閑話 2

「――スクォール先生が!?」


 私の言葉に、レントンは目を見開いたよ。


 そうだよね。キミにとっては彼は魔道を開いてくれた恩人だ。


 騎士学校に行っている間に急に居なくなったから、ずっと気にかけてたんだよね。


 だが、私――あたくしにとっては違う。


 私にとってならば、アレはこの歪められたユニバーサル・スフィア用にローカライズした魔道技術を生み出した者で、有益な技術者であるけれど。


 あたくしにとって……アレは明確に敵だ。


 それがわかったから、かつてのあたくしはアレに襲われたと罪をでっちあげて解雇し、放逐した。


 でも、それが甘かった。


 放逐ではなく、処刑なり――せめて拘束だけでもしておくべきだったと、ずっと後悔してきたわ。


 いや、私はもう知っている。


 あの段階では、もはや手遅れだったろう。


 お父様の――いいえ、アイツの命を受けて研究所の魔道士達は、孤児院を襲ったのだから。


 スクォールがあの子達を連れ去らなければ、あの子達はアグルス帝国に連れて行かれ――やがて発芽していたはず……


 どちらにしても、あの子達の運命はあそこで決定づけられていたんだわ……


 込み上げてくる怒りを拳を握り締めて押し殺し、私はレントンを見つめる。


「あなたには辛い話だけれど……彼は孤児院の子供達を違法魔道の実験体にしていたの」


「――なっ!?」


 そんな事、想像もしてなかったんだろうね。


 レントンは信じられないとでも言うように、ゆるゆると首を横に振る。


「あなたやカイルはあたくしがべったりだったから、おかしな真似はできなかったんでしょうけど……アイツはあたくしの目を盗んで、子供達に実験を行っていたのよ」


「――じゃ、じゃあ……先生がアイリス様を襲って解雇されたというのは……」


 噂としては耳にしていたみたいだね。


 私もスクォールの事も信頼しているからこそ信じられず――自分の中での物語ストーリーを創り上げていたというところだろうか?


 盲信者にはよくある精神作用だ。


 なら、私はその物語ストーリーを台無しにして、新たな脚本シナリオを用意してあげよう。


「ええ。の。そうでもしないと、彼を止められないと思ったから……」


 ……ウソではない。


 それがすべてでもないけれどね。


 決定的だったのは、彼とアイツがお父様やお母様にした事を知ったから。


 そして、あたくしとカイルのあの事も……


 アルベルトに嫁げないよう、淑女としてはありえない態度を取り続け、様々な男と関係まで持ったのに――それがすべて無駄だったと……夢は決して叶わないのだと知った時の絶望……


 ……まあ、その部分はとっくにあたくしが私を得た時に解決している。


 そう。今のあたくしはそれが大した問題ではないのを理解できている。


 だから、蘇りかけた感情を押し殺す。


「――そうか……違法魔道実験を行っていたから、孤児院は国に解体されて……」


 この手合いは本当に楽で良い。


 なまじ知恵が回るものだから、わずかな情報を与えるだけで勝手に物語ストーリーを組み上げてくれる。


 私はそれを確認し、都合が良ければ肯定し、うまくないなら否定か修正するだけで良いんだ。


「そう。その直前に、子供達はスクォールに連れ去られたようなの……」


 これはアイツが言っていた事だから間違いない。


 あの子達をアグルス帝国で発芽させる計画を潰されて、怒り狂っていたもの。


「先生は――みんなは今、何処に!?」


 そう。あたくしもずっと探していた。


 お父様をあんな風にした原因――スクォールを。


 そして、カイルの身体を再構築する時に、彼の魔道器官に施された刻印に接続する事で――そこに残されていたスクォールのローカル・スフィアの残滓を見つけ出し、ユニバーサル・スフィアを介して辿る事ができた。


 今、ヤツは――


「――ラグドール辺境伯領の東端にあるフォルス大樹海。そこでヤツは今も研究を続けているわ」


 あの子達を実験体にして……


「本当はあたくし自身が行きたいのだけれど……」


「貴女がラグドールに向かうとなれば、話が大きくなりすぎる」


 ええ。王妃という立場に加えて、カイルを癒やした事で聖女の肩書まで連ねられた今、理由もなくラグドール辺境伯領に向かうことはできない。


「だから、あなたに頼むの」


 代わりに私は大侵災の調伏に向かう。


 アルベルトが今後どう動くつもりかはわからないけど、わからないからこそ大侵災調伏の為に騎士団を張り付かせている現状はよくない。


 自分で空けた穴だけど、今は完全に足枷――いや、文字通りの墓穴になっちゃってるんだよね。


 幸いカイルを癒やした事で聖女と呼ばれるようになった今なら、私がアレを塞いだとしても不思議ではないだろう。


 ――問題はレントンがスクォールに対抗できるか、ね。


 あたくしとしてはレントンは優秀な騎士だと信じたかったけれど、私を得た今、はっきりとわかってしまった。


 彼は所詮、再生人類として優秀な部類という程度。


 自身の身体を改造しているスクォールの足元にも及ばないだろう。


 ……なら、だ。


 あっちがこの星のルールから外れた存在なら、こっちも同じ手を使うまで。


「来て、レントン。

 スクォールを追うに当たって、あなたに聖女の祝福を授けるわ」


 そう告げて、私はレントンをテラスへと連れ出す。


「――アイリス様? 祝福、とは?」


 不思議そうな表情を浮かべるレントンに微笑を向けながら、私は<小箱インベントリ>から聖杖――という事にしたデバイスを取り出す。


 今の貧弱な魔道器官では、他者の肉体再構築さえ一苦労だ。


 カイルに施した時は、魔道塔が接続してたユニバーサル・スフィアを利用したけど、今、ここにはあんな大規模刻印回路はないから――


「――アクセス。オーティス・サンクチュアリ」


 デバイスを通して、遥か上空――月軌道上に停泊させている母船に接続する。


 喚起詞コマンドに応じて、デバイスから光条が空へと駆け昇り。


「目覚めてもたらせ。<邪神の欠片ティアリス・ピース>」


 続けた喚起詞コマンドによって、母船の中枢インディヴィジュアル・コアが喚起され、デバイスを介して私の魔道器官ソーサル・リアクターが接続される。


 デバイスから立ち昇った光条を遡るように純白の柱が私に降り注いだ。


 これで母船オーティス・サンクチュアリ論理魔道炉ロジカル・ドライブを補助魔道器官として、魔法を喚起できるというわけだ。


「……こ、これがアイリス様の聖女の力……」


 驚き呻くレントンに、私はうなずきをひとつしてみせて、右手を突き出した。


「――目覚めてもたらせ。ビルドコンバーター」


 私の魔法によって、レントンが凍りついたように固まり、光の繭に包まれる。


 グローバル・スフィアに接続できなかった故に起きていた、この星の再生人類の欠陥――魂の根幹の欠落スフィア・エラー上書きアップデート


 魔道器官ソーサル・リアクターも教団の聖騎士準拠に換装する。


 わずかに反発。


 ああ、そういえばスクォールの刻印があったんだった。


 それを左手の一振りで消去して、換装は完了。


 次いで肉体そのものを分解して再構築。


 いずれ青の実験体アルベルト世界の抑止力アリシアと戦う可能性を考えたら、肉体もまたカイル同様に大銀河帝国騎士準拠にしておこう。


 帝国騎士の構築図レシピは、かつて銀の賢者が旅行番組を全スフィア配信していた時、酔った拍子に漏らしてくれたから知っているのさ。


 それが原因で大銀河帝国では騎士の大規模改修が行われたそうだから、私が知っているのは一世代前の構築図レシピって事になるけどね。


 カイルと違って、レントンは強化目的の再構築だけだから、ものの五分で完了する。


「さあ、目を開けて。レントン」


 光の繭が解けて現れたレントンにそう呼びかけると、彼はなにが起きたのかよくわからないという表情で首を傾げた。


「い、今のが祝福?」


「ええ。そうよ。自分ではわからないかもしれないけど、今のあなたは……」


 大銀河帝国と言っても、彼には伝わらないんだよね。


 そうねぇ……ああ、そうだ。


「あの頭のおかしい、グランゼス騎士――<竜牙>を超えたと言えば、伝わるかしら?」


 私が死ぬ前に見た記憶では、あそこの騎士の一部は兵騎なしの生身で魔物クリーパーと戦っていた。


 ぶっちゃけ大銀河帝国騎士でもそんな狂った真似をするヤツは滅多にいない。


 <大戦>初期に、主兵装だったバイオ・ウェポンを封じられた北天闘士が、苦し紛れにそんな戦術を執っていたという記録が残っている程度だ。


 無知ゆえの蛮勇と哂う事もできるだろうが、事実として彼らは魔物クリーパーに生身で抗っていたんだ。


 機会があったら、彼らの研究をしてみるのも面白いかもしれない。


「オレが<竜牙>を……?」


「ええ。相手はスクォール……大魔道の直弟子よ。

 それくらいでなければ、彼を捕らえられない」


「――アイリス様は、ヤツを処断するのではなく、捕らえろと言うのか?」


 かつて共に育った孤児達――家族を実験体にされていたと聞いて、レントンはスクォールに怒りを覚えたようね。


 信頼していたからこそ、裏切られた怒りに満ち満ちている。


 けれど、それは困るのよ。


「孤児院のみんなになにかあった時に備えて、彼が施した実験を吐かせる必要があるの」


 そして、彼がカイルから抜き取ったはずの、アレについても吐かせる必要がある。


「その為に、あなたにはもうひとつ、力をあげるわ」


 私はデバイスで床を叩いて小箱インベントリを喚起する。


 取り出すものはテラスには大きすぎるから、すぐ下の中庭に顕現するよう指定。


 それは、既知人類圏ノウンスペースにおける騎士の主兵装。


 兵騎なんていう局地戦騎体に頼っているこの星においては、過ぎたる力だろう。


「――こ、これは……」


 全高八メートルのその騎体を見て、レントンは息を呑んだ。


「――聖騎士仕様のロジカル・フィギュア・ウェポン……アグルス帝国風に言うなら、神像フィギュアね」

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