かぐや姫は帰らない 〜未来編〜

三日月未来

第一話 夢乃真夏と夢乃真冬

 大政奉還から二百年の歳月が過ぎた東富士見町駅前は再開発ラッシュが進んでいた。

昼間財閥の令嬢昼間夕子は、三日月姫姉妹と未来、零の四人を養女にしていた。


 夕子の判断で、昼間みか、昼間かづき、昼間みらい、昼間れい、として富士見町役所に届けられた。


 安甲神社の神主安甲次郎が徳田財閥の理事長のアドバイスを受けて、煩雑な事務手続きを助けてくれた。


 父の昼間功は六十六歳、母の輝子は六十四歳、祖父の昼間秋生会長に至っては八十六歳の計算になるはずだった。


 あの黄金の渦が起きるまでは・・・・・・。


「皆の者、三日月姫をお願いじゃあ・・・・・・ 」

 女神は黄金の渦の中からひとこと囁いて光の中に消えた。


 黄金の光は金粉に変わり、夕子、輝子、功、秋生の頭上に光の雨を降り注ぎ消えた。

同じ頃、夕子の同僚の星乃紫、朝霧美夏、酒田昇も同じ体験をする。


 昼間夕子の娘、昼間朝子は二十四歳になっている。

夕子が二十六歳の時の子だ。


夕子も五十歳になっていたのだが、時の女神の悪戯で夕子たち家族は娘を除いて実年齢が変わってしまう。


 頼んでもいないのに時の女神が時間をリセットして夕子と娘が同い年になってしまった。


 女神は、従者夕子の親切に対して健康と長寿を与えた。

 夕子と同じ場所に居合わせた者たち全員と三日月姫との前世の契りのある者だけが黄金の渦の若返りの恩恵を受けることになった。




 三年ぶりに中層マンションに建て替えらた東富士見町マンションに、昼間夕子と養女四人、そして朝子が転居する。

遅れて朝霧、星乃もマンションに戻って来た。


 神聖学園は一時、男女共学に移行していたが昨今の社会事情により再び女学園になっていた。

神聖学園都市も二十年の間に様変わりしている。


 神聖女学園の徳田理事長も健在で、現役だった。

夕子、星乃、朝霧の三人は、変わらず教壇に立っていた。


 夕子の娘、朝子は、母に似て美しい顔立ちと体型をしている。

週末になるとファッションモデル誌撮影に呼ばれていた。


 朝子の性格は、母譲りで男まさりのところがある。

朝子もまた、母夕子と同じ神聖女学園で古典教師をしていた。

部活顧問も同じ文芸部になっている。




「朝子、遅れるわよ」 


「お母さん、双子と間違えられるわよ」


「そう」


「だって、お母さん、この間の事件で若返ったじゃない」


「そうかしら、お母さんは何も変わっていないわよ」


「鏡をよく見た方がいいわね」


「朝子、無駄口叩いてないで行くわよ」


「お父さんは、もう出掛けたかな」


「お父さんは、ひと足早く行くって言って出掛けたわね」


 朝子は買ったばかりのコーラルピンクのスカートスーツに同じ色のシャツを着てハイヒールを履いた。

この日の夕子は色違いの明るい水色を選んでいる。


 みか、かづき、みらい、れいの四人の養女は、先に安甲神社へ出勤した。

今では、現世言葉を使いこなしている四人に夕子が微笑む。


 東富士見町マンションの玄関では、星乃紫、朝霧美夏が夕子を待っている。

この二人も時の女神の黄金の渦で若返っていた。


「お待たせ」


「じゃあ、夕子先生、学園に行きましょう」



 放課後、昼間朝子が文芸部の部室に寄ると、昔の卒業生の娘たちがいた。

夢乃、白石、日向の娘だった。


「先生、夕子先生は、どちらですか」


「母は、職員室ですよ」


「先生、ありがとうございます。

ーー ちょっと職員室に行って来ます」


 夢乃真冬は、朝子に敬礼の真似事をして部室をでた。




 夢乃真夏の娘、真冬が昼間夕子に職員室で質問を始めた。


「先生、失礼します。

ーー たくさんの超常現象のお話、お母さんが昔よくしてたの」


「真夏ちゃんのお嬢ちゃんね。

ーー あれは、もう遠い遠い昔の出来事よ」


「でも、先生のところにかぐや姫がいたのでしょう」


「彼女たちはね、三日月姫と言ったわね」


「先生、かぐや姫じゃないのですか」


「あれはね。物語の作家の想像なの。

ーー 御伽噺と現実が違うことはよくあるの」


「先生、私ね。かぐや姫に会いたいの」


「じゃあ、従者のみらいに聞いてみるわね」


「夕子先生ありがとう」



 夢乃真冬は、職員室の引き戸を大きく開けて振り返り、夕子に会釈して教室に戻って行った。


「昼間先生、あの子も、真夏ちゃんの生き写しね」

 朝霧は、そう言って深いため息を吐いた。


 星乃が朝霧を抱きしめて言う。

「もう、昔のことよ。

ーー あの子の記憶の中では今なのかもしれないけど」


「そうね、昔のことよね」

夕子が言った。



別の職員が、夕子と星乃と朝霧の前に来て伝達した。


「先生たち、失礼します。

ーー 玄関に面会のご婦人が見えています。

ーー それが、どう見ても女子高生くらいにしか見えないのですが」


「誰かしら」


「確か変わったお名前で、夢乃とか」


「夢乃ですか」


「ええ、春じゃなくて秋じゃなくて、

ーー そうそう真夏とか言っていました」


 三人は顔を見合わせて、一目散に学園玄関への廊下を走り出しながら呟く。


「先生、真夏ちゃんかしら」


「だとしたら、奇跡ね」


「もうあれから何年かしら」


 三人が玄関に到着するとセーラ服姿の女子高生が背中を向けて立っている。


「あの夢乃さんですか」


「夕子先生、ご無沙汰してます」


「真夏ちゃんなの」


「ええ、真夏です。

ーー 女神の光を浴びて若返ってしまったの」


 三人の教師は真夏を強く抱きしめて頬を伝わる雫が床を濡らす。

校庭は二十年前と同じ光が溢れていた。


「真夏ちゃん、あなたの娘さんに夢乃真冬という部員がいるわ」


「えええ、真冬ですか? 知らないわ」

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