第4話 35

「――結果から言うと、研究所を追われた魔道士達の内紛だったわ」


「内紛? 内輪揉めしたって事!?」


「ええ。これもまた先日のトランサー領事件を受けて、アグルス帝国に潜伏中の部下が調べてくれたお陰ではっきりとわかった話なのだけどね」


 どうやら帝国に潜伏している<影>は、孤児院の襲撃に関わった魔道士のひとりを確保したようだ。


「それまでは……霊脈から抽出した映像だけでは、スクォール一派が孤児を守ろうとしたようにしか見えなかったのよ……」


 モントロープ女伯が言うには、孤児院周辺で激しい魔道戦闘が行われた為に霊脈が乱れていて、途切れ途切れの――衛士を連れた魔道士達とスクォール一派が争い、戦闘を始めたところまでの映像しか抽出できなかったのだという。


「……そういう言い方をするって事は、想定と違っていたのか?」


「……はい。当時リグルドは、対外的に孤児達はすべて里親や奉公先を見つけられた為に解体したと伝えていた為、私達は彼がそういう体で魔道士達を使い、孤児らを連れ去ったのだろうと想定して捜索していたのです」


「……ちなみに、ね」


 と、そこでエレ姉がおずおずと右手を挙げる。


「これは政変後……わたくしもアルくんが地下大迷宮へと堕とされてから知った話なのだけど、カイルやアイリスは孤児院の閉鎖は、あなたが行った政策の一環だと思っていたわ」


「――あ?」


 思わず間抜けた声を漏らしてしまった。


「ほら、あなたはあの頃、全国の孤児院に教育実習制度を実施するように指示していたでしょう?」


「ああ。アリシアが送って来た手紙に、孤児にも有能な者が埋もれてるとあったからな」


 各省の垣根を取り払って専門部署を作り、サティリア教会や大手商会、大学の教授達や冒険者ギルドにも協力を取り付けて、各領に孤児への教育と奉公先の斡旋を実施したんだ。


 孤児ゆえに限られた職――本人の特性に合わない低賃金の職にしか就けない子供達に、適切な――本人が興味を抱ける教育を施す事は、行く行くは国の発展に役立つと思ったんだ。


 実際、この政策によって孤児院の数は激減し、あるいは奉公に出た孤児達の寄付によって、各地の孤児院運営は余裕が生まれたと聞いている。


「カイル達は……あなたがその制度を隠れ蓑に、孤児達を奴隷にしたと思っていたようなのよ……」


「――はあっ!?」


 ――コイツのせいで、あなたの孤児院も潰されたんでしょう?


 城の地下の大空洞で、アイリスが告げた言葉が蘇る。


「あ~……あの時、あいつが言ってたのは、そういう事か……」


 カイルの――民の為を謳うあいつの言葉は、間違いなく本気だった。


 ヤツの目はただただ俺に対する――俺の執政に対する怒りに燃えていて……


 だから俺は――ヤツの言葉の意味はわからなかったが、それならば、と――民を想うという、王に必須の――最も重要とされる才が満たされているヤツにならば、任せてみても良いと考えたんだがな……


 所詮、俺は貴族共に恐れられる事でしか国を治める事ができなかった。


 一方、カイルは――隠されていた弟は、貴族達の信頼を勝ち取って俺を引きずり下ろす事ができたんだ。


 ヤツが――市井で暮らしていたあいつが民の為というのなら、俺の執政は民に行き届いていなかったのだろうと、そんな風に……諦観にも似た感情さえ抱いたし、カイルがそれを正すのならば、民にとってはその方が良いのかもしれないとも考えた。


 深く……深く吐息して、俺は握り締めた拳をテーブルに振り下ろす。


「――リグルドが! ヤツがカイルを捻じ曲げたのか!」


 食器が浮いて音を立て、俺の怒りに反応して周囲の精霊が真紅に発光して食堂を照らし出した。


「――ひっ!」


 モントロープ女伯が短く悲鳴をあげて、身を縮こまらせる。


「……あの子がリグルドの傀儡なのは、いまさらでしょう?」


 エレ姉がため息交じりに告げて首を振った。


「――それでも! あいつの想いは本物だったし、ヤツを支える貴族達だっていると思っていたんだ!」


 王だって、なんでも思い通りにできるわけじゃない。


 良かれと思った政策が、貴族院や領主達の思惑との兼ね合いで、当初描いていた絵図から大きく逸れたものになってしまう事だってしょっちゅうだ。


 だから少しでも思い描いた図案に近づける為に、思考と策を巡らせる。


 俺は畏怖という形でそれを成そうとして――貴族院の反発を買って簒奪された。


 ならば――信頼によって王位に就いたカイルならば……ヤツが思い描く『民の為の政』は、ヤツの描いたままに実施されるだろうと、そう思ったって仕方ないだろう?


「貴族院は……法衣貴族達は、カイルではなくリグルドに従っていたんだな?」


「お、恐れながら……」


 ビクつきながら、モントロープ女伯が口を開く。


「それに気づけなかった事こそ、殿下の……カイルを肉親と想うが故の認知の歪みだったのです……」


「……ああ、そうだな……」


 そもそも、その歪みを正す為に始めた話だったな。


 俺はため息を吐いて、背もたれに身体を預ける。


 赤く瞬いていた精霊達が霧散した。


「ええと、それで……孤児院はどうなったの?」


 珍しく空気を読んだらしいアリシアが、遠慮がちにモントロープ女伯に訊ねる。


「アグルス帝国で捕縛した魔道士によれば……孤児院襲撃の際、彼らは孤児達を帝国で奴隷として売り出し、活動資金を作るつもりだったそうよ」


 アリシアの話では、孤児達は魔法を喚起できるようになっていたそうだからな。


 言うことを聞かせやすい子供――それでいて魔法を使える奴隷は、さぞかし高値になるだろう。


「けれど、彼らの目論見はスクォール一派に阻まれたそうなの。

 当時、リグルドが研究所から帝国に移した魔道士達は、呪具製作を研究していた者達が主で、スクォール達のようなそれ以外を研究テーマとしていた魔道士達は解雇――あるいは消されそうになったらしくて……」


「その報復の為に、孤児院を襲った連中をスクォール達は襲撃した?」


 アリシアの問いかけに、モントロープ女伯は首を横に振る。


「……だったら孤児達には、救いがあったんでしょうけどね……」


 そこで女伯は言葉を詰まらせて吐息をひとつ。それからアリシアを見つめて、ゆっくりと切り出す。


「……彼は言ったそうよ。

 ――、と……」


「……それは――」


 俺達は息を呑んだ。


「え? 待って……実験体? なにそれ……あいつは――スクォールはあの子達をそんな風に思ってたって事?

 ううん……すでになにかしらの実験をしてたって事なの!?」


「……あくまで捕らえた魔道士の言葉よ。スクォール自身がどういう考えなのかは、本人を見つけ出すまではなんとも言えない。

 ただ、ね……」


 モントロープ女伯は興奮するアリシアをなだめるように、ゆっくりとした口調で告げる。


「私の報告を受けた鬼ババ様は、スクォール導師を――この世界で自然発生した、一種のマッドサイエンティストと認識したようなのよ……」

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