第4話 32
「――アリー、ごきげんよう」
と、ふたりの鍛錬を監督しながら物思いに耽っていたあたしに、背後からアイリスが声をかけてきて、あたしは現実に引き戻される。
「ああ、アイリス様。いらっしゃいませ」
挨拶を返すあたしの肩越しに視線をカイル達に向け、アイリスは首をひねる。
「ねえ、アリー。あれってなにをしてるの?」
あたし達は今、孤児院の裏にある雑木林で鍛錬の真っ最中。
背の高い木にカイルをロープで吊るし上げ、レントンが下から石を包んだ布の玉を投げつけているんだ。
「カイルは剣術の鍛錬で、レントンは不整地での投擲鍛錬ですね」
「え? え? 意味がわからないわ。なんであれが剣術の鍛錬になるの?」
心底理解できないというように、切れ長な目を丸く見開いてカイル達を指差して訊ねて来るアイリス。
「ええと、アールベイン流っていう古流剣術なんですけどね」
大昔、ふらりと王宮に現れた、小汚い格好をしたおっさんが広めた流派だと伝えられている。
今では魔道を用いた剣術が主流となっている為に廃れてしまっているんだけど、あたしの家や一部の武門閥なんかでは、魔道に頼らない純粋な剣術を学び、後世に技を繋ぐ為に教わってるんだよね。
「アールベイン流の技には、対地対空……直上直下への返し技がありまして。カイルはいま、そのうちの直下攻撃からの対処を鍛錬をしているところなんです」
「――直上直下!? 真上や真下から攻撃される事なんてある!?」
驚きの声をあげるアイリス。
「え? あるでしょ?」
思わず素で返してしまった。
あたしは咳払いをして誤魔化し、説明を続ける。
「たとえば大型や飛行する魔獣なら、直上からの攻撃は普通にあります。地に潜る魔獣もいますので、対処法があって当然では?」
対人戦闘にしたってそうだよ。
弓や攻性魔法による直上からの攻撃――高位の魔道士は空を飛ぶしね。
ミハイルおじ様が<狂狼>と呼ばれる事になった戦では、おじ様は地面を掘り抜いて敵陣をまるごと陥没させたと聞いている。
まあ、あれはおじ様の膨大な魔動によるゴリ押しではあるけれど、有効な戦術として広まっている以上、それほどの規模はないにしても、地中からの攻撃は十分にありえるんだ。
「わ、我が家の騎士団ではああいうのはしてないわよ?」
「ああ、コートワイル侯爵家は文官閥ですしね」
領騎士団は陪臣家の次男以降で構成されていると聞いている。
譜代の騎士家もあるみたいだけど、宗主家が武門家系ではない為、どうしても伝わってる技が異なってるみたい。
カイルとレントンの育成に悩んでいたから、アイリスに頼んで領騎士団の鍛錬を見学させてもらった事があるんだけど、正直、
「武家では、みんなあんな鍛錬を?」
「魔道剣術が主流となっている現在では、すべてがそうというわけではないみたいですけどね。
古い御家では、いまでも魔法が使えない状況を想定して、教わっているはずです」
「はぁ~……武家って、頭がどうかしてるんじゃないかしら」
「……それについて同意します」
旅に出てから、ウチの家の常識が通じない事が多かったからよくわかる。
どうやらウチを含んだ武官閥――特に古い武家は、世間一般には頭がおかしい部類に入るらしい。
普通の人――いわゆる混血種が主体となっている領騎士は、全力で走っても音の速度は越えられないし、拳で市壁を崩したりもできないものらしい。
「でもそうね。ふたりとも魔道が得意ではないのなら、たしかにそういう剣術を学んでおいた方が良いわよね。
やっぱり、おまえに頼んで良かったわ。アリー」
と、アイリスは嬉しそうに微笑んで、あたしを見上げてくる。
王宮での彼女との違いに戸惑っていたあたしだけど、三ヶ月も経った今はだいぶ慣れてきていた。
きっとこちらのアイリスが、本来の彼女なんだと思う。
ちょっと高慢でわがままなところはあるけれど、領民――孤児にだって優しく接して、一緒に笑い合えるお嬢様。
王宮でなぜあんな態度を取っているのかは、いつか聞いてみたいけれど、今のあたしは王宮での彼女を知らないはずの、冒険者のアリーだから……いつか、アリシアとして仲良くなれたなら、聞いてみたいと思うんだ。
「――それでね、アリー」
アイリスは両手を打ち合わせて、あたしを見上げる。
「そのふたりの魔道についてなんだけど、ようやく先生になってくれる人が見つかったのよ!」
「――ホントですか!?」
アイリスとサントス執事長に相談してから、もう二ヶ月経つ。
毎朝、冒険者ギルドに確認に行って、がっかりするのが日課になってるくらい。
お貴族サマ案件だから、上級冒険者じゃないと受注できない上に、人に教えられるほどの魔道士なら、冒険者なんてやってないもんね……
「お父様が王都から派遣してくださったのよ!
応接室に待たせてるの。ふたりに才能があるか見たいそうよ。
ふふ、アリーも同じ事言ってたから、思い出して笑っちゃったわ」
と、アイリスは口元に手を当ててころころと笑う。
「う……お貴族サマの依頼ですから、安易にお返事するわけにはいかないじゃないですか」
そう言い訳をして、あたしはカイル達に手を振る。
「ふたりとも! いったん中断だよ! 魔道の先生が見つかったって!」
「へ!? 本当!?」
あたしの言葉に、ふたりは顔を輝かせた。
「――あたっ!?」
直後、カイルはレントンが投じた布玉を防ぎ損ねて頭に受けて、あたしに苦笑を向ける。
「あ、カイル、ごめん! すぐ降ろす!」
と、レントンは謝って、吊るされたカイルを降ろしにかかった。
そんなふたりを見つめながら。
――どうか、その魔道士がふたりの才能を引き出してくれますように……
あたしはそう、祈らずに居られなかったよ。
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