第14話 【杏奈視点】キセージジツ

 朝。


 いつものようにお兄さんと一緒にバス停へ。いつもと違うのはお兄さんのお友だちがついてきたこと。


 バスが来た。スクールバスに乗る。


「アンナちゃん、おはよー!」

「おはよう、モアナちゃん」


 お友達の来島くるしま萌明奈もあなちゃん。毎朝、私は彼女の隣に座る。


「ね、ね、昨日どうだったの!? お兄さん、て、呼べた?」

「……うん」

「きゃー!」


 モアナちゃんが手を口に当てる。モアナちゃんはちょっとリアクションが大きい。そこが可愛いなって思う。私にはできないから羨ましい。


「じゃあ、手を握るのは?」


 ふるんふるん。首を横に振る。


「えー! 駄目だよお! せっかくお兄さんて呼べたんだから、もっと仲良くならなきゃ!」

「そうかな?」

「そうだよ! まず手を振ることから練習だよ、アンナちゃん!」


 それ、手を握ることと関係あるのかな?


「ほら、まだバス動いてない! お兄さんに手を振ってあげて!」

「えっと……」

「もう、早く! 早く手を振らないと! そんなんじゃいつまでも手を握れないよ!」

「う、うん」


 小さく手を上げ、お兄さんに手を振ってみた。

 お兄さんは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに笑顔で手を振ってくれた。


「きゃ〜! 手を振り返してくれたわ! 大きな一歩ね!」

「そうかな?」

「そうだよ! ところでアンナちゃん、あの人、誰? ほらお兄さんの隣に女子高生がいる」


 あの人だ。朝ピンポン鳴らした人。バス停までついてきた人。


「お兄さんのお友達」

「お友達?」

「そう」

「ふーん……」


 モアナちゃんと一緒に窓からお兄さんを見る。


「きゃー! 手繋いでるう! ……え、ええ!? う、腕組んでるよ!? もしかしてお兄さんの彼女なんじゃない!?」

「カノジョ?」

「そう、彼女! 恋人!」

「違う……友達だもん」


 だって、お兄さんはそう言った。


「むう……友達なのに腕を組む……わかったよ! わかったよアンナちゃん! あの女子高生、ストーカーだっ!」

「ストーカー……」

「そう、そうよ。ストーカー! お兄さんにつきまとう迷惑な女なんだよ、きっと」

「そういえば朝から家に来てた」

「本当!? ちょっと、本格的に危険ね」


 危険なんだ。


「アンナちゃん、お兄さんと仲良くなりたいんでしょ? もっともっと、お兄さんと仲良くなって、本当のお兄さんになってもらって、それ以上になって、うんとうんと甘えるんだよね?」

「うん。私、お兄さん大好き。いっぱい甘えたい。だって私のお兄さんだもの」

「でもこのままじゃ、あのストーカー女にお兄さん取られちゃうよ! 甘えさせてもらえくなっちゃう!」

「ほんと?」

「ホント! だからなんとかしなくちゃ!」

「どうしたらいいのかな」

「う~ん」


 モアナちゃんが腕組みして考え出した。


「キセージジツね! キセージジツを作るしかないわ!」

「キセージジツ?」

「そう、キセージジツ。キセージジツをしたほうが好きな人を独り占めできるのよ。ママが見ていたドラマで言ってた」

「ふうん」

「ということで、アンナちゃん、お兄さんとキセージジツするよ!」

「わかった。私、お兄さんとキセージジツする」

「がんばろうね! あのストーカー女より先に、キセージジツだ! モアナも応援するからね」

「ありがとう。ところで……キセージジツって、何をすればいいの?」

「えーとね……ちゅー、だよ」

「ちゅー?」

「うん、ちゅー。キス」


 キスか。ハードル高いよ、モアナちゃん。私、やっとお兄さんって呼べるようになったばかりなの。ちゅーなんて、まだ無理。


「他にはないの?」

「うーん……。あ、そうそう。一緒に寝るのもキセージジツだよ。一緒のお布団でぎゅーってしてもらうの。ドラマでやってた」


 一緒のお布団? それは簡単そうだ。でもぎゅーってしてもらうのは難しいかも。

 信号でバスが止まった。後ろを振り返る。


 もうお兄さんは見えなかった。

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