第4話 34

 騎士もそうだが、魔道士もまた個人が強大な戦力となりうる存在だ。


 銃規制の話が貴族院で持ち上がった時に挙げたように、魔道士ってのは銃なんかよりよっぽど危険で、管理に慎重にならなきゃいけない存在なんだ。


 だから国は彼らを高給で雇い入れて厚遇する。


 下手に扱おうものなら、他国に渡ってしまいかねないからな。


 とはいえ、幼い頃からそうなるべく教育される騎士と異なり、魔道士は学者に近い気質の持ち主が多く、権力に縛られる事を嫌う者もまた多い。


 そんな彼らの為に、我が国では王都の国立大学に魔道学科という研究に専念できる場を設け、また霊脈が集まった特殊な魔道環境にあるベルノール辺境伯領に魔道大学を設置した。


 領主達が魔道士を雇い入れる事もあり、登録と申請をすれば補助金を出す制度まであるくらいだ。


 さらに冒険者ギルドとも連携し、在野の魔道士は可能な限り把握に努めていたんだ。


 <影>の調査によれば、スクォールという魔道士はラグドール辺境伯領の東端――魔境フォルス大樹海の畔にある農村の生まれなのだという。


 幼い頃から魔道の才に恵まれていた彼は、魔境探索に訪れていた冒険者の魔道士に見出されて師事するようになり、その魔道士の推薦を受けてわずか十四才で国立大学に入学を果たしたそうだ。


 そこで魔道医療の研究に目覚め、十八歳の時により深い知識を求めて魔道大学に籍を移した。


 どうやら個人の魔動強度に依らない魔道医療――医療魔道器の研究の為に、魔道器や刻印術の研究の盛んな魔道大学を選ぶ事にしたらしい。


 国立大学の魔道研究は、現行魔法――それもどちらかというと攻性魔法や儀式魔法なんかの、国益に沿った魔法の改良や簡略化が主だからな。


 彼の研究テーマとは合わなかったのだろう。


 二十歳の頃、彼はその治癒魔法の腕を買われて、アグルス帝国との戦に従軍したらしい。


 その時に捕虜となったアグルスの魔道士から、我が国とは異なった概念と発想から発展した魔道医療技術の話を聞き、彼の国への留学を決意したそうだ。


 冒険者として国をまたぎ、ギルドの紹介を受けて彼の国の導師に師事して――そこで彼の足取りは一度途絶えるらしい。


「……彼が師事した魔道士というのが、どうもヘンルーダ導師だったようでして……」


「――大魔道じゃねえか!」


 魔道学の知識に疎い俺だって知ってる著名な魔道士だ。


「確か霊脈が生態系に及ぼす影響を再定義した人だよね? あの人がその知識を広めてくれたお陰で、ラグドール領ウチの魔境の開拓を進められるようになったはず……」


 俺同様に魔道学に疎いマリ姉が、エレ姉に尋ねる。


「ええ。ベルノール領ウチの湖水地方もそうよ。

 わたくし達はお師匠の知識として、霊脈制御によって魔獣の発生を制限できるのは知っていたけれど、それをおおっぴらに行う事はできなかったものね」


「そうそう。年中行事の祭事を装ってチマチマと霊脈に干渉してたんだって、っちゃんが言ってた」


 ヘンルーダ導師は、アグルス帝国の各地に遺るそういった土着の儀式や祭事を調査、研究して、独自の理論を構築し、霊脈に干渉する魔道器を生み出したんだ。


 ババアが王族や辺境伯家に授けた祭器――霊脈に干渉する為の魔道器に比べれば玩具みたいなものらしいが、それでも現代人の知恵と技術だけで霊脈に干渉する術を生み出したんだ。


 荒れた土地の多かったアグルス帝国は、それによって耕作に適した土地を生み出す事に成功したんだとか。


 結果として、年に数回にも及んでいたアグルス帝国の侵略数が激減したのだから、ヘンルーダ導師の発明は、我が国にとっても有益だったと言える。


 加えて、その魔道器を輸入して各領に配布する事で、農村部の魔獣被害を抑える事にも成功している。


「……ていうか、あの魔道器なしで似たような事をやってたんだから、バートニー村ここって、ヤバいよね……」


 と、マリ姉は苦笑する。


「祖先が王族だからな。ババアの知識をしきたりという形で受け継いでいたんだ」

 各辺境伯領が祭事を執り行うのと同様に、バートニー村でも祭を行って霊脈を整調し、村周辺の魔獣の発生を抑えつつ、農作物の実りに繋げていたのだ。


「――もう! 大魔道とか、いまはどうでも良いでしょ! そんな事よりスクォールよ!」


 と、アリシアが焦れたようにテーブルを叩いてモントロープ女伯を促す。


「そうね。話を戻しましょう。

 ……あの時点でヘンルーダ導師はアグルス帝国の国家事業に携わっていたようで、その内弟子となったスクォールの情報もまた入手できなかったの。

 だから、その五年後――西方群島に現れるまでの間の情報は一切入手できなかったわ」


 そして西方群島に現れてからの経歴は、彼がアリシアに語ったものと同様だったそうだ。


「言い訳に聞こえるかもしれないけれど、西方群島に送った<影>から連絡を受けた頃、私は離宮に居を移したアルサス陛下に同行していて、離宮中心の情報網を構築しなければいけなかったの」


「あ~……あの頃か。

 突然、俺に執権預けて隠居決め込んだもんで、宮中も大混乱だったもんな……」


 確か大叔父上と組打ち鍛錬の最中に腰をやっちまって、その療養を理由に離宮に移ったんだ。


 俺が元服前って事もあって、貴族院が摂政を置くべきだとか騒ぎ出して、揉めに揉めたんだよな。


 結局は法案や行政の最終承認は、変わらず爺様が離宮で行う事にして、なんとか貴族院を納得させたんだ。


 まつりごとの表側が混乱したように、裏側――<影>やそれに付随する組織や機関もさぞかし混乱した事だろう。


「はい。その混乱の最中、イリーナの足取りを見つけたという情報が舞い込んで来て……動かせる者がいなかった為に、私はアリシアを頼る事にしたのです」


「もともとあたしの旅はそれが目的だったからね。

 あの時はようやく見つけた手がかりに喜んだよ。

 ……タイミングも良かったしね」


「ん? どういう事だ?」


 俺の問いかけに、アリシアは苦笑する。


「あたしがカイルやレントンを鍛え始めて一年くらい経っててね、孤児院じゃ鍛錬の限界が来てたんだ。

 それで……アイリスがふたりを王都の騎士学校に入れようって。

 ふたりとも入学に問題ない程度には育ってたしさ」


 その頃には、アリシアの指導の元、ふたりは兵騎への合一も問題なくできる程度には鍛えられていたそうだ。


 また、スクォールの施術によって、中級攻性魔法も喚起できるようになっていたらしい。


 騎士学校は武家以外の子が騎士になる為の学びの場だ。


 平民の子でも貴族の後見があれば入学できるし、成績優秀者はその後、王立学院に進学して上級騎士への道も開ける。


「アイリスはあたしも一緒に王都に着いてくるように誘ってくれたんだけどね。

 そこにイリーナ様の情報が見つかったって、<影>から連絡を受けたからさ」


 アリシアはアイリスの誘いを断って、再び旅立つ事にしたのだという。


「……そうだね。今にして思えば、確かにタイミングが良すぎたよ」


 それまで一切足取りが掴めなかったイリーナ殿は、一年ほど前にアグルス帝国で奴隷として売り出され、ミスマイル公国の者に購入されていたらしい。


 トランサー領がアグルス帝国に奴隷を提供していた件で、奴隷となった者達を捜索していた<影>が、その調査過程で入手した情報だという。


 当の<影>はアグルス帝国に潜入任務の真っ最中――しかも奴隷となったトランサー領民の捜索がその目的であった為に、モントロープ女伯の指示を求めたそうだ。


「あたしはアイリスとスクォールにカイル達の後を頼んで、すぐにアグルス帝国に向かったんだ。

 その後、イリーナ様を見つけるまで四年もかかって……その間、孤児院がどうなってるかなんて、気にも留めてなかった――」


「――会えたのかっ!?」


「――ご存命だったのっ!?」


 俺とエレ姉が驚きの声をあげてアリシアに尋ねる。


「……うん。まあ、それはあとでちゃんと説明するよ」


 と、アリシアは自嘲気味な笑みを浮かべて応えた。


「まずは孤児院の事を先に聞かせて。

 ――あの子達がどうなったのか……」


「あ、ああ。そうだな」


 俺はうなずいて席に腰を戻し、モントロープ女伯に続きを促す。


「はい。アリシアがアグルス帝国に向かって旅立って数ヶ月経った頃、スクォールが所属していた研究所が解体されていたという情報が舞い込んできました。

 恐らくは私達に探られているのを察知したリグルドの指示によるものだと思われます。

 ……混乱期の最中に、後手に回ってしまっていたのです」


 研究所を発見した時にはすでに施設は破棄された後だったという。


「私が直接出向いて、先程、殿下にもご覧いただいた魔道器――記録器を用いて霊脈走査を行った結果、どうやら施設では呪具の研究をしていたようなのです」


「……なるほどな。ビクトールやオズワルドが呪具を持っていたのは、その流れか」


「ええ。施設破棄後、所属していた魔道士の一部はアグルス帝国に逃れ、研究を続けていた事が――先日のトランサー領の事件後に行った調査で判明しました」


 ビクトールはそいつらから呪具を仕入れていたのだろう。


「呪具は禁忌――大罪ですので、陛下はリグルドを離宮に召喚して聴取を行ったのですが、ヤツはむしろそれが判明した為に研究所を解体し、魔道士達を解雇――国外追放にしたのだと釈明し、自身の関与を否定していました」


「……関与は証明できなかったわけか……」


「ええ。ヤツが篤志に励んでいたのは周知の事実で、在野の魔道士達を後援していただけと言われてしまえば、その通りですので……」


 あくまで資金援助をしていただけで、研究内容にまでは関知していなかった――そういう事にされてしまったという事か。


「――スクォールは? アイリスの元に……一緒に王都に居たんでしょう?」


 アリシアの問いに、モントロープ女伯は首を横に振る。


「その頃から、彼女は素行に乱れが見え始め……私達が研究所の手がかりであるスクォールを確保しようと動いた時には、彼はアイリスの怒りを買ったという理由で解雇されておりました」


「……って感じだな?」


「はい。私もそう考え、彼の足取りを追ったのですが……」


 モントロープ女伯は深くため息を吐き、アリシアに視線を向ける。


「……そんな折り、孤児院が襲撃されたという情報が舞い込んできたのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る