第29話 色は匂へど 散りぬるを

栃木県へ移動している最中の車内は、旅行でウキウキの進吾と運転している旦那、助手席に私という形で座っていた。


「せっかくだし音楽かけるか。おまかせで」


旦那がそう言ったので、私が好きなアーティストの曲をかけた。ドライブと言えばこの曲というイメージが強く、私が運転する際には必ずかけている歌だ。


みんなで歌ったりしていたため、それだけでも十分楽しかったが、その分疲れてしまった気がする。そのせいか、途中で寝てしまった。



車を走らせること数時間。目が覚めたら目的地に到着していた。最初にやって来たのは華厳の滝だ。


チケットを買い、エレベーターに乗って下へ下へと降りていく。降りてる最中、エレベーター内にあるモニターに四季折々の華厳の滝が写し出されていた。


「冬の滝も綺麗だねー」

「雪きれー」


美しい景色に見惚れていると、動きが止まり、扉が開いた。長い廊下を歩いた先には明かりが見え、外に出てみる。目の前には水の勢いが強く、迫力のある滝が見える。水量や勢いのせいか、遠くからでも音がごうごうと聞こえる。


「色んな場所から見れるんだな」


今いるところ以外にも下の階と上の階があるらしく、場所によって見える景色や人の数が違った。


「下に流れてる川も綺麗だな」


下を覗き込んでみると、ライトブルー色の水が力強く流れていた。水の色が明るく綺麗で驚いた。


「みてみて!虹がある」

「あっ、ほんとだー」


進吾が指した滝の中間辺りには、虹が描かれていた。滝を背景に写真も撮り、満喫した後、近くにある中禅寺湖に行くことにした。



「横にあるのが中禅寺湖だって」


車の窓から見えた景色は、青い水が一面にあり、その奥には心安らぐ大自然が広がっている。湖を横に私たちはドライブを楽しんでいた。


「絶景のドライブ日和だよね。水も空も青くて綺麗」

「あとでおりてみたい」

「もちろんその予定だよ」


そのまま車を走らせた。窓を開けると涼しい風が車内に吹いてくる。爽快感があり、気分が高まる。



車から降り、湖の近くまで来た。ぶらぶらと湖の周りを歩き、非日常感を味わっていた。


「ここの水が華厳の滝から流れてるやつなんだね」


そう言って後ろを振り返ると、旦那は平べったい石を持ち、湖に向かって投げた。石は水面で跳ね、また水面にぶつかり跳ねた。


「パパすごーい」

「昔はゲームもなかったからずっと水切りしてたんだよ」


そう言ってまた投げる。4回ほど跳ねた後、沈んでいった。


「どーやってやるの?」

「平たい石を探してみな。それを持って地面と平行になるようにして投げるんだよ」


言われた通りに挑戦してみるが跳ねずに沈んでしまった。


「もっと低い位置から投げてみると良いかも」


何十回か練習していると、偶然にも成功したのである。


「おぉーすごい!2回も跳ねたよ」

「ちょっとわかったかも」


コツを掴んだのか、数回に1回は成功するようになった。進吾の物覚えの良さが頭角を現してきた。



「よしそろそろ今日泊まるとこに行くか」

「どんなとこかたのしみー」

「でも行くまでが色々大変なんだよな……」


旦那の言葉に疑問を覚えた。ホテルまでの道のりは、山のなかとは言え、そこまで複雑ではないはず。だが、車に乗って数分後にはその意味が理解できた。



「進吾行くぞー!良ーく見ときなよ」

「うわー」


私はここに来る途中寝ていたから気づかなかったが、いろは坂を経由しなければいけないのだ。確かに大変な道である。


「看板に文字が書いてあるね」

「上りの時にもあったんだよ」


カーブするところに毎回一文字、標識に書かれている。上りの第二いろは坂と下りの第一いろは坂の文字を繋げると詩が出来上がる。


「なんてかいてあったっけ?」

「"いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つね"だったかな?」

「良く覚えてるね」


「えーっと、さいしょの文字は…"な"だ!」


元気良く標識の文字を教えてくれる。


「つぎは"ら"!」

「カーブやばいな」

「気をつけてね」


カーブの多さに加え、下り坂なので危険である。旦那も最初のカーブから一言も発さずに真剣に運転をしていた。その間も進吾は書かれている文字を言っていた。下ってる最中に見える、高いところからの景色はとても綺麗だった。


全てのカーブを抜け、下り終わると、旦那は深いため息をついた。


「ほんとお疲れ様」

「久々にこんな疲れたわ。それで、進吾は文字分かった?」

「うん」


その質問を待っていたかのように、すぐに答えてくれた。


「"ならむ うゐの"……なんだっけ? 」

「おくやま けふこえて"だね」


あんなに言っていたのに後半の文字を忘れていたらしい。見つけて言うのに必死だったのかもしれないと思うととても可愛らしかった。


なんとかいろは坂も乗り越え、いよいよ今回泊まるホテルへと向かった。

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