第3話 教会の裏でサボる人


 鐘の音が響く。

 真昼を知らせる大教会の鐘の音だ。

 城下の人々は、その鐘の音を合図に大教会に集まってくる。

 毎日決まった時刻に行われる礼拝式は、厳しい制約もなく、どんな身分の者でも自由に参列できる、基本的には民衆向けのものだ。

 ただ、大教会自体はこの国を治める者の住まう城の敷地内にある為、それなりに警備もされている。

 特に問題が起こった記録もないことから、この国の治安の良さが伺える。


 ――とりあえず、今のところは……ね。


 神官を示す衣装に身をつつんだ青年は、ざわつく正門を避け、裏庭に続くわき道へと歩みを進めながら、そんな事を考える。


 ――まぁ、あの王にしてこの国あり……なのかなぁ?


 天高く伸びる円錐状の建造物の連なる大教会。

 何を思って、当時の建築家たちはこのような様式にしたのだろうか。

 雲ひとつない晴天に、その白い壁が眩しいくらいに良く映えている。

 薄暗い木立を抜けると、一面みどりの海が広がった。

 柔らかな芝生。白い煉瓦の敷かれた小道。質素だが上品な造りの水場。

 表のざわめきとは裏腹に、静かな空間に小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 お気に入りの緩やかな丘の上に寝転がって、青年は大きく伸びをした。

 ほどよい日差し。暑くも寒くもない、春の陽気漂う風が頬をなでている。


 ――ぽかぽか陽気がきもちー。


 手足を伸ばして、瞼を閉じて。

 このまま寝入ってしまいそうなそんな彼に、足音を消して近づく影ひとつ。

 影は青年に覆いかぶさるように顔を寄せて……


「よっ!」

「わぁ!?」


 耳元で叫ばれて、思わず飛び起きる。

 頭の奥で、なおも響き続ける音を消すのに軽く頭を振って、青年は声の主を見上げた。

 金茶の短いくせっ毛と菫色の瞳。

 人懐こい印象の笑みを浮かべて、少年が一人彼を見下ろしている。


「なんだ、君かぁ……びっくりした」


 小さな子供のように、頬をぷっくり膨らませて拗ねる青年のその横に、「ごめんごめん」と言いながら、少年は遠慮なくどかっと座り込んだ。

 あまり反省した様子もない彼の返事に、青年は苦笑を浮かべる。

 なにか思うところあって尋ねてきた様子だったが、特にせかすような事もせず、青年は再び芝生に寝転がった。

 少し雲がでてきただろうか……?

 白いかたまりがふわふわと空を漂う様を見ていると、優しい気持ちになる。

 暫くそのまま無言の時間が過ぎて、眠気にほわほわ意識をゆだねはじめた頃、少年がぽつりと呟いた。


「なーなー、エスにーちゃん」

「んー?」


 暖かな日差しのなか、ほんのり微睡みながらエスは間延びした返事を返す。

 少年は一度「うーん」と唸ってから、エスの顔をじっと覗き込んで話を続けた。


「俺、前から思ってたんだけどさ」

「うん?」 


 向けられる視線はなかなか真剣だ。


「にーちゃんってこの国の神官長なんだよな?」

「そうだね」

「いいのかよ、定時礼拝すっぽかして」


 神官の…しかも責任者が礼拝に出なくてもいいのか?――と、少年は言いたいらしい。

 単純に言えば「なにさぼってんだよ!」と。


 ――おや?


 はて……もう短い付き合いでもないだろうに、と、エスは小さく首を傾いで視線を少年へと向けた。

 眉間に皺がよっている。


「僕は礼拝にはいつもでていないよ」

「は?」


 皺が深くなった。


「随分昔には少しは顔をみせてたけどね。最近はめっきりかなぁ?」

「それで文句のひとつも言われねぇわけ?」

「ディニアちゃんには『先生ばっかり狡いわーっ!』って、僻まれるけどね」


 思い返して、思わず笑みが漏れる。この国の王は幾つになっても優しく、明るく、おおらかだ。

 それは先代も、先々代もまたその前もかわらない。

 弟と添い遂げたかのひとの血は、何代時を重ねても健在らしい。

 今代の彼女も例にもれず、いい娘に育った。少々おてんばではあるが……。


「姫さまらしいなぁ……」

「まぁ、人前にあんまりでちゃダメって注意されてるから、仕方ないよ」

「あぁ、なるほど」


 それでも、普通の命の輪から外れた存在を考慮することができる程度には、知識も度胸も身につけた。

 もう幼いばかりではない国の担い手を思い、目を細める。


「ま、特別不自由はしてないし、苦手な礼拝もさぼれるし……」

「やっぱさぼりなのかよ!!!」

「きみとこうやって、話せるしね!」

「なっ……」


 ウィンクひとつ添えてのたまえば、少年は絶句して固まった。

 純粋な好意に疎遠であった彼にとって、個に向けられる親愛や友愛はなかなかに刺激的らしい。


「ははは!」


 みるみる赤くのぼせる子供の頭をくしゃっと撫でてやれば、恨みがましい視線と共に言葉一つ。


「このっ……天然たらしっ」


 ――あぁ、今日も平和だ。




[終幕]

 

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蒼穹小話 あきらとり。 @akira_torry

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