第15話 絶対、絶対、押しつけてる
正直に言おう。俺は舐めてた。恋人ごっこの恐ろしさを。梨々子の人気の高さを。
カップルで登校。そんなの高校生ならばありふれた風景である。胸を押しつけるように腕を組むのは少ないかもしれないが、ないわけじゃない。誰も俺たちに注目するはずないさ。
そんな俺の目論見は完全に誤りだった。
学校が近づくにつれ俺たちに視線が集まる。尋常じゃないほどに。
「あれ、木山さんじゃ……!?」
「ふ、副会長が男と同伴……登校だと!?」
「押し付けてるよな? あれ、絶対絶対押し付けてるよな!?」
「ぐはう! 俺の初恋が……初恋がーっ!」
絶望に満ちた男子の声。
「あれ、梨々子だよね?」
「隣誰?」
「てか、腕組んでない!?」
「絶対押しつけてるよね? ね? ちょっと、どーゆーこと? もしかして、そーゆー関係!?」
興味津々な女子の声。
怨嗟と好奇の声と視線が情け容赦なく俺に降り注ぐ。
「ふふ。注目の的ね」
梨々子は満足げだ。よくこんな視線の嵐に耐えられるもんだな。
「じゃ、また後でね」
「あ、ああ」
玄関で梨々子と別れ教室へ。
「はああ……」
席に着くなり俺は大きなため息をついた。
「疲弊しとるのう。得能氏」
微妙に韻を踏みながら話しかけてきた小太り黒めがねの男、遠藤龍一郎。自称「サブカル研究会最後の希望」だ。よくわからんが重度のオタクであることは保証する。
「やはり彼女持ちは色々お疲れか?」
ニヤけた笑顔を顔に貼り付けながら遠藤が言う。
「見たのか?」
「モチのロン。朝からリアルラブコメを堪能させてもらったぞ、得能氏よ」
「リアルラブコメ?」
「さよう。クール美少女かつ才女な生徒会副会長、木山梨々子。彼女は学園随一の美少女にしてヤりたい女子生徒ナンバーワン。彼女に告白して散っていった男子生徒は数知れず。そんな噂の美少女を射止めたのはなんとフツメン・オブ・フツメン、得能碧太その人であった!」
「数知れないほど告白されてんのか、梨々子?」
「やや誇張に過ぎた。カウントしよう。しばし待て」
ブツブツ。遠藤がまるで呪文を唱えるように「野球部キャプテン……バスケ部のエース……」など口にしながら指を曲げる。
「4人だ」
「数知れているじゃないか」
「にしても多いことは多いであろう?」
まあ、そうだ。
梨々子、モテるな。
「で、どちらからでござる?」
「何がだ?」
「もちろん、告白だ。さあ、言うが良い得能氏。告白したのはどっちだ?」
無駄にでかい遠藤の声が教室に響く。
「告白したのは美少女副会長木山梨々子か、それとも陰キャ得能碧太か。はっきりさせようではないか、得能氏?」
俺の耳元でささやく。やめろ。気持ち悪い。
てかさ、さっきフツメンオブフツメンって言ってなかったか、遠藤? なんでいきなり陰キャに格下げされてるんだよ。
まあいいけど。
改めて遠藤の問いについて考えてみた。そもそも俺と梨々子は付き合っていない。俺は梨々子の偽装彼氏。梨々子と俺は恋人ごっこをやっているに過ぎない。Y1欠格条件である彼氏持ちになるために恋人ごっこを提案したのは梨々子だ。
恋人ごっこなのでいわゆる「告白」は存在していない。あえて言うならばごっこを依頼して梨々子が「告白」したということになるだろう。
「それはだな」
俺が遠藤に答えようとしたその時、女子から声をかけらた。
「得能君、木山さんが呼んでるよ」
「え?」
「だから、彼女さん!」
女子が窓を指さす。梨々子だ。にこやかに手を振っている。
ありえん。梨々子が俺に笑顔で手を振るだなんて。逆に恐怖だ。
「早く行くがよい得能氏。女を待たせるのは良くない」
人生の酸いも甘いも噛み分けたかのような顔で言うなよ遠藤。お前、俺と同じく年齢イコール彼女いない歴だろ?
「なんだよ梨々子」
「ちょっとお話があるの。来てくださる?」
「なんだその口調? 頭でも打ったのか?」
「あら、いつも通りですけど? 生徒会副会長たるもの、言葉遣いに気を遣うべきですから」
満面の笑み……はずなのに目だけ怒っている。
「わかったよ」
「ありがとう、得能君」
ぞわわ。なんだよ得能君って。梨々子、俺のことを名字で呼んだことなんか無いだろ? 気持ち悪いぞ?
そんな俺の気持ちを知らないであろう梨々子、心なしかいつもより背筋を伸ばして俺の前を歩く。着いた先は誰もいない購買。
「なんだよ梨々子。こんなところに連れてきて」
「話があるからに決まってるじゃない? そんなことも分からないの? やっぱり碧太はバカ」
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