第4話 26
――とは言ったものの、向かう先はコートワイル侯爵家。
当主のリグルドは外務大臣で王都屋敷にいるはずだけど――彼の子供達やあたしと面識のある家臣達は領屋敷に滞在しているかもしれない。
いや、長男のレオニールは確か官位試験に落ちたのを隠す為に、コートワイル候が大学に裏口入学させたんだっけ。
だから、ここには居ないと思う。
でも次男ビクトールや長女のアイリスは、ひょっとしたら領屋敷にいるかもしれないとあたしは考えたんだ。
いくら本名を避けて、アリーとして冒険者登録していると言っても、半年ちょっと前に王宮のお茶会で顔を合わせたばかりのふたりと出会ったら、すぐにあたしとバレると思う。
とくにアイリスのヤツは、なにかにつけてあたしを目の仇にしてたし。
ま、わからないでもないんだけどね。
アイツはとにかく周りにチヤホヤされたい女だから。
お茶会でもたくさん取り巻きを引き連れてたっけ。
あたしはというと、小さい頃にやらかしちゃったせいで、同年代の子達は怖がって近づきもしないんだけど、代わりとばかりに大人達がめちゃくちゃ話しかけてくるのよ。
特に騎士家門の人達が。
それがアイリスにとっては気に食わないみたいなんだよね。
実際はお父さんやおじいちゃんの話を聞きたがってるだけなんだけど、いつも遠巻きに睨んでくるアイツには、そんなのわからないだろうしね。
アイツにとっては、かっこいい騎士のお兄さん達に囲まれてチヤホヤされてるように見えてるんだと思う。
まあ、そんなワケで、あたしはアイリスには嫌われてると思うから、できるなら会いたくない。
会っても、お互いにイヤな気分になるだけだろうしさ。
というか、一応、あたしが冒険者をしてるのは秘密だしね。
できるならこの依頼は断りたいんだけど、その為には一度は依頼人であるコートワイル家に出向く必要があるだろうしねぇ……
……受付のお姉さんも必死で、可哀想だったし。
領主家の依頼じゃ、ギルドは断れないからねぇ。
庶民にはあまり知られていない事なのだけど、冒険者ギルドというのは半官半民経営だったりする。
世界中、多くの国に受け入れられている組織ではあるものの、冒険者という武力を保有している以上、国が一切関与しないなんてありえない。
在野の高い技術や知識、戦闘能力を持った人物達をギルドが一括管理する代わりに、国がその運営を支援して、国内にあるギルドそのものを管理する。
特級冒険者の上――勇者が国家公務員扱いになるのは、騎士や王宮魔道士以上の能力を持つ人物を国が管理する為なんだ。
そう。国はギルドに対して管理権――優位性が担保されている。
これは冒険者達を戦力として、ギルドが国に対して反乱を起こさない為の取り決めで、世界中で採択されている仕組みなんだ。
その内容は多岐に渡るんだけど、冒険者にとって一番身近なのが、今回あたしが協力要請されたような『お貴族サマ案件』だ。
――正式名称は『領主家による、高位冒険者への依頼要請』というんだけどね。
国が冒険者ギルドを管理すると言っても、多くの街や村など無数に点在するものを、国がすべて管理し切れるわけがない。
だから、直接冒険者ギルドを管理するのは領主の仕事となるんだ。
王宮で領主貴族が、騎士ではなく高位の冒険者を護衛として連れていたりするのは、「ウチにはこんなに優れた冒険者が滞在しているんだぞ」っていう示威行為の一環だったりするんだよね。
それを真似て法衣貴族までもが「こんな高位冒険者とコネがあるんだぞ」と連れ回すのは、冒険者視点から見ると迷惑でしかないけどね。
領が有する騎士だけでは対処し切れないような事態――侵災や氾濫なんかが起きた時に備えて、領主には冒険者ギルドへの強権が認められている。
その取り決めは結構いい加減で、新たな遺跡が発見された時なんかにも、領主は高位冒険者を名指しで依頼したりするんだけど、そういう曖昧さを悪用する領主も少なくないって、冒険者になったばかりの頃に、一緒に魔獣討伐したおっちゃん達に教えてもらった。
ひどいモノになると、自家が抱える商会の為に、ライバル商会に嫌がらせをさせるような事もあるんだとか。
貴族としては、それも政治力学――間違ったものではないと理解できるけど、冒険者――庶民の目線で見たなら、それは決して正しい力の使い方ではないとも思えるんだ。
まあ、アイリスの悪評はともかく、コートワイル侯爵家自体の世間での評判は悪いものじゃないから、そんな無茶をさせるとは思えない。
気に食わなければ、断れば良いだけの話だし。
冒険者ギルドは領主の依頼仲介を拒否できないけれど、それを冒険者が受けるかどうかは冒険者次第。
拒否を理由に、領主が冒険者になにかしらの不利益を与えた場合、国が領主を罰する取り決めになってるんだ。
だから、目下のあたしにとっての問題は、コートワイル侯爵家があたしを知っているって事だけ。
そこを解決する為に、あたしは冒険者ギルドの相談室を借りて、侯爵邸を訪れる準備をした。
「うわぁ……体格まで変わっちゃうのね……」
と、受付のお姉さんは驚いていたから、これなら誰もあたしがアリシアだとはわからないと思う。
「――えへへ。師匠からもらった、魔道器なの」
「ふえぇ……こんなのを与えられるなんて、アリーちゃんのお師匠様はさぞご高名な方なのでしょうねぇ……」
あたしを見上げながら、お姉さんはそんな感想を漏らす。
「ま、まぁ……あまり表沙汰にはできない伝説なら、いろいろと残してるね……」
と、曖昧に応えながら、あたしは両手をにぎにぎして感覚を確かめた。
――
旅立ちにあたって、アジュアお婆様からもらったこの全身鎧は、お婆様の説明によれば最小サイズの兵騎なんだって。
――
と、アジュアお婆様はよくわからない説明をしてたっけ。
現在の騎士が着けている甲冑は、これの劣化複製なんだとか。
この魔道器を着込んでいるあたしは、身長一七〇センチの体格になっている。
頭部すべてを覆う兜によって、顔もわからないはずだ。
篭手の先まで手足が届いていないけれど、お婆様があたしに合わせて調整してくれていて、手元の握りを掴むと手指は自由に動いてくれたし、全体に通した魔道が触覚を再現してくれている。
「――うん、問題ないみたいね」
動作確認を終えてそう呟くと、お姉さんはあたしを見上げて苦笑する。
「こんなものまで用意してるなんて……普通は冒険者と言ったら、顔を売ってより高位になろうと躍起になるものなのよ?」
上位冒険者への昇級最年少記録を打ち立てたあたしが、それほど昇級に頓着していないのはギルド界隈では有名な話みたいで。
だからお姉さんは、そんなあたしに苦笑いするしかないみたい。
より高位を目指す冒険者なら、お貴族サマ案件は是非とも受けたい依頼だもんね。
でも、あたしの目的はあくまでイリーナ様を探す事だから。
「――冒険者ギルドに融通を利かせてもらえる程度の階級は欲しかったから、渋々上級にはなったけれど、それ以上にはなる気はないんだよね」
あたしの言葉に、お姉さんの苦笑は引きつったものになる。
「とりあえずお話は聞きに行くけど、あたしの正体は秘密って事でお願いね?」
他領での活動を調べられたら、あたしの事はすぐにわかるだろうけど、侯爵家のような上位貴族がたかだか上級冒険者の素性を事細かに調べるとは思えない。
――よっぽど後ろ暗い依頼でもない限りは、ね。
あたしが知る限り、コートワイル家がやましい事をしてるって話は聞かないから、この程度の偽装で十分だと思うんだ。
「――じゃあ、行ってくるね」
依頼を受けてくれた事に感謝の言葉を重ねるお姉さんに見送られて、あたしは冒険者ギルドを出て、領都の中央にあるコートワイル邸を訪れた。
地方役場に囲まれた立地で、侯爵家としては――他領の侯爵家のお屋敷に比べたら、むしろ小さく見えるほどの規模のお屋敷だった。
王都屋敷が立派な構えだったから、その質素さは余計に際立って見えたよ。
侍従に出迎えられ、客室に通されて、待つ事しばし。
「――あなた? 依頼を受けてくれる上級冒険者というのは?」
扉を開けてやってくるなり、挨拶すらなくそう訊ねたのは、初老の執事長を引き連れたアイリス・コートワイルだった。
その淑女らしからぬ振る舞いに、あたしは顔を覆う
きっと今のあたしは引きつった表情を浮かべていると思うから。
「――冒険者ギルドからの要請で参りました。上級冒険者のアリーと申します」
あたしは貴族にへりくだる冒険者を装って、胸に手を当てて挨拶を返す。
声でアイリスに気付かれるかもしれないとも考えたけど、どうやら兜でくぐもったあたしの声に、彼女はあたしと気付かなかったみたい。
「あら、その体格なのに女なのね? ああ、体格に恵まれたから冒険者になったのかしら? 庶民だと女は食べていくのが大変っていうものね」
……へえ。
あたしの中のアイリスの認識を少しだけ上方修正。
わがまま女のアイリスだから、庶民の暮らしなんてまったく気にかけてないと思っていたんだけど、平民女性の暮らしについて知っていたというのは、ちょっとだけ見直したよ。
アイリスはあたしの正面のソファに飛び乗るように腰を降ろし、執事長が用意したお茶のカップに口を付ける。
あたしは執事長に促されて再びソファに腰を降ろし、彼女が一息着くのを待って、口を開いた。
「冒険者ギルドから、依頼内容は直接伺うようにと言われたのですが、今回はどういったご用向きでしょうか?」
本来なら貴族が口を開くまで待つべきなんだろうけど、あたしはこの依頼をどうしても受けなきゃいけないわけじゃないからね。
あたしの態度が不満で断ってくるなら、それはそれで悪くない結果だ。
けれど、アイリスは特に気にした様子もなく、手にしたソーサーにカップを戻すと、ほのかに頬を紅潮させながら、もじもじと身をくねらせて切り出した。
「――あなたには、とある人物の育成をお願いしたいのです」
そう告げるアイリスの表情は、普段の――王宮でよく見かけたいじわるでわがままな彼女からは想像もできない、可愛らしい女の子のものだったんだ。
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