第9話 杏奈ちゃん
「おい、碧太。杏奈ちゃんが可愛いからって変な気を起こすんじゃないぞ。お前、エロいからな」
いきなり始まる俺へのディスり。
「父さん知ってるぞ。お前、えっちなラノベたくさん持ってるだろ? 妹だの幼馴染みだの。いいか? これはラノベじゃないんだ。現実なんだ。杏奈ちゃん、まだ小学生だ。杏奈ちゃんに何かあったら息子であっても容赦しないからな。警察に通報しちゃうぞ?」
両家初顔合わせの席で親父は俺の背中をバンバン叩きながら言った。
おそらく、親父は気を遣ったのだ。俺に内緒で恋愛し、再婚するから。
俺に気を遣って「碧太の大好きな妹連れてきた」風にしたかったのだ。まるでお土産を持ってきたかのように。
だが、はっきり言ってそれって最悪。
「あら、碧太くんライトノベルが好きなの? 私も好きだったのよぉ。といっても20年前だけどね」
陽子さん——俺の新しい母さんが話に乗ってきてしまった。
「ね、今どんなラノベ流行ってるの? 教えて、新しいお母さんに!」
「そ、そーですね、今は異世界転生から悪役令嬢を経て」
「『義妹がバニーガールで超エロい』だよな?」
俺の言葉をぶち切って親父が話に割り込んできた。
「この前アニメになったヤツだろ? ほら、ハイレグバニーガールが出てくるエロいヤツ。碧太、あれ、好きだよな? 知ってます、陽子さん? 『義妹がバニーガールで超エロい』」
なんだよ、『義妹がバニーガールで超エロい』って。そんなラノベねーよ。仮に存在していても、この場にふさわしくないタイトルだってわからないのか?
だいたい俺が読んでいるのは『異世界転生したら妹がバニーガールでした。ついでに幼馴染みもバニーガールでした』だ。妹という単語とバニーガールという単語しか合ってねーじゃん。どこにも義妹とかエロいとかねーし。
「うーん、それは知らないです、雄一郎さん」
「そうですか! おい、碧太! 今度陽子さんに貸してやれ、『エロい義妹がバニーガールでムフフ』!」
タイトル変わってるって。それにもうそれラノベじゃねえ。エロ本だ。
「とにかくこいつ、妹が大好きでして。色んな意味で」
ちょっと待て。それじゃ俺、ただの変態じゃん。
「よかったね、杏奈ちゃん。碧太くん、妹が好きだってよ?」
「そうですか」
フレッシュオレンジジュースを飲みつつ、興味なさげに杏奈ちゃんが呟いた。
「杏奈ちゃんたら、もう少し愛想良くしたら?」
「どうしてですか?」
「だって、お兄ちゃんよ? 欲しかったんでしょ、お兄ちゃん。言ってたじゃないの。お兄ちゃん欲しい、お兄ちゃん作って、って」
「記憶にありません」
うつむいたままストローでジュースを吸い続ける。
「ごめんねー、碧太くん。杏奈ちゃん冷たい感じで。学校でもこうみたいなの」
「碧太、小説は小説、現実は現実だ。小学生の杏奈ちゃんにバニーガールのコスプレとかさせるなよ! 犯罪者になっちゃうぞ! はっはっは」
そんなやりとりのなか、杏奈ちゃんは外の景色を見ていた。俺の視線にも気がつかない。気がつかないフリかもしれない。
去り際。杏奈ちゃんがぼそっと呟いた。
「私、気にしてませんから」
小学生に気を遣われる高校生。
情けない。ため息。
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