第4話 33

「――そうして孤児院に、スクォールや彼の弟子の魔道士達が訪れるようになったんだ」


 彼らはカイルとレントンに施術を施すかたわら、孤児院の子供達に魔法を教えていたとアリシアは語る。


「一年くらい経って、あたしがコートワイル領都を離れる頃には、子供達はみんな基礎的な魔法は使えるようになってた」


「……それって――」


 バートニー村のみんなのような特殊な例も確かにある。


 だが、親の知れない孤児全員が、ただ魔道士に教わっただけで魔法を使えるようになる事はまずない。


 それならば世の中にはもっと魔道士が多いはずだし、食うに困った魔道士は冒険者にならずに私塾でも開いているはずだ。


「……うん。たぶん彼らは子供達の封印も解除してたんだと思う」


「ババアに報告はしてたんだろう?」


「もちろんしたよ。スクォールと出会ったその日の夜にした。

 あたしだって勝手して、お婆様に叱られたくないもん」


 ババアからの返事は、アリシアが予想した通りだったという。


 つまりは現代に生きる人の知恵で見つけ出した技術ならば、禁止はしないというものだ。


「だから子供達が魔法を使えるようになっても、あの時はああ、みんなも魔法を使えるようになってよかったなぁって考えててさ……でも、アルがカイルに負けた時の話を聞いた時に、なぁんか気になったんだよね……」


 と、アリシアは腕を組んで首を傾げる。


「……スクォールがマッドサイエンティストから、その技術を教わったんじゃないかと思ったとか?」


 マリ姉の言葉に全員が首を振る。


「ババアが認めている時点でそれはないだろう。

 そのスクォールとかいう魔道士は、確かに西方群島で太古の魔道知識に触れ、魔道器官への封印に干渉する技術を生み出したんだろうさ」


「――逆、なのかしら?」


 エレ姉がアゴに手を当てながら呟く。


「……逆?」


「そう。そのスクォール導師は魔道器官の封印を解く事によって、霊脈への干渉を可能とした。

 ――彼の研究テーマは、魔道の医療転用なのでしょう?

 魔道器官で霊脈を吸い上げる事ができるなら、当然、その逆――多すぎる魔動を霊脈へ流し込む事もまた医療の一環として研究していたんじゃないかしら?」


「――魔膨症か!」


 俺の叔母上だというイリーナ殿の例のように、その身に合わない強大な魔道器官を持って生まれてしまう者がいるのだ。


 いわゆる先祖返り。


 魔道器官に施された封印が弱まった状態で生まれてしまった為に、肉体が溢れでる魔動に耐えられず、発熱を繰り返し、やがて衰弱していく――遺伝病のひとつだ。


 エレ姉の説明では、純血種で通常より強固な肉体を持つはずのイリーナ殿でさえ、日常生活に支障が出るほどだったようだな。


 当然、混血種の一般人に耐えられるものではない。


 一生を病床で過ごすくらいならまだ良い方で、庶民に生まれたなら大抵は幼いうちに亡くなってしまう。


「そう。魔道医療を研究テーマにしている人なら、その治療を考えてもおかしくないわ。

 ――そして、魔道器官と霊脈の接続を可能とするのなら、魔動を流し込む事で治療とする事もできるはず……」


 エレ姉はそこで一度言葉を区切り、考えをまとめているのか、こめかみを人差し指で叩きながら目をつむる。


「……うん。たぶん、そうじゃないかしら。だからアリシアちゃんは直感的に彼らの事が気になったんでしょうね」


 そうして目を開き、エレ姉は俺達を見回した。


「……たぶん、マッドサイエンティストの方が、スクォール導師の技術を学んだんじゃないかしら?」


「――そんな事がありえるのか? ババアが警戒するような存在だぞ?」


 それがこの世界の技術を学ぶ?


「あら、お師匠だって、現代の知識を知らない事もあるでしょう?」


「そうだね。クロが作ったミナ・セグチのレシピ料理を初めて食べたって、嬉しそうにしてたしね」


 マリ姉がエレ姉の言葉を肯定する。


「……つまり、殿下が簒奪された際に感じたという魔動を吸われるような感覚は、スクォールの技術が使われたと?」


 モントロープ女伯が話をまとめ、エレ姉に確かめるように訊ねた。


「アリシアちゃんはグランゼス領で、一瞬で魔動を喪失する感覚があったのでしょう?

 ――さっきの話では、封印解除には時間がかかるという事でしたから、マッドサイエンティストはきっと独自の改良をしているのだと思います」


 エレ姉の説明に、モントロープ女伯は考え込むようにアゴに手を当てる。


「……なるほど。そもそも彼らはリグルドを介して接点があるものね。そして、それならいろいろと話が繋がってくる……」


 ふむ、と鼻を鳴らして、モントロープ女伯はアリシアに視線を向ける。


「アリシア、先程のあなたの質問に応えるわね。

 彼らの素性は前にも言ったけど、申告そのままだったわ」


 どうやらモントロープ女伯は、アリシアに頼まれてスクォールの素性を調べていたようだな。


「部下を西方群島に送って確認させたから、あの地で彼が活動していたのも間違いないわ。

 アグルス帝国でリグルドに出会い、この国に帰ってきたというのも事実だったわ」


「うん。それを聞いてあたしはあの時、安心して旅立てたんだもんね」


 笑顔でうなずくアリシアに、モントロープ女伯は表情を曇らせた。


「……そして、その後の彼らの動向について、私はあなたに謝らないといけない」


「へ?」


 首を傾げるアリシア。


「……彼らは現在行方不明――いいえ、政変前の段階で陛下のご指示で、秘密裏にではあるけど一等犯罪の容疑者として手配されているのよ」


「――容疑者!? どういう事っ!?」


「……孤児達の拉致……あるいは集団殺害の容疑よ」


 モントロープ女伯は吐き出すようにアリシアに応えた。


 アリシアが息を呑む。


「待て。そんな話、俺は報告を受けていないぞ?」


 いや、各領の犯罪は領主が処理するものだから、いちいち俺のところまで上がってくる事は基本的にないのだが、陛下が<影>を動かして捜査するほどの事件なら、噂くらいは俺の耳に入って来ても良いはずだ。


「……表向きは、からです。

 私が気づけたのも、偶然――そう、アリシアにあの孤児院を気にかけて欲しいと頼まれていたからでして……」


 俺は思わず舌打ちした。


 ベルノール領での侵災発生事件が、イリーナ殿の存在ごとなかった事にされたように。


 グランゼス領が、アリシアの持ち帰った<大工房>を隠していたように。


 王宮は各領で起こるすべてを把握しているわけでは――把握できているわけではない。


 父上がご存命の時に、各領の情報をより多く収集するために、官僚――管理官を派遣する法案を出した事があるようなんだが、貴族院の反対にあって棄却されたらしい。


 それを知っていたから、俺はエレ姉に<耳>になってもらって王宮内の情報を集め、イライザのローゼス商会をはじめとして、多くの商会と交流を持つことで、市井の情報を集めていたんだ。


 とはいえ俺と懇意にしている商会とはいえ所詮は平民だ。


 領主が本気で隠そうと思ったなら、市井には噂すら流れないという事なのだろう。


「――ねえ、クレリアお姉様、あの子達は!? アイリスはなにをしていたの!?」


 アリシアは顔を青褪めさせながら、モントロープ女伯を揺さぶって問いかける。


「……順番に説明するから落ち着きなさい。

 恐らく時期的に、アイリスもまた、あの孤児院でなにがあったのかは知らないはずよ」


 と、モントロープ女伯は肩に置かれたアリシアの手に自身の手を重ねて、深く吐息する。


「……今にして思えば……こうして多くの情報を得た今だからこそ、あなたが孤児院から離れる事になった段階から、仕組まれていたように思えるのよね……」


「……え?」


「――だってそうでしょう? あの研究所を調査しようとした途端、それまでまるで情報のなかったイリーナ様の足取りがわかったのよ?

 ……両者の繋がりを推測できなかったのは、完全に私のミスね……」


 深い悔恨のため息を吐いて、モントロープ女伯は首を振る。


「……む? 俺達にもわかるように説明してくれ。

 察するに、アリシアはイリーナ殿の情報を掴んだ為に、依頼を切り上げて再び旅立ったという事か?」


「はい。恐らくはそれによって、アリシアをカイル達から――いいえ、あるいはあの孤児院から切り離そうとしたのではないかと……」


 モントロープ女伯は俺達を見回して、そう告げる。


「順を追いますと……アリシアの依頼を受けて、私達<影>はスクォールの素性を調査し、その過程で彼が所属するという研究所を調査しようとしていたのです」

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