第8話 義妹は小学生

「お帰りなさい、得能さん」

「ただいま、杏奈ちゃん」


 得能杏奈。俺の妹。つい一ヶ月前までは沢尻杏奈だった。まだ小学校5年生(当時は4年生)の女子。


 普通、妹に対して「ちゃん」とか付けないと思うのだが、この前まで他人だった小学生女子を呼び捨てするのには抵抗がある。だから俺は「杏奈ちゃん」と呼んでいる。


 杏奈ちゃんの方でも俺を「お兄さん」とか「お兄ちゃん」とか呼ぶのは抵抗があるらしい。


 かといって下の名前で呼ぶのも難しいらしく、俺のことは「得能さん」と名字で呼んでいる。杏奈ちゃんも今は得能姓なんだけどね。


「得能さん、今日のおかずはハンバーグとサラダ、かき玉汁です」


 どことなく給食っぽい献立だ。


「いつもありがとう」

「大丈夫です。そのぶん洗濯と掃除をやってもらってますから」


 二人暮らしというわけではない。両親はちゃんといる。


 ただ、今は不在だ。なぜなら俺の親父と杏奈ちゃんの母さん、新婚——再婚旅行中なのだから。それも2週間。


 ったく。小5女子と高2男子をおいて出かけるなよ。食事とか心配じゃねーの?


 どういうわけか杏奈ちゃんは小学生のくせに料理が上手だった。おかげで助かっている。


「今日は遅かったですね」

「ごめんね、杏奈ちゃん。寂しかった?」

「責めているわけじゃありません。ただ、遅れるなら遅れると連絡が欲しかったです。寂しくは……なかったです」


 ごそごそ。杏奈ちゃんが何かを取り出した。


 新品のスマートフォンだ。


「お母さんに買ってもらいました。LINE、インストールしてもらったの」


 最新機種じゃん。杏奈ちゃん手が小さいからやたらでかく見えるな、スマホ。


「LINE交換したいです。こういうとき不便ですから」

「そうだね」

「どうやればいいですか?」


 杏奈ちゃんにとっては初めてのスマホ。操作に慣れてないようだ。


「ここをこうして……」


 LINEの友達に俺が追加された。俺の他には杏奈ちゃんの母親だけだ。


「ありがとうございます」

「妹の面倒みるのは当たり前だよ」


 新米お兄ちゃんだけどさ。


「得能さんが兄で良かったです」


 じ。上目づかいで俺を見る。


「何か困ったことあったら、何でも言ってくれよな」

「はい」


 杏奈ちゃんが頷いた。


 色素の薄い肌、そして髪。すっきりとした目鼻立ち。なかでもくりくりっと光るこれまた色素の薄い瞳が印象的な杏奈ちゃん。


 小5のわりに手足はすらっと長い。肌の色や髪の色と相まって欧米人の血が混じっているのではないかと勘違いするほどだ。


 まるでフランス人形。ロリコン趣味でない俺でもついつい見とれてしまう。


 可愛い杏奈ちゃんに対し、俺はごく普通、ノーマルオブノーマル、アベレージオブアベレージな男子高校生。不釣り合いなことこの上ない。兄として恥ずかしい限りだ。


 そんな杏奈ちゃんと出会ったのは一ヶ月とちょっと前。いきなり親父から「碧太喜べ。妹ができるぞ」と言われた。


 思えばその時に気がつくべきだった。なぜ「再婚する」でなく「妹ができる」だったのか。

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