第10話 未来へのいと

第二次世界大戦は、終盤へと向かいつつあった。

連合国にとっては長くも華々しい反撃への道であり、

枢軸国にとっては長く苦しい亡国への道となる。


大日本帝国は、南洋での消耗戦によって宝石よりも貴重なパイロットを失い続けた。

輸送路は潜水艦に食い荒らされ、島々に取り残された兵士にとっての最大の敵は飢餓と病だった。

アメリカとの国力の差がそのまま継戦能力の差になり、以後その戦力を戦前のレベルまで回復することはついぞなかった。


ドイツは、一度は広げた勢力図が穴を空けられた風船のように萎ませ始めていた。


西ではバトル・オブ・ブリテンで敗北。

数少ない水上戦力は個別に撃破され、潜水艦乗りが活動するだけになっていた。

それも大量の駆逐艦と対潜技術の向上により押しつぶされつつある。

今や制海権、制空権共に、完全に連合国側のものとなった。

連日連夜、戦爆連合がドーバーを軽々と越え、ドイツ本土へと襲いかかっている。

栄光のルフトバッフェは果敢な迎撃を行っているが、下火になりつつあった。


南ではアフリカから追い出され、イタリア半島に連合軍が上陸してだいぶ経った。

分裂国家となったイタリアの上半分で、ドゥーチェは人気を失いつつある。

妻ともども吊るされるのは、そう遠くない。


東では完全に息を吹き返したソビエト赤軍の反撃が勢いを増しつつあった。

陸上、航空、そのどちらでも量と質でドイツ軍は圧倒されつつある。

腐った納屋に蹴りを入れればソ連が崩壊するというのは完全な間違いだったのだ。

腐った納屋の中には報復に燃えるロシア人が、後ろにはアメリカ人が腕を組んで待ちかねていたのだ。

東方生存圏などは存在せず、皮を剥いてみればドイツは滅ぼされる側だった。

立場を逆転した酸鼻を極める復讐戦が、大量の火砲と機甲戦力により現在も進行している。

そして広大だった占領地の内部には、あれだけパルチザン狩りをしてもなお大量の抵抗者を抱えていた。

皮肉的な事に、その苛烈なパルチザン狩りが新たなパルチザンを作っている事に、実行していたドイツ軍は気づいていても、手を止めることができなかった。


まさしく四面楚歌だ。

誰も彼もがこの戦争を失いつつあると、心中で気がついているはずだった。

一部の過激思想持ち以外は、帰って来る兵士たちの表情の変化に気づけるはずだ。

戦争前半には確かにあった世界を統べるナチスドイツという夢は霧散しつつあった。





それでもまだ、戦争は終わっていない、虐殺も同じく。






「ここに集まってもらったのには理由がある」


今、俺は『地下』にいる。

複数ある施設の内の一つ、ある程度のスペースを用意した場所だ。

会議室として利用したり、何かあった際の臨時避難所としている。

そこに職員たちに集まってもらっていた。

傍らにはサウル、ボーマンが控えている。

職員たちは不安げな顔をしているものが多い。


俺は一つ、彼らに情報を伝えるべきだと感じていた。

皆、先の見えなさに不満を覚え始めているのが伝わる。

働けない者、それに子供たちは確実に増えている。

このままナチスの支配が続けばここだってどうなるかわからない。

そう思うのは当然のことだろう。


ここは何しろ世間から完全に隔離した場所であったからだ。

情報は、信頼の置ける共犯社員たちの運搬した物資など伝いである。

ラジオもあるにはあるがプロパガンダばっかで面白くはないだろう。

何より敵とする民族を主としている場所がここなのだから誰も聞かない。

仕方がない所があった、一度バレてしまえばここは簡易収容所に様変わりだ。

徹底した管制の下に俺の趣味は遂行されなければならない。

命を預かるものとして、それは絶対の約束だった。


「まず最初に喜ばしいニュースを伝えよう、この戦争にドイツは敗ける」


ドイツ人の、それも親衛隊に所属している者が言ってはならないことを俺はさらっと言った。

その空気というのは中々に形容しがたいものだ。

恐らく職員一同、ついに社長が一線を超えたのか?という空気が軽くあった。

唯でさえこの施設を伊達と酔狂でやってるのだから、そう思われるかもな。

眉をひそめたサウルがトントンと俺の背中を横から叩いた。

しょうがねぇだろと軽く睨み返し、俺は続けた。


「あと2年も、この状態は保たないと見ている」

「知っているかもしれんがドイツ軍は負け続きだ、東に西に南に負けっぱなしだ」


あらかじめ用意した簡易的な地図と統計を纏めて、わかりやすく伝える。

内部情報ダダ漏れである、それに結局、歴史は殆ど変わっていない。

俺程度の小石で何とかなるわけではないと、もう少し早く知りたかった所だ。

それにしても、酷い地図だった。

最盛期の第三帝国から考えれば、手足の腐れ落ちた瀕死の病人だった。

これに加えてと、俺は爆撃された都市群の写真を貼っていく。

呻きがあがる、実際そこに住んでいた職員もいるだろう。

酷だが見てもらわなければならない。

廃墟となったドイツ各地の風景であった。

ある情報収集の”ついで”に集めていたものである。


英米連合のドイツ本土空襲は、これでもまだ全力ではなかった。

1945年に入ってからが本番だった。

英米の身内からも非人道的だと言われる作戦がある。

あの作戦に投入された爆弾の総量は、日本に落とされた原爆の威力を上回っていたと、昔どこかのSFで読んだことがあった。


束の間、金もなかったし家に居たくなかったから図書館子だった事を思い出した。

俺は今本の中で読んだ歴史のただ中にいるのだった、久しく感じていなかった。


「というわけでそろそろドイツは首元にナイフを突きつけられる時が来たというわけだ」

「この予測への信頼が難しいというものは、こんな施設を作るまでした俺の目を信じてほしい」


目に指を当てて俺は笑い、幸いというか何とか滑らずにすんだ。

戸惑い気味ではあるが、まぁそれなら信頼できるかもという職員たちの姿には安堵があった。

俺は知っているから良いが、こんな息の詰まる所でずっと様々な人の世話をしてたら滅入るだろう。

おまけに衣食住は無料だが、ほぼ無給だ。策は色々と考えてはいるが……。


そこで、俺はすかさず二の矢を放った。


「というわけで、皆さんには戦後に向けた身の振り方を考えてほしい」

「時間を持って面談を行うので、要望や考えていることを教えてくれ」


今度こそ職員たちはビックリしていた。

ついにサウルからは気が早すぎますってば!と半ギレ気味に言われる。

ボーマンにモーゼス医師はちょっと笑っているのが見えた。




たしかに気が早すぎるかもしれなかったが、それはそれで重要な事だ。

これからますますドイツの情勢は悪化していくし、戦後はもっと最悪だ。

第一世界大戦ですら経験することがなかった国家の分裂までもが起こるのだから。

そこでの身の振り方を、今からでも考えてほしいという気持ちが前々からあった。

俺が計画しているある事についても進めたかった。

















それに”彼ら”には未来があるからな。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る