第4話 47
――アリシア、君もよく見ておくんだよ。
君の身体の……いずれ戦斗騎となるはずの君の、真の使い方を――
そんなイリーナ様の声と共に、あたしは我に返る。
倒れた椅子とテーブル。
あたしはイリーナ様の小屋のデッキで頭を抱えて泣き喚いていて、イリーナ様は安楽椅子で目を閉じてぐったりしている。
そして……あたしがそれを見下ろしている。
――空が真っ赤に染まっていた。
初めて見たけれど、騎士としての知識でそれがなんなのかすぐにわかった。
――侵災。
と、それまで絶叫していたあたしが、ピタリとそれをやめて立ち上がる。
その胸の奥――ローカル・スフィアに宿った魔動の輝きは、イリーナ様のそれ。
彼女のスフィアは……魂は、今にも消えてしまいそうなほどに……ボロボロだ。
放っている魔動の輝きの強さに惑わされて、あたしは気づけていなかったんだ……
「ごめんね。わたしの身体では、この事態には対処できないから、使わせてもらうよ」
あたしの顔であたしの方を見て、あたしの声でイリーナ様が告げる。
「そして見て……いつか彼に――アルベルトに伝えなさい。
――理不尽に抗う為に人類が生み出した、力の使い方を……」
――アルに?
「いずれ必要になるわ……」
イリーナ様はそう呟きながら、あたしの記憶を読み取って<
「――イリーナっ!!」
「――姫様っ!」
と、屋敷へと続く小道をノーツ男爵と武装したマリーが駆けてくるのが見えた。
「――侵災が発生した。アリシア嬢は申し訳ないが、僕と共に対処に当たって――ん?」
と、さすがに魔道や霊脈に造詣の深いノーツ男爵は気づいたみたい。
「……君、イリーナかい?」
そっと耳元に顔を寄せて、声を落として訊ねてくる。
「ええ。アリシアと……遠く離れた甥っ子への最後の授業よ。対処は任せて。
――あなたはわたしの身体を連れて、衛士達と一緒に村を守って」
「君ひとりで行く気かい!?」
「――ひとりじゃありません! わたしもお供します!」
ドンと胸甲を叩いてマリーが請け負う。
「そうね。グランゼス騎士の――女騎士の意地を見せなさい」
と、イリーナ様はあたしの顔で微笑みを向ける。
そんなあたしの様子に違和感を覚えたのか、マリーは不思議そうに首を傾げたけれど、すぐにそれどころではないと思い至ったのか、大きく返事をしてうなずきを返した。
ノーツ男爵がぐったりとしたイリーナ様の身体を抱えあげる。
「――では、僕は村に向かう。
ふたりとも気をつけて」
「あなたも……本当に、世話になったわね……」
目を細めて、告げるイリーナ様にノーツ男爵は首を振る。
「こちらこそだ。
……いつか霊脈の果てで……」
それは<
「ええ。いつか漆壁の向こうで会いましょう」
と、イリーナ様はサティリア教会式で応えて。
ふたりのあまりにも短い別れは終わった。
そして……それであたしは気づいてしまった。
……イリーナ様は、ここで死ぬつもりなんだ、と。
――ダメ! そんなのダメ! あたしに身体を返して!
あたしは声にならない声で絶叫する。
――この侵災はあたしの所為でしょうっ!? イリーナ様が犠牲になる必要なんてない!
けれど、イリーナ様の魂は強い輝きを放ったまま、ビクともしない。
「……何度だって言うわ。これはわたしが選んだ未来よ。あなたはそれに巻き込まれただけ。だから、責任はわたしにあるし、それを負うのもわたしの役目なの」
「――姫様?」
マリーに声をかけられて、イリーナ様は首を振る。
「……なんでもないわ。
それより役割を決めましょう」
イリーナ様はマリーにそう応えて、小屋の向こうの森を指差す。
「侵源は向こう。距離は五キロってところかしらね。
あと二百秒ほどで第一波の魔物がここへ到達するわ」
「さすが姫様! そんな事までわかるのですね!」
称賛するマリーに、イリーナ様は苦笑。
「ええ。本当に。戦斗騎の肉体ってここまでデタラメなのね……」
呆れたようにそう呟いて、マリーに視線を向ける。
「マリー、まずはふたりでここで第一波を受け止めるわ。
兵騎は後続を叩く為に温存。
侵攻が途切れたら、わたしが侵源に特攻を駆けるから、あなたはこの場に留まり討ち漏らしが村に向かわないように叩いて」
「――了解しました!」
敬礼するマリーに、イリーナ様は頷きを返して腰の双剣を引き抜く。
「じゃあ、はじめましょうか」
「――へ? 姫様?」
マリーが疑問の声をあげる間にも、イリーナ様の周囲には積層球形魔芒陣が宙図され、その周囲に支陣となる魔芒陣が多重に描き出されていく。
前方に伸ばした剣の切っ先に、大口径の魔芒陣――
「――唄え! <
それは太陽が地上に現れたとしか思えないような、圧倒的な輝きだった。
すべてが真っ白に染まり、イリーナ様の小屋が、森が、呑み込まれる。
閃光が晴れた次の瞬間には、小屋も木々も無くなっていて、深く抉られた地面が残るのみ。
兵騎ならすっぽり収まりそうなほどに深く、そして五騎くらいなら余裕で並べられそうなほどに広い幅を持つ、大地に残る長大な傷跡。
「これで魔物の進路を、こちらである程度まで制御できるってワケ」
「おおっ! なるほど!」
あたしがあんな大魔法――戦略級魔法を喚起した事をまるで疑問に思わないのが、実にグランゼス騎士らしいわ。マリー……
「……ですが、今の一撃で第一波は殲滅できてしまったのでは?」
マリーの言葉にあたしも同じ感想を抱いていた。
けれど、イリーナ様は首を横に振る。
「覚えておきなさい、マリー。魔物や侵源が放つ瘴気は、精霊を蝕むのよ」
「む、どういう事でしょう?」
「精霊によって喚起される攻性魔法は瘴気によって減衰――あるいは無効化されてしまうのよ。
だから人類は騎士を、兵騎を生み出し、対魔物の技――近接戦闘を磨き上げたの」
アジュアお婆様も言っていた気がする。
いずれ侵災調伏をする事になったら、魔道士は補助に回して前線には出さないようにと。
ふたりがそんな話をしている間にも、抉れて北に延びる地面の先が黒く霞み始めた。
……瘴気。それも、すごく濃密な。
そして、その向こうに見え隠れする深い……まるで血のような深紅の輝き。
「――構えなさい、マリー! 来るわ!」
そうして、ノーツ領に発生した侵災の調伏が始まった。
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