閑話 偽りの聖女の暗躍

閑話 1

「――レントン、忙しいのに呼び出して悪かったわね。

 大臣達の相手は大変だったでしょう?」


 アイリス様は、オレを部屋に招くとソファを勧め、オレを労ってくれた。


「お気遣い、ありがとうございます」


 と、告げるオレに、アイリス様は苦笑する。


「やあね。いまはあたくし達だけなのよ。普段通りで良いわ」


 昔からお優しいアイリス様は、孤児だったオレを友人として扱ってくれる。


「――じゃあ……」


 オレは咳払いして、アイリス様を見る。


「カイルは大丈夫なのか? 侍女長達に襲われて、大怪我をしたと聞いたが……」


 その報が届いたのは、つい先程――大臣達と大侵災対策の会議をしている時の事だった。


「ええ。神の思し召しで一命は取り留めたわ」


 アイリス様の説明によれば、一時は本当に危険な状態だったのだという。


 魔道局長であっても癒せないほどの重症だったのだとか。


 それを救ったのが、神の啓示を受けたアイリス様なのだという。


「――世界はまだカイルが死ぬことを望んでいなかったという事ね。だから、彼を救う為にあたくしに力をお与えになったのよ」


「ああ。貴女が居てくれて本当によかった……」


 まさか宮廷内で――しかも侍女長がテロを働くとは……


「対して、オレはなにもできずに……情けない!」


 言い訳になるがオレの元に報告があった時、城内は混乱の最中にあって情報が錯綜していた。


 城門すべてが戦略級魔法によって焼け落ち、堀にかかった大橋もまた崩壊させられていた。


 侍女長による犯行だというのも、つい先程知ったばかりなのだ。


 オレがただの騎士ならば、すぐさま犯人を追えたものを……


 将軍の地位が、これほどまでにわずらわしいものとは思わなかった。


 報告を受けたオレは、騎士や衛士に指示を出さねばならず、カイルを襲った犯人を追うどころか、会議室から離れる事すらできなかったのだ。


 オレ達が育った、あの孤児院を失くした時と同じ感情――焦燥感に胸が掻き毟られる想いだった。


 それでも職務を果たす為、騎士達に指示を出し続けた。


 侍女長達が犯人だと判明してからは、彼女達の捜索手配も終えている。


 そこまで終えたところで、先程、リグルド様とアイリス様が会議室にやって来られたのだ。


 現在は復帰なさったリグルド様の指示によって城の復旧作業が始められ、同時に大侵災調伏の補給物資についても、前向きに進められつつある。


 そうしてようやくオレは一息吐く時間を与えられ、カイルの容態を確認する事ができたのだ。


「……アイツが無事で、本当によかった……」


 育った孤児院を失くした今、オレにとってカイルは唯一の兄弟と言って良い。


 あいつが王となる道を選んだから、オレは騎士として支えようと努力して来たんだ。


 そう安堵の言葉を吐き出すと、アイリス様はローテーブルを回り込んでオレの隣に座り、オレの手を握ってくれた。


「……カイルは世界に愛されているもの。これくらいじゃ、死んだりなんかしないわ」


 と、優しい声でオレを励ましてくれる。


「そうじゃなければ、いくらお父様の力添えがあったからって、孤児から王にまで上り詰めるなんてできるはずがないでしょう?」


「そう、だな……そうなんだろう」


 思えば、カイルの人生は確かに世界に愛されているとしか思えないものだ。


 孤児にも関わらず、上級冒険者であるアリー師匠に稽古を付けてもらえたし、スクォール先生と出会ったことで魔法まで使えるようになった。


 お陰で騎士学校ではカイルもオレも、幼い頃から学び鍛錬してきた貴族の子供達に劣るどころか、常に上位でいる事ができたくらいだ。


 もちろん、あいつ自身が努力してきた事をオレはよく知っている。


 アルベルト王太子の悪政によって孤児院がなくなってからは、鬼気迫る勢いで鍛錬に打ち込んできたのを間近で見ていたから、今のあいつの立場が運命とか世界に愛されているなどという、曖昧な力によって手に入れられたものではないのはわかっているつもりだ。


 ……だが、まるで彼の危機を救うかのように、アイリス様が神の啓示を受けた。


 まるで建国神話の英雄――魔神を封じたという、勇者アベルと巫女アンジェリカのようじゃないか。


「リグルド様も復帰なさった事だし、これでオレも前線に戻る事ができる」


 本当はカイルが目覚めるのを待ちたいところだが、常に民を想うあいつは、自分の心配をされるより、一刻も早い侵災調伏を望むはずだ。


 現場を知らないがゆえに、楽観的に捉えている大臣達だったが、リグルド様なら現実に即した対処を取ってくれるはず。


 ならばオレが城に居続ける必要はない。


「――それなんだけどね、レントン」


 と、アイリス様は真剣な表情をでオレを見つめてくる。


「侵災調伏には、あたくしが向かうわ」


「――は?」


 驚くオレに、アイリス様は続ける。


「あなたを呼んだのは、それについて話す為なの。

 レントン、あなたには代わりに向かってもらいたい所があってね」


「この状況で、オレにさらに前線を離れろと!?」


 まるで力不足と告げられたようで、オレは思わず声を荒げてしまう。


「ああ、違うの。あなただから――信頼できるあたくしとカイルの友人のあなただからこそ頼むの」


 アイリス様はソファから立ち上がると窓辺に寄って、静かに告げる。


「神の啓示を受けた時、あたくしはその叡智とは別に、ある情報を与えられたの」


 溜息をひとつ。


 それからゆっくりと振り返り、彼女はオレに続けた。


「――アルベルトが生きているわ……」


「――なっ!?」


 思わずオレは立ち上がる。


「どうやって!?」


 ヤツは四肢の腱を断ち切られ、地下大迷宮に落とされたはずだ。


 そしてトランサー領に現れた魔神は言っていたはずだ。


 ――ヤツを喰らって復活した、と。


 それが……生きていた?


 オレの問いに、アイリス様は首を振る。


「……理由までは神も教えてくれなかったわ」


 それもそうか。


 アイリス様はあくまで神の啓示を受けただけなのだ。


「ひょっとしたら魔神の力かもしれないな……」


 勇者アリシアによって討伐された魔神。


 アレが最後の力を振り絞って、死後もなおもこの国を苛む為にヤツを蘇らせたのかもしれない。


「……ヤツは今何処に?」


 その問いかけにも、アイリス様は首を横に振る。


「……ただね、もうひとつ、神はあたくしに啓示をくださったわ」


 そうして彼女は再びオレの元に歩み寄り、そっと耳打ちする。


「――スクォールの居場所よ」


 その言葉に、オレは息を呑んだ。

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