あなたに世界は救えますか?

藤乃宮遊

プロローグ

 きっかけはポケットティッシュだった。

 駅前で不特定多数、老若男女に分け隔てなく配っているものだった。


 それをなんの気無しに受け取ってポケットに入れて、そのまま帰路につく。

 いつもどおりの毎日の繰り返し。特に変わったこともない。

 特にスキルもなく、能力もない。誰かの代替品のように、毎日が消費されていく。

 

 ユニークな能力が欲しいわけではない。

 しかし、誰かには必要とされたい。

 そんな思いを持ったまま、しかし、生きていくためには仕事を続けるしかない。

 哀れな人間よ。そう、残りの人生を歩んでいくのだと思えば、

 今、なにか行動を起こす必要もない気がしてくる。


―――――そこで問題です。

―――――あなたには世界を救えますか?


 ビル群の看板に大きく描かれた2文。

 普段は無視していたかもしれないが、見覚えがあった。

 なんのひねりもなく、ただ単に白地に文字が書かれただけのポケットティッシュ。

 同じ文章だった。


「救えるわけ無いだろ」


 ビルを遠くに眺め、交差点の信号待ちをしながら呟いたとき。 

 目に見える世界がスローモーションになり、そのうちに停止した。


 見慣れた景色から活気がなくなる。

 薄く白みがかった世界に、自分だけが動ける違和感。


『あなたは選ばれました』


『―――――選択肢24』


「は??」


 突如世界から聞こえる抑揚のない女の声。

 おそらく自分にしか聞こえていないのだと実感した。

 

 次の瞬間に、世界に引き戻される感覚と、

 自分の後ろから歩いていた人たちの、舌打ちの音と喧騒が聞こえた。

 「立ち止まるよ」「クソ邪魔くさ」「くさっ」「クビになったんじゃね?」


 いつの間にか信号が青に変わっていて、高校生たちは談笑しながら自分を追い抜いていく。おそらく自分のことを餌にして会話が弾んでいるのだと思うと、無関係の人間の時間を消費させたのだと少し、世界に認められた気がする。


 しかし、それが自分を対象にした会話だったとして

「臭いは傷つく・・・」


 歩き出そうと手に力を入れて、違和感に気がついた。

 先程からポケットティッシュを持っていたはずの右手に硬い感触があった。


 ふと視線を落とした先には、自分の持っているはずがない端末が握られていた。


『世界を救ってください。

 ―――――残り364日23時間59分23秒』


 端末の画面にはカウントダウン表示。

 停止した世界で選ばれた言葉は妄想ではなかったのかと確信。


「・・・」


 そうして、一旦帰路についた。 

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あなたに世界は救えますか? 藤乃宮遊 @Fuji_yuu

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