったな。
「教室に着いてびっくり。めちゃくちゃ聞かれるのよ、馴れ初め」
疲れ気味の梨々子が愚痴る。
「俺も遠藤に聞かれたぞ」
「1人だけでしょ? こっちはクラスの女子全員。なんなら隣のクラスからも来ていたわ」
「それは大変だ」
「でしょ? そこで気がついたの。私と碧太が語る馴れ初めが違っていたら問題だなって。恋人ごっこってばれちゃうって」
確かに。
「だから口裏を合わせておこうって思って呼び出したってわけ」
「口裏?」
梨々子がスマホを取り出し、画面を操作。
「送ったから」
「何を?」
「設定。私たちの。昨日の夜書いた」
LINEに何か届いた。設定らしい。
読んでみるか。
* * *
碧太は恋していた。幼馴染みの梨々子に恋していた。まるで夫婦のように過ごした幼い日々。碧太はいつの日か梨々子と結婚して本物の夫婦になりたいと思った。
思いを募らせた中学時代。何度も告白しようとした高校1年生。えっちなくせに勇気の無い碧太は告白できなかった。
しかし梨々子がY1になったことで碧太は焦った。何人もの男子生徒が梨々子に告白してきたのだ。どうしよう。このままでは梨々子が他の男と付き合ってしまう。でも告白するタイミングがない。
そんな4月のある日。生徒会倉庫兼文芸部室に憧れの梨々子がやってきた。備品チェックだ。思いがけず二人きりになる梨々子と碧太。
「うーん、届かないわ」
備品ロッカーの上にある荷物、そこに梨々子の手は届かない。
「俺が取ってやるよ」
碧太がかっこつけて取る。碧太のくせに。
「ありがとう。助かったわ」
「礼ならいいさ。梨々子のためなら火の中水の中、どこにだって行ける」
「ふふ、面白いこと言うわね、得能君ったら」
「俺は本気だぜ」
「え?」
「俺、本気で……梨々子のことが好きなんだ。ずーっと好きなんだ」
「え、え?」
「気がつかなかったか」
「ええ。そうなんだ。ごめん、気がつかなくて」
「そういうことだ。付き合ってくれ」
「ふふ。どうしようかしらね」
「頼む、一生のお願いだ! 俺は……俺は、梨々子が好きだーっ!」
* * *
「……なんだこれ」
「だから私と碧太の馴れ初めよ」
「それは分かる。なんで小説仕立てなんだよ」
「そっちの方が細かいニュアンス伝わるからよ。ちゃんと告白の台詞覚えてよ?」
「なんで俺が告白したことになってるんだ? 恋人ごっこ提案したの梨々子だろ? 普通に考えて告白したのは梨々子じゃないのか?」
「やっぱり碧太ってバカね」
やれやれといった風で梨々子は話を続ける。
「この恋人ごっこの目的、覚えてる?」
「もちろん。Y1グランプリ4連覇阻止のためだろ?」
「そう。つまりこの恋人ごっこは期間限定。Y1が終われば終わる関係なの。つまり別れるのよ。その時、私が碧太を振るわ。だから告白するのは碧太」
「全然意味が分からないんだが」
「だーかーらー、私から碧太に告白しておいて碧太を振ったら、すごい性悪女みたいじゃん? イメージダウンじゃん? そんなんじゃ、生徒会長になれない。私の夢、生徒会長になるってこと、知ってるよね?」
「知ってる」
「だったら協力なさい。梨々子ちゃんと仲良くしなさいって、碧太のお婆ちゃん言ってたでしょ?」
いつの話だそれ。
「とにかく、誰かに聞かれたら碧太が告白したって答える。場所は文芸部室。いいよね?」
「ああ」
「じゃ、教室に帰るわよ。もうすぐ予鈴鳴るわ。STに遅れないようにしなさい! 遅刻厳禁!」
梨々子が去った。人を勝手に呼びつけておいて勝手なもんだ。
「あ、それと」
梨々子が振り返る。
「お昼ご飯、一緒に食べるからね? 学食に来てよ!」
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