第3話 恋人ごっこ

「にゃ!?」

「大丈夫か?」


 なんか変な声出たぞ。


「あ、碧太の、えっち!」

「なんでえっちなんだよ」

「えっちだからよ! ……でも、ご、合格ね!」

「そうか。それはよかった。で、頼み事というのは何だ?」

「えっと、その、あの」


 なんだ? 言いにくいことなのか?


「絶対、言うこと聞いてくれる?」

「金なら無い」

「そういうお願いじゃない」

「じゃあなんだ?」

「あ、あのね。えーと、その、なんというか」


 またか。全然はっきりしない。


「つ、付き合って欲しいの! わ、私と!」


 なんだ、そんなことか。


「いいぞ。で、どこに付き合うんだ? 買い物か? それとも病院か? どこでも付き合うぞ」

「その付き合うじゃない!」

「じゃあどの付き合うだよ」

「彼氏! 恋人! 私と男女交際してって言ってるの!」

「う、うぇえええ!」


 俺より先、大垣が驚きの声を上げた。


「い、いきなりの告白! 大垣、初めて告白シーンを目撃しました!」


 ハアハアと荒い息の大垣。


「勘違いしないで大垣さん。これ、ダミーだから。恋人ごっこだから」

「恋人ごっこ? どういう意味だよ、梨々子」俺が聞く。

「さっき碧太が自分で言ったじゃん。Y1グランプリには条件があるって。彼氏がいないことと、清楚可憐であることって。私、どうやっても清楚可憐じゃない? バニーガールになってビッチになったら校則違反だし。だったら彼氏を作るしかグランプリ回避の方法はないでしょ? だから彼氏を作る。わかった?」

「なんで俺なんだよ?」

「仕方ないじゃない。碧太以外に頼めないもん、こんなこと。てかさ、小さい頃ママゴトやったじゃん。私がママで碧太がパパ。それと一緒。ごっこよごっこ、恋人ごっこ!」


 ったく。都合がいいときだけ幼馴染みムーブだな、梨々子は。


 確かに梨々子が男子とつるんでいるところをみたことない。事実として俺以外に頼る男性はいないのだろう。

 ここは幼馴染みとして一肌脱ぐことにしよう。


 で。恋人ごっこ、ね。


 何するんだろう。


 一緒に登下校して、夜はLINEで語り合って。休日はデートして。お互いの家を行き来して勉強会なんかやったりして。そんな感じか?


 ……今とあまり変わらんな。


 そもそも俺と梨々子の家は近い。俺んちが引っ越す前も引っ越してからもだ。

 最寄り駅は一緒。毎朝同じ時間で駅で見かける。時には会話もする。夜LINEが来ることもないわけではない。大概学校でむかついたことを一方的に俺に愚痴るだけの色気も何もないメッセージだが。休日だって、梨々子の買い物に荷物持ちとして動員されることはある。


「わかった。いいぞ。恋人ごっこしてやる」

「ふ、ふえええ!」


 目をまん丸に見開き、再び大垣が叫んだ。


「なんだよ大垣、大声だして」

「えっちです! とてもえっちです!」

「なんでえっちなんだよ」

「だって……好きでもないのに恋人ごっこですよ!? か、体だけの関係ってことじゃないですか! 梨々子先輩! もっと自分を大事にしてください!」

「ありがと、大垣さん。大丈夫よ。そんな関係じゃないから。それに私は生徒会副会長。もし碧太が変なことしてきたら、碧太を殺す」


 生徒会副会長だからって生徒殺していいのか?


「そ、それは過剰防衛ですぅ!」

「ということで碧太。勘違いしないでね? これは恋人ごっこだから。変なことしようと知ったら、殺すからね、社会的に!」


 生徒会副会長だからな、俺を高校社会的に殺すことなど訳ないってか。それって脅迫じゃん。ま、いいか。


「はいはい。しません。梨々子の嘘彼氏になっても変なことはいたしません」

「よろしい!」


 腕組みし仁王立ちする梨々子。


「お取り込み中ですが、そろそろ下校時間です」


 時計を見て大垣が言った。


「もうこんな時間か。俺、外で待っとくから着替えろ、梨々子」


 梨々子が頷く。

 俺は鞄を持って外に出た。

 大垣も鞄を持って外に出た。


 お前は中でいいんだぞ、大垣。

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