第4話 29

 ――どういう事……?


 大親友とそっくりな少年が、嬉しそうな表情を浮かべてアイリスに歩み寄る。


「――いらしてたんですね!」


 そう告げる彼の表情は、王太子の仮面を被るようになったアルが久しくしていない、柔らかな微笑。


「ええ! 今日はふたりの先生になる人を連れて来たのよ!」


 と、アイリスがあたしを指し示して、ふたりの顔がこちらを向く。


「――うわ、騎士だ!」


 レントンと呼ばれた黒髪を刈り上げた少年が驚きの声をあげた。


「ふふ、あの格好だとそう思うわよね?」


 ふたりを連れてあたしの元まで戻ってきたアイリスに、ようやく衝撃から立ち直ったあたしは首を振る。


「一応、騎士育成課程は修了しているから、間違ってはいません」


 おじいちゃんとお父さんがこの旅に出る条件として出したのが、<竜牙>の入団試験突破と山岳訓練の参加だったから、あたしは<竜牙>騎士と言えなくもないからね。


「あら、そうだったの? じゃあ、本当にこの依頼にはうってつけだったのね」


 両手を胸の前で合わせて、嬉しそうに告げるアイリス。


 そんな彼女の隣で、キラキラとした目を輝かせてあたしを見上げてくるカイルは、やっぱりアルそっくりに見えた。


 彼の出自が気になる。


 アイリスは高貴な血筋と言っていた。


 ここまでアルにそっくりという事は、王族かベルノール家に近しい血脈に思えてならない。


 アジュアお婆様の教育を受けた者は、血脈の重要性を徹底的に叩き込まれる。


 だから両家の者が不用意に落胤を残すなんて考えにくい。


 唯一の例外があるとしたら――


「……見つけたかもしれない……」


 あたしは口の中で呟く。


 現在、行方不明となっているイリーナ様が子を成していて――それがカイルの母親なのだとしたら……


 男の子は母親に似るっていうもんね。


 アルの母親のレリーナおば様の双子の妹、イリーナ様がカイルの母親なのだとしたら、カイルがここまでアルそっくりなのも納得できる。


 あたしは逸る気持ちを必死に抑えた。


 アイリスの前で彼の出自を詮索するわけにはいかない。


 彼女やサントス執事長の口振りから考えると、コートワイル家は彼の出自を隠したいみたいだもの。


 下手に興味を持った素振りを見せて、カイルを狙う者と見なされたら、イリーナ様へ繋がるかもしれない手がかりを失ってしまう事になる。


 今のあたしはあくまで偶然、アイリスの依頼を受けた冒険者――という事にして、機会を待つ事にしよう。


「このふたりに教育を施せば良いのですか?」


「ええ」


 尋ねるあたしに、アイリスはあたしの腕を引いて屈ませて、耳元に口を寄せる。


「カイルだけだと、誰かに知られた時に我が家が彼を特別扱いしているように見えちゃうでしょ?

 だから、レントンと一緒に教えて欲しいのよ。

 ふたりとも仲良しだし、一緒に鍛えてても不思議に思われないわ」


 ――というあたしだけに聞こえるように囁かれたアイリスの言葉に、あたしもうなずきを返した。


 命を狙われている可能性があるのだというカイル。


 その存在が外に漏れない為の配慮というわけね。


 これなら事情を知らない者には、よく孤児院を訪れているアイリスが、騎士を目指している年長の孤児の為に冒険者を雇って教育しているようにしか見えない。


 ……とはいえ。


 彼らが騎士を目指すというのなら――この国の国防の要たる<竜牙>騎士のひとりとして、あたしは彼らの覚悟を問わなくてはならない。


 騎士とは、国が、領が抱える、最も単純で明確な権威――圧倒的な暴力の体現だ。


 だからこそ、騎士となる者は幼い頃から身体だけでなく、その在り方も厳しく教えられるんだ。


 孤児である彼らは、その教育を始めるにはやや育ちすぎているから、本当に騎士として育成しても良いのか、人格をしっかりと見極める必要がある。


 カイルはイリーナ様捜索の手がかりかもしれないけれど、だからと言って容易に騎士として育成するわけにはいかないんだ。


「……アイリスお嬢様、ご依頼を受けるに当たって、彼らに質問してもよろしいですか?」


「それが必要な事なら良いわよ?」


 アイリスの了承を得て、あたしはふたりの少年を見下ろして腕組みする。


「ふたりは騎士になりたいそうだけど、それはなんの為?」


 この問いかけは、ローダイン王国が騎士団という組織を造ってからずっと、先任から騎士志望者に対して繰り返されてきた、ひとつの儀式。


 あまりにも繰り返されすぎて、もはや返事は定型文ができちゃってるくらいなんだけど、それはあくまで幼い頃からしっかりと躾けられている騎士家の話。


 孤児であるふたりが、その定型文を知っているとは思えない。


 あたしの質問に対してふたりは顔を見合わせてうなずき、声を揃えて応える。


「――この村のみんなを守る為です!」


 あたしを見上げてそう言い切ったふたりの目は、どこまでもまっすぐで真摯だった。


「……うん。悪くないね」


 騎士は圧倒的な戦闘力を持つからこそ、その力は自己の為に振るってはならない。


 ――その暴力は民を守護する盾であり、理不尽を食い破る牙となる為にある!


 というのは、ローダイン王国初代騎士団長エリシア様の言葉よ。


 常に民の守護者であれという願いが込められた、現代にまで脈々と受け継がれている騎士団の理念。


 少なくともこのふたりは、誰に教えられる事もなくその理念を理解して、騎士を目指しているという事がわかった。


「あたしはアリー。今はワケあって上級冒険者をしているけど、とある領で騎士団に所属していた事もある。

 アイリスお嬢様に、ふたりに教育を施して欲しいという依頼を受けた」


「――それじゃあ!」


 ふたりだけじゃなく、アイリスまでもが顔を輝かせてあたしを見上げた。


「あたしの鍛錬は厳しいよ? ついて来れるかな?」


 人に教えるなんて初めてだしね。


 アジュアお婆様のアレは一般人には無茶な部類に入るってのはわかってる。


 ……加減の調整は必要な気がするよ。


 そんな事を考えるあたしに、カイルとレントンは揃って頭を下げた。


「――よろしくお願いします! 師匠!」


「……ふむ?」


 ――師匠?


 ……悪くないわね。


 そうしてこの翌日から、カイル達の騎士教育は始まったんだ。

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