第4話 25
あれはあたしが旅に出て半年経った頃の事。
旅に出たばかりの頃は城と庶民の生活の差に驚いたり、常識の違いに戸惑いを感じたりもしていたものだけど、この頃になるとだいぶ慣れてきていて。
路銀を稼ぐ為とはいえ冒険者としての活動は、あたしの性に合ってたのか、正直なところ楽しかった。
イリーナ伯母様を探して、あてもなく街から街へと旅を続けて、気づけば冒険者として順調に階級が上がり、最年少記録がどうとかギルドで持ち上げられて――まあ、わかりやすく調子に乗っていたんだ。
コートワイル領都に立ち寄ったのは、本当に偶然。
国内の大領地の大半を巡り終えて、イリーナ伯母様の情報が得られなかったから、国外に出る事も視野に入れ始め、お祖父様達に相談する為にグランゼスを目指してた途中に立ち寄ったんだ。
上級冒険者は侵災発生ななんかの緊急時の協力要請に備えて、その所在を明らかにしておく必要があって、だからあたしはいつものように到着報告の為に冒険者ギルドに顔を出したんだけど……
「――え? 協力要請?」
受付のお姉さんの言葉を繰り返し、あたしは首を傾げた。
「確かに上級になったら、そういうのを受けなきゃいけない事もあるって聞かされてたけど……」
だからあたし、正直なところ上級にはなりたくなかったんだよね。
でも、赤眼の魔獣の群れを単独討伐できるあたしを中級のままにしておくわけにはいかないって、ギルドが勝手に昇級しちゃったんだ。
赤眼の魔獣なんて
一月ほど前、路銀稼ぎにちょうど良いと思って、受けちゃったんだよね。
やたら受付のお姉さんや周りのおっさん達が止めてきたんだけど、子供だからナメられてるんだと思って、ムキになっちゃったんだよ。
当然、討伐対象だった赤眼の魔猪の群れは全滅させた。
全部で七頭だったかな。
討伐の証に死体を<
あたしだって、旅に出てから庶民との常識のズレがあるのは自覚してたんだけど、まさか魔猪の群れを討伐したくらいで驚かれるとは思わなかったんだよ。
よくわからないまま昇級の説明をされて、断ろうとしたら受付のお姉さんだけじゃなく、ギルド長まで出てきて必死に説得してきてさ。
まあ、上級になったらギルドの情報網を利用できるっていうメリットを示されて、イリーナ伯母様を探すっていうあたしの目的にも合致するから、受ける事にしたんだ。
デメリットともいえる協力要請に関しては、そうそう依頼されるものじゃないってギルド長は言ってたのに……
「――お願い、アリーちゃん! 他に頼めそうな冒険者が居ないのよ!」
と、コートワイル領都支部の受付のお姉さんは、両手を組んで必死に頼み込んできた。
イイ大人の女性が半べそで床に膝まで突いて、本当に必死だった。
「で、でも、厄介な魔獣が出たとか、侵災が発生したなんて話、聞いてないけど?」
そんな事態が発生したなら、領都に着くまでに滞在した村や街なんかでも噂くらいは聞けたはずだもん。
そもそも王都寄り――内陸に位置するコートワイル領は、魔獣が滅多に発生しない事で有名なんだよ。
代わりに古代遺跡が多く、そういうところに巣食った独自の魔獣――アジュアお婆様が言うところの攻性生体兵器は居るみたいだけど、基本的にああいうのはよっぽどの事がないと遺跡から出てこない。
「ああ、初心者が遺跡で魔獣の子をさらってきちゃった? それで氾濫が起きたとか……」
アジュアお婆様に教わってるよ。
攻性生体兵器はその身体自体が機密扱いで、だから死んだら自己溶解する。
そして幼体を縄張りから連れ去られたりすると、群れ全体で取り戻そうとしてくる習性があるんだ。
不勉強な初心者にありがちなんだけど、魔獣の仔を飼い馴らすつもりで遺跡内の攻性生体兵器の幼体や卵を持ち帰り――結果、遺跡から大量に攻性生体兵器の群れが湧き出す、氾濫という現象が引き起こされるんだ。
今回もそれかなって思ったんだけど……
「そうじゃないの! いわゆる――」
お姉さんはあたしの両肩を掴んで顔を耳元に寄せて。
「……お貴族サマ案件よ……」
「ああ……」
あたしはうなずきながら、ギルドホールを見回す。
遺跡探索が主なコートワイル領の冒険者は、なりたての初心者や下級が多くて、上位の人でも中級なりたて程度。
これはコートワイル領の遺跡が、とっくに探索され尽くされていて、どちらかというと遺跡は教習所的な役割となっている為なんだ。
攻性生体兵器は「幼体を連れ去らない」というルールさえ守れば、基本的には縄張りから大きく移動しないから、危なくなったら簡単に逃げられる相手だ。
そして精霊を糧に活動する彼らが死んで溶解すると、小さいけれど銀晶が採れる事がある。
だから、今のコートワイル領にいる冒険者は、遺跡探索による遺物発見ではなく、攻性生体兵器が出す銀晶を目的として、日々遺跡に出向いているんだ。
遺跡探索の知識と、攻性生体兵器を相手にしての戦闘鍛錬。
教習所としてはうってつけの環境だと思う。
でも、だからこそ、今回の協力要請に対応できる冒険者が居なかったってわけね。
――お貴族サマ案件。
それは文字通り貴族が発する依頼で、だいたいが無理難題が多いらしい。
らしいっていうのは、
おじいちゃんおばあちゃんの逸話があるから、男女の出会いを求める上級冒険者なんかには聖地みたいに思われてるけどね。
お貴族サマ案件は、無理難題が多いのに加えて、貴族と接する事にもなるから、上級冒険者以上じゃないと受けられないようになってる。
というか、上級の昇級試験に貴族向けの礼儀作法があるんだ。
それを突破しないと、どれだけ腕が立っても上級には上がれないみたいで、まあ、あたしは元々公爵令嬢として教育を受けてたから、その辺りは一発で通過できちゃったんだよね。
「
「そう! そうなの! あのコートワイル侯爵家からなの!」
あたしの問いかけにお姉さんは半べそで首を縦に振りたくる。
「あ~……」
今、コートワイル侯爵家は娘のアイリスをアルの婚約者にできて、勢いに乗ってるもんね。
あたしが出奔して、完全にアルの婚約者の座が空いたもので、きっと貴族院がゴリ押したんだと思う。
混ざり者はどうあったってローダイン王の伴侶にはなれないのにね。
それでもアイリスやコートワイル侯が無理を通そうとするのなら……そしてアルが彼女らを受け入れるのなら……アジュアお婆様がそれを赦さない。
無理筋を通すなら、アイリスはお婆様に亡きものにされる事も考えられるし、アルがあの女にのめり込むようなら、王籍を剥奪されて臣籍に落とされるでしょうね。
アルサス大伯父様が――陛下が貴族院の決定に従っているのは、彼らの不満を発散させる為だと思う。
アルが立太子された時、コートワイル侯や彼に従う派閥はひどく反対したそうだから。
将来どうなるかはともかく、大伯父様としては今は彼の娘のアイリスをアルの婚約者にする事で、溜飲を下げさせようという考えなのでしょうね。
「……となると――」
あたしはコートワイル家の現状を思い出しながら呟く。
「王太子妃候補になった、あのわがまま女の為になにかしろって依頼なのかな?」
「――しーっ! アリーちゃん、しーっ!」
お姉さんが慌ててあたしの口を塞ぐ。
「
「だとしても! 大人の世界では、みんなが思ってても口に出しちゃいけない事ってあるのよぉ!」
「……
口を手で塞がれたまま、あたしは肩を竦める。
「そうなの! 面倒なの! だからお願い、おかしな事言わないで!?」
あたしがうなずいたのを見て、お姉さんは手を離してくれた。
「で? 依頼内容は?」
依頼主がコートワイル家なら、あたしの目的には直接は関係ないけど、<影>を統べるクレリア姉様や大伯父様に役立つ情報が入手できるかもしれない。
そう思って、あたしはお姉さんに訊ねたんだ。
「それが、依頼内容は屋敷で直接伝えるから、とにかく上級冒険者を派遣してくれの一点張りでね」
と、お姉さんは困ったように首を振る。
「そもそも上級なんて、ウチには滅多に立ち寄らないから、本当に困ってて……だからアリーちゃん、お願い!」
あたしの両手を握り締めて涙ぐむ必死な様子のお姉さんに、あたしはうなずくしかなかった。
「わ、わかったよ。お話だけは聞いてみる」
「――ありがとーっ!!」
本当に困ってたみたいで、お姉さんは歓声をあげてあたしを抱き締めた。
「と、とりあえず領主屋敷に行けば良いんだよね?」
お姉さんにぎゅうぎゅう揺さぶられながら、あたしはそう訊ねた。
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