第4話 30

「――待て! 待て待て!」


 俺は思わずアリシアを遮った。


「師匠? おまえが? カイルの? いや、レントンも!?

 だがおまえ、トランサー領都でそんな素振り、まるで見せてなかったじゃないか!?」


「ハハ、アルはバカだなぁ。あたしはふたりの前じゃ機動鎧パワード・アーマーを着込んでたんだよ? レントンはあたしの素顔なんて知らないんだよ」


 苦笑したアリシアは、小さくため息を吐いて俺から視線を逸らす。


「……だから、初対面を装うに決まってるじゃない」


 まるで吐き出すように呟くアリシアの表情は淋しげで、どこか憂いを帯びていた。


「……なるほど」


 アリシアなりに考えがあったという事なのだろう。


 考えてみれば、こいつはカイルと接点があった事を俺に隠していたんだ。当然、一緒に教えていたレントンとの接点も隠しておきたかったのかもしれないな。


 ……まあいい。


「しかし、おまえが教えたにしては、ふたりとも弱すぎねえか?」


 俺が知っているふたりの仕上がりは、とてもではないがアリシアの鍛錬を受けたようには思えないものだ。


「でも、アルはカイルに負けたじゃん」


 頬を膨らませて反論するアリシアに、俺は言葉に詰まる。


「……それです。

 いかにアリシアの教育を受けたとはいえ、カイルはいわゆる混じり者。

 ――純血種にして鬼ババ様に鍛えられた殿下が敗れたのが不思議だったのです」


 と、モントロープ女伯が不思議そうに首を傾げる。


「……そうね。元服を迎えたあの時点では、アルくんはもう八竜すべてを修めていたはずでしょう?

 アリシアちゃん、カイルには八竜戦闘術は教えてないのよね?」


 エレ姉の問いかけに、アリシアはうなずく。


「うん。できそうなら教えても良いかなって思ってたんだけどね」


「――おい、一応アレ、王族の秘奥だからな?」


「うん。というか逆なんだと思うよ。

 あれは王族に連なる血族――純血種じゃないと、たぶん扱えないんだ。

 現にレントンだけじゃなく、カイルも八竜戦闘術あっちの身体強化すらできなかったからね」


 だからアリシアは、カイル達にはあくまで一般的な――グランゼスの騎士見習いが学ぶ課程を教えていたのだという。


「じゃあ、なんでアルくんはカイルに負けたの?

 <王騎>を使われたとは聞いたけど、逃げる事もできなかったのは変だなって、わたくしずっと不思議だったのよ」


「……そうだね。カイルの魔動は……混血種としては侮れないのだろうけど、私達の基準で考えると決して強くはない。

 いくら以前の――元々のあんたがミソっかすとは言え、八竜すべてを皆伝してるあんたが負ける相手とは思えない」


 マリ姉までもが疑問の表情で俺を見つめてくる。


「……あの時はだなぁ……その、弟が居たという事に驚いて、どう対処すべきか考えているうちに、ちょっとな……」


 あいつを弟と思っていたから対処が遅れた。


 弟というのがそもそもウソとわかった今、少し気恥ずかしく思う。


「あれは……みんなならわかると思うんだが、春と秋の地鎮祭で霊脈を整調するだろう? あの感覚に近いものだった」


 ババアの教育を受けた王族の務めとして、王族は様々な儀式を執り行う義務がある。


 地鎮祭もそのひとつで、冬に休眠させた国内の霊脈を春に活性化させて各地に流し、収穫を終えた秋にまた休眠させる為に行われる、重要な魔道儀式だ。


 この儀式によって活性化された霊脈は、土地を豊かにして多くの実りをもたらしてくれる。


 秋の地鎮祭で休眠状態となった霊脈は、ベルノール領で冬の終わりに行われる清浄祭で浄化・整調されて精霊に還ることになるんだ。


 バートニー村の祖であるヨークス王子の父親――その悪行故に名前を残すことを禁じられた彼の愚王の御代は、これらの儀式が執り行われなかった為に国が荒れたのだと、ババアは言っていた。


「急に魔道が何処かに繋げられた感覚がして、一気に魔動を吸い上げられたんだ」


 大規模な魔道儀式――それこそ祭級のものを主宰した時のような感覚だった。


「――ん~、よくわかんないな。魔道器官に合わない重奏兵騎を喚起した時みたいな感じ?」


 と、出奔していた為に儀式に参加した事のないアリシアが首を傾げる。


「ああ、それにも似てるな。

 接続は一瞬だけだったんだが、その一瞬で一気に身体強化を剥ぎ取られてな。

 ……結果、あのざまというワケだ」


 カイルが振るった<王騎>の拳を受け止め切れずに、見事にぶっ飛ばされた。


 押さえつけて来た騎士――今にして思えば、その格好をしたリグルドの配下だったんだと思う――に抗う事もできず、四肢の腱を断たれて捕縛される事になったんだ。


「……つまり、簒奪が成されたあの日、謁見の間で何者かが殿下の魔道に干渉を行った、と?」


 モントロープ女伯の問いに、俺はうなずく。


「あの時はリグルドが持ち込んだ宝珠によって、魔道を乱されたのかとも考えていたんだが……」


 俺は頭を掻いてため息をひとつ。


「ヤツが……マッドサイエンティストが、あの場に居たのかもしれねえな」


 途端、アリシアが両手を打ち合わせる。


「ああ、アレか! 確かにアイツの攻撃を受ける直前、力が抜ける感覚があったよ」


 不意打ちとはいえ、身体強化と空間障壁の結界を常時喚起しているアリシアが殺されかけた。


 あの時のカラクリは、どうやら俺がカイルにやられた時と同じようなものだったらしい。


「……吸い上げられるような、ですか」


「ああ。魔道器によるものなのか、八竜とは異なるなんらかの戦闘術なのか――見当もつかないがな……」


 俺がマリ姉やモントロープ女伯にしたように、相手の魔道に強引に自らの魔道を流し込んで、その体躯を制御化に置く技術は八竜戦闘術にも存在する。


 だがその逆――相手の魔道を吸い上げるような術は、まったくの未知の技術だ。


「んん? てことは……あれ? でも、そうなると……」


 と、アリシアは首を捻りながらぶつぶつ呟き、モントロープ女伯に顔を向ける。


「――クレリアお姉様。あの時のあいつらの調査って、どうなってました?」


「え? あいつらって……ああ、魔法教育の為に孤児院に出入りしていた魔道士達?」


「そう!」


 アリシアの唐突な問いかけの繋がりがわからず、モントロープ女伯同様、俺も首を傾げる。


「……ええと、アリシアちゃん? なぜここで魔法の講師の話になったの?」


 エレ姉が困り顔でアリシアに尋ねる。


 直感で過程をすっ飛ばして結論や正解を導き出すアリシアとの会話は、時折、こんな風に周囲との齟齬を生み出すんだ。


「あ~、えっとね……ん~?」


 そしてアリシア自身、感覚で察している為か、うまく言語化できずにさらに周囲を困惑させるんだ。


「アリシア。順番に整理しましょう。疑問に思う事象を説明なさい」


「そ、そうだね。ええとね――アレはあたしがカイル達を鍛え始めて三ヶ月くらい経った頃かな?」

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