CODEⅧ:ヘルメス
創造と破壊の能力。
攻防一体だが、考えて成長しないと器用貧乏になりがち。
錬金術のような能力で、一見無から有を生み出しているようにも見えるが、実際は大気中の微粒子や周辺の物質を分解して再構築している。
* * *
――――お母さんは、わたしが嫌いなのよ。
大好きなのは男の人とお金だけ。わたしはずっと、気紛れに帰ってくるお母さんの機嫌がいいことを祈るしか出来なかった。
帰ってきたお母さんは、とっても機嫌が良かったの。わたしにたくさんのお菓子をくれたわ。こんなの初めてだった。そして、奇跡はそれっきりだったわ。お母さんはその日から、家に帰ってこなくなったの。それでわかったわ。
ずっと大嫌いだったわたしを、やっと捨てられるから機嫌が良かったの――――
保護した少女マリー=アンジュ・シェロンから得た聴取の録音を聞いて、捜査員の男性は難しい顔をした。
彼女は母親にネグレクトをされていた。十二歳でありながらも八歳ほどの体格で、手足は枝のように細く、髪も肌も荒れ果てていた。近隣住民曰く子供の声が聞こえたことは一度もなく、母親のことを独身だと思っていたという人もいるくらいだった。
母親は日本人男性をカモにしようと渡航してきたが、逆にホストにハマってしまい枕営業で妊娠。結婚をチラつかせるホストの言葉を信じて産んだ。だがホストは女が自分に執着するわりには金を入れなくなったと判断するや、あっさりと切り捨てた。子供が三歳のときのことだった。
基本的に、異能は先天発症である。
だが、産まれたばかりの赤子が使いこなすことは出来ず、また、暴走させることも滅多にない。異能を使うには明確な意思の力が必要だからだ。
マリー=アンジュは、空腹と寂しさが限界を超えた十二歳の夜、帰宅しても自分に見向きもしない母親への絶望が臨界に達し、無意識に異能を発動したのだ。
「ストレスで記憶をなくしたり視力や聴力が一時的に消失する件は珍しくないが……それにしてもこの光景を見て『お母さんがお菓子をくれた』はキツいな」
「ああ……」
机の上に放られた数枚の写真。
其処には少女の保護に向かった捜査員が撮影した、家の様子が写っていた。床にはゴミと日用品が区別なく散らばっており、窓は少女の証言通り目張りがされている。冷蔵庫も子供の手が届く野菜室は空で、使われているのは上部扉部分と冷凍室のみ。棚や引き出しの類いも、徹底して子供の手が届かない位置ばかりに使用感があった。
そして、寝室では母親が仰向けに倒れている様子が写っている。四肢を投げ出し、開いたままの目は宙を見つめ、半開きの口からは血が溢れ出ている。
なにより異様なのは、彼女の腹部だった。
「全く、悍ましいピニャータだよ」
母親の腹部は破裂したようになっており、其処から血や内臓ではなくキャンディが溢れていた。色とりどりの飴玉は周囲にも散らばっていて、保護された少女は母親の傍に座り込んで懸命に飴をなめていたという。
彼女は母親の死を理解しておらず、お土産で飴をくれたと認識している。
聞き取り調査の内容から、極度のストレス状態による解離症状だろうと判断され、無理矢理現実を突きつけることはしない方針となった。
その後、マリー=アンジュはエンジェルケージへと移送され、其処で異能に関する知識と一般常識を身につけることとなった。
「そこには食べるものはあるの? 出来ればお水もあるとうれしいのだけど……」
少女の問いに、移送職員が胸を痛めながらも「一日三食しっかり食べられるよ」と答えると、少女は目を丸くして「一日に三回もごはんを食べるなんてぜいたくをして怒られないかしら」と零した。
この不安と遠慮と恐怖に満ちた少女が、いつか水以外のものを当たり前に求めてもいいのだと理解出来るように。職員は小枝のような体を抱きしめて祈った。
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