CODEⅨ:ミーミル

 知識に特化した能力。なにかを操ったり創造維持したりは出来ない。

 その代わり、未来予測レベルの演算が一瞬で出来るほどの知能を持つ。

 見た目の派手さはないが、その分鍛えると優れた軍神になる静かな凶器。


 * * *


 都内某所。とあるホテルのバルコニーで、地上を見下ろす影が一つ。

 金のパーティドレスを身に纏った長身の美女は、豊かな黒髪を風に靡かせながら、肩にかけた黒い毛皮のストールを腕に絡めて指先を耳元に添えた。


「其方はどう?」

『此方、戦鴉ヴァハ、もうすぐ終わるわ』


 インカムからの声を受けて、真っ赤なネイルを塗った指先でコンコンとインカムを二度叩く。


『此方、宵鴉バズヴ。こっちは終了したよ』

「そう。気をつけて帰りなさい」

『了承』


 一つ息を吐き、真っ黒な夜空を見上げる。

 緩やかに癖のついたロングヘアは彼女の女性らしい肢体に良く似合っており、濃い緋色の口紅や金粉を散らしたようなアイシャドウと見事に調和している。大きな胸の谷間を惜しげもなく晒したドレス姿は、会場中の人目を引いた。男性は滅多にお目にかかれない美女の存在に浮き足立ち、そのパートナーの女性は忌々しい女狐でも見る目で彼女を睨んだ。

 衆人環視から逃れてバルコニーで涼んでいる彼女の背後に、靴音が一つ近付いた。


「ご機嫌よう、レディ。パーティの主役のような貴女がこんなところでお一人とは」

「酔いを覚ましておりましたの。お酒には弱くて」


 困ったように笑ってみせると、男は笑みを深めて更に近付いた。


「……そうですか。ではよろしければ、私の部屋で暫く休みませんか? 水と軽食をご用意致しましょう」

「ありがとう。案内してくださるかしら」

「勿論」


 男のエスコートで、女は会場を離れて静かな部屋へと入る。

 天蓋付きの豪奢なベッドやソファ、美しい意匠のキャビネットやテーブルが並んだ貴族の寝室のような空間だ。

 女はストールを椅子の背もたれに預け、ベッドに腰掛けた。


「さあ、横になって」


 男が近付き、手を伸ばす。女を横たえて跨がり、見下ろす姿勢になる。

 すると、男の手の爪が鋭く伸び、頭にはヤギのような拗くれた角が生え、上半身が隆起して、上等そうなジャケットが音を立てて破れた。


「俺はお前のような尻も頭も軽いわりに肉の詰まった女が好きなんだ。悲鳴を上げて赦しを乞えば片乳だけで許してやってもいいぜェ?」


 得意満面に男が嗤う。と、ぶちりと肉の千切れる音がした。

 女が食われたのではない。音は何故か、男の首元から聞こえた。


「がァッ!?」


 腕を振りかぶり、背後を振り向く。

 其処には、一人の少女がいた。黒髪に紅い瞳を持った小学校低学年ほどの見た目をした少女は、両腕だけが鳥の翼のような形をしている。


哭死鴉ネヴァン、啄んでおしまいなさいな」

「はい、おねえさま」


 少女は黒い翼を広げて男に飛びかかり、喉笛に噛みついた。

 体格差など端から存在しないかのように容易く床に引き倒し、馬乗りになって更に肩へ食らいつく。


「ぎゃぼっ!?」


 噴き出す血をものともせずに肉を食い破り、骨を噛み砕き、全身を食い散らかす。それはさながら死体に群がる鴉のように。ビクビクと痙攣しながら息絶えていく男を容赦なく貪る少女を見下ろし、女はうっとりと笑みを深めた。


「おねえさま、うごかなくなってしまったわ」

「あら、早かったのね。ご苦労様。今回のオスは美味しかったかしら?」


 少女はこくんと頷き、舌なめずりをした。

 白い頬に残る血をハンカチで拭い、女は少女のやわらかな髪を撫でる。


「さあ、またわたくしを温めて頂戴、可愛い子」

「はい、おねえさま」


 少女は女に抱きつくとその身を黒い毛皮のストールへと変化させた。


「残念ながらわたくし、頭は軽くありませんのよ」


 艶然と微笑み、男の死骸にレースのハンカチをひらりと投げ落とす。

 女が会場を去ったのとほぼ同時刻。会場では、食人パーティの参加者たちが一斉に検挙されており、あとには鳥に食い散らかされたかの如き凄惨な有様の男の死体と、悍ましい方法で作ったとはとても思えない豪華な食事だけが遺された。



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