第11話

 浮足立ったクラスの様子は、1限目、2限目を終えても変わる様子はなかった。

 永遠と「楽しみだね」やら「同じクラスになるといいな」やら、泡みたいに大した内容も詰まっていない会話が拒めども耳の中にするりと入ってくる。

 なるべく顔に出ないように細心の注意をはらいながら、私は努めて冷静に無表情を貫いた。とはいえ、ほとんど無表情のままなのだから、そのうちこの表情で固まってしまうんじゃないかと不安になる。

 アミはホームルームが終わったあとに遅刻してきて、教室に入る前に先生から注意されていた。

 それでも先生の目からはアミが取り扱いづらい生徒だと映っているのか、なあなあと注意しただけで、大した言葉は交わしていなかった。

 ついに3限目になり、皆チャイムが鳴ったあとすぐに教室を出て、体操服に着替え始め、競うようにグランドへ向かっていった。

 私も釣られないようにと意識はしていたが、やはりどうしても周りの空気に押されてやや早めに着替え終わってしまった。

 どうにも彼らと同じような行動を取るのが嫌で、せめてゆっくり移動しようと、廊下の右側にある窓をなにかするでもなく見つめて歩みを進める。

 四角い窓の額縁から見える景色は、3限目になっても彩度が落ちることなく、むしろ増したんじゃないかとおもうほど、アスファルトのカレットがその小さな体で懸命に光を反射し、周りの木々も風で穏やかに揺れている。

 いっそこのまま授業をサボれる勇気があったら。

 そんな考えが頭によぎったとき、パシャ…と、瞬間的で、静かな音が人のいない廊下で響いた。

 同時に、背中にひんやりとした痛みにも似たような感覚がはしる。

 足を止め、無音になった廊下を、ピチャピチャと雫が服を伝って滑り落ちる音が虚しくも響く。

 じっとりと水分を含んだ体操服が、磁石みたいにピタリと背中に張り付いた。

 少しぬるくなった体操服は、そこだけ服を着ていないみたいだ。

 振り返ると、眉を寄せ三白眼となった凄んだ顔で、こちらを睨んだアミの姿があった。

 その手には水筒が握られている。

 お腹の上辺りが、瞬間冷蔵みたいにキュッと冷えていく。それはじわじわと周りに広がっていった。

 後ろにハルカやアミはいない。そういえば、鮮やかなオレンジ色みたいな嬉色を浮かべるクラスメイトたちとは対照的に、アミは学校に来てからずっと不機嫌そうな顔をしていた。

 ハルカとルカは楽しそうに話していたのに、どうしてアミだけがこれほど不服そうな顔をしているのだろうか。

 雫が落ちきった背中には、まるでアミの不機嫌さがにじみ出ているようだ。

 アミと目を合わせていることができず、何か言おうか迷い始めたとき、アミは突然なにかの電源が入ったみたいに動き始めてそのまま玄関へと向かっていってしまった。 

 アミの意図がよくわからず呆けていたが、すぐ近くにあった時計にはあまり余裕がなく、私は教室から雑巾を引っ張り出して、濡れた床を拭いた。

 洗う時間はなかったため、そのまま雑巾を教室に戻した。

 背中はまだぬるくなった水分が背中を撫でていたが、すぐに乾くと思い踵を返して玄関に向かった。

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