第5話 【梨々子視点】碧太のバカ

 碧太のくせに……恋人つなぎ。


 いったいどこで仕入れたのかな。そんな恋愛テクニック。


 碧太って彼女いたことないはず。

 私に隠れてだれかと付き合ってた?


 ないない。だって碧太だもん。だいたい私はずっと碧太見てきた。だからそれはないってわかるわ。


 どーせラノベから仕入れた知識でしょ?


 確かに私は言ったよ。恋人ごっこするって。偽装恋愛、お付き合いするって。だからって、いきなりアレはないよね、碧太。


 得能碧太。私の幼馴染み。マンションの隣の部屋に住んでた男の子。


 私には母がいない。私が幼いときに亡くなったから。


「すみません、得能さん。いつも梨々子をお願いしちゃって」

「いいんですよ、木山さん。隣同士ですから。助け合っていきましょう」


 幼い頃。保育園や小学校が終わった後、碧太の家で過ごした。

 碧太のところもお母さんがいなかったけど、おばあちゃんがいつもいた。


 後で聞いた話ではお婆ちゃんは碧太の面倒を見るため、毎日自宅から通っていたらしい。


 幼い私は碧太と碧太のおばあちゃんと多くの時間を一緒に過ごした。


 碧太の家でご飯食べたりお風呂入ったり、一緒に寝たり。


 お婆ちゃんの作るご飯はとても美味しかった。特にハンバーグと肉じゃが。碧太の大好物。いつか碧太を驚かそうと私はこっそり作り方を習ったりした。


 そんな日々も中学生になると変わってしまった。お婆ちゃんが亡くなったからだ。


 碧太一家は同じ市内にあるおばあちゃんの家をもらいうけ、そこに引っ越した。


 碧太が引っ越してからも私は何回か碧太の家に遊びに行った。大きな家に中学生の碧太と二人っきりでいるとどうにも落ち着かなかった。


 だんだんと碧太の家に行かなくなった。行かなくなって……距離ができて、気がついた。


 私、好きだ。碧太が好きだ。一緒にいたい。碧太と付き合いたい。碧太の彼女、恋人になりたい。


 碧太はどんな女の子が好きなんだろう? すごく考えた。


「何読んでるの?」

「ん? ああ、これ。ラノベだよ」

「ラノベ?」

「そう、ラノベ。ライトノベル」


 碧太はラノベが好きだった。中でもラブコメが。


「なんてタイトル」

「えっとね……」


 清楚可憐……幼馴染み……。


 ふうん。そんなの読むんだ。隣に本物の幼馴染みがいるのに。


 どんなお話しなんだろ。


 碧太の持っていたラノベのタイトルをネットで検索した。


 検索結果を見る。ふむふむ。これね、碧太が読んでいたラノベ。


 ちょっ、表紙がえっちなんだけど。凄く短いスカートで太ももさらけ出して、パンツ見えそうなきわどいポーズなんだけど。


 碧太のえっち。こういうのが好きなの? 男の子だな、碧太。試し読みしてみよう。


 最初にイラスト付き人物紹介。ヒロインの女の子、生徒会長なんだ。清楚可憐な黒髪で幼馴染み。碧太ってそういのが好みなのか。


 私、幼馴染みだよ? 友だちに合わせて少し着崩してるけど、基本的には清楚可憐だよ?


 私が生徒会長になったらそれって理想の恋人じゃないの? ねぇ碧太。


 碧太って私を異性として意識してくれてないよね。小さい頃から一緒過ぎて妹みたいに思ってるよね。


 決めた。高校生になったら、碧太をドキドキさせる。異性として意識させる。生徒会長になってやる。


 入学式、私は黒髪で清楚可憐。スカートは膝上10センチで決めた。

 清楚かつ可愛く見えるサイズ感。ネットで評判のコスメを買ってナチュラルメイク。生徒会長にはなってないけど。これなら碧太は私に……。


「梨々子って黒髪似合うな。清楚可憐って感じだな」

「そ、そう?」

「ああ。よく似合う」


 入学式のあと。碧太が話しかけてきた。


 ふふ。


 とうとう私を異性として認めたわね、碧太。さあ、告白なさい!


「見た目悪くないのに、なんで中学の時彼氏できなかったんだろうな、梨々子」


 胸が高まった。これって……探りを入れているんだよね? それとなく、自分への好意を見極めようとしているんだよね?


「断っているから、告白」


 意味深に私は答える。碧太がいぶかしげに「何で断っているんだ?」と聞いてくる。そこで私は答える。「ずっと好きな人がいるから」。

 すると碧太がちょっとだけ焦った声で聞くんだ。「誰だよ、それ。俺の知っているヤツか?」って。

 

 そうよ。碧太のよく知っている人だよ。心の中で呟きながら彼の瞳を見つめる。想いを込めて、目を潤ませながら。やがて鈍感な碧太でも気がつく。私の好きな人が自分だってこと。


「梨々子の好きな人ってさ……俺?」


 震える声で、自信なさげに、でもどこか確信めいた声色で碧太が言う。


「そうよ、碧太だよ。碧太がずっと好きだった」


 人生最高の笑みで碧太に微笑みかける。みるみる真っ赤になる碧太の顔。


「やっぱり碧太ってバカね!」


 そう叫んでから、私は夕日に向かって走り出す。


「待てよ、待ってくれ!」


 そんな私を碧太が追いかけて――――。

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