第4話 21

「――と、言うワケで、どうやら偽王カイルを見殺しにして葬っちゃおう大作戦は失敗したみたい」


「待て待て待て……」


 夕食の席でエレ姉に告げられた言葉に、俺は頭を抱えた。


 エレ姉が言うには、モントロープ女伯が蹴り飛ばした執務机の直撃を受けて、カイルは肋骨を粉砕骨折し、それが臓器を傷つけて生死の境を彷徨ったのだという。


 折り悪く王宮はエレ姉達がもたらした破壊活動によって大混乱の最中。


 発見は遅れに遅れ、エレ姉達に昏倒させられていた王宮騎士達が目覚めて、魔道塔に担ぎ込んだらしい。


「……見殺し作戦? 意味がわからない。

 いや、そもそもそれをオルセン伯――ノーリス魔道局長が教えてくれたってのはなぜだ?」


 風呂上がりのエレ姉に<囁き鳥ウィスパー・バード>で連絡して来たらしい。


 オルセン伯は前任の魔道局長――エレ姉の父親であるレイモンド叔父上と不仲で有名だった人物だ。


 なんでも学園時代からの因縁だそうで、共に魔道士として王宮に上がってからも、常に比べられ、そしてオルセン伯はレイモンド叔父上の後塵を拝し続けていた事もあって、魔道局内は序列一位にして魔道局長のレイモンド叔父上を中心としたベルノール派と、序列二位にして副局長だったオルセン伯を中心とする派閥に分かれていたはずだ。


 俺が王太子だった頃でさえその状態だったのだから、叔父上が王宮を離れた現在はオルセン派一色に染め上げられているだろう。


 だからこそわからない。


 なぜ、オルセン伯は仇敵のはずのレイモンド叔父上の娘――エレ姉に、王宮内の情報を流してくれたのか。


「……まさか罠か?」


「ところがそうじゃないのよ」


 と、エレ姉は皿のコロッケをナイフで切り分けながら、深い笑みを浮かべる。


「――あら、これおいしいわね。初めての食感……サクサクしてて好きだわ」


 そうだろう、そうだろう。


 同席している他の三人の侍女長達も、コロッケを堪能して満足げに頷いている。


「イライザがリディアにレシピを教えたのよ! いわば、ローゼスの調理技術とバートンの特産の合作よ!」


 と、アリシアがフォークにコロッケを丸々突き刺して掲げながら、偉そうに胸を張る。


「……なんでおまえが偉そうなんだよ」


 思わず呟くと、ヤツはコロッケを指したフォークを俺に向けて勝ち誇った笑みを浮かべた。


「あたしが二人の親友だからよ!」


「じゃあ、おまえも二人について行けよ。なんで屋敷に残ってるんだよ」


 リディアは夕食の支度を終えると、寄り合いの為に集会所へ向かった。


 イライザも商人達との打ち合わせを終えた後、寄り合いに出席しているはずだ。


 ローゼス、グランゼスからの難民達の今後の生活の為に、ふたりは連日、村や新設された住宅地の各部門の代表者達や大伯父上、ローゼス伯と共に話し合いをしているのだ。


 リディアはバートン領主として。


 イライザは商業部門の代表者として。


 ふたりは自身の役割を果たそうとしてくれている。


「やだなぁ。騎士の代表ならお父さんが出席してるもん。あたしは不要でしょ?

 むしろ、ふたりが居ない間にアンタが無茶しないよう見張ってろって、リディア達に言われてんのよ」


「俺が無茶? ハハッ! そんな事するワケないだろう?」


 思わず笑ってしまう。


 俺はいつだって平穏な日常を求めているんだ。


 せっかくバートニー村で暮らせているというのに、誰が好き好んで危険に身を晒すものか。


 だが、アリシアはもちろん、他の面々も驚いた表情を俺に向けてきた。


「……マリ姉、どー思う? アイツ、普段からあんな感じなんだよ?」


 話を振られて、マリ姉は苛立たしげにコロッケにフォークを突き刺し、大口を開けて放り込んだ。


 ……淑女として、そういう食い方はどうかと思う。


 というか、味合わずに食べるのは、コロッケに――ひいてはバートニー芋への冒涜だ。


「……アルベルトにとっては、私を相手取るのは無茶の内に入らないのね……」


 と、マリ姉はコロッケを飲み下し、地の底から響くような押し殺した声で呻く。


「――ま、まあ実際……歯牙にもかけられていない様子でしたしね……」


 マリ姉の横で、モントロープ女伯が身体を縮こまらせて呟く。


 ……この人はこの人で、なにがあったんだ?


 出会った時は、すげえ毅然とした――まさに女傑といった雰囲気だったのに、風呂から出てきてからずっとこの調子だ。


 目が合うと、すぐ逸らされるし、ずっと小刻みに震えてるんだ。


「いい? アルベルト!」


 マリ姉がフォークの先を俺に突きつけて、声を張り上げる。


「世間一般の認識では、兵騎に投げられて空を飛ぶ事は十分に無茶だし、私達クラスと戦闘するのもそうなの!」


「む……そういうもの……なんだな……」


 だが、兵騎に投げてもらうくらいなら、いまではダグ先生やマチネ先生も遊び感覚でやっているぞ?


 チュータックス領都や採掘村へお遣いする際の足代わりにしてるんだ。


 短距離なら――屋敷から難民達の住宅地までなら、結界魔法を覚え始めたルシオやシーニャだってできる。


 ――と、そう思いはしても、俺は口には出さない。


 女性が憤慨している時は、余計な事を言わないものだと、マチネ先生に教わったからな。


 こういう時に口にして良いのは、同意する言葉か、相手に共感を示す言葉だけなのだ。


 以前の俺なら、こういう場面で余計な事を口走って、マリ姉やアリシアをさらに激昂させていただろう。


 フフ……俺も成長しているというワケだ。


「ちょっとアリシア。コイツ、なんかニヤニヤしててイラつくんだけど?」


 む……表情に出ていたらしい。


 どうも最近、口元に表情が出てしまうようだな。


 仮面がある為に油断があるのかもしれない。注意しよう。


「あ、あなた達……それくらいで……

 ――で、殿下がお怒りになったら……」


 そして、モントロープ女伯は相変わらず、俺の顔色を伺うようにビクビクしている。


「や、俺は別に――」


 モントロープ女伯を落ち着かせようと、俺は否定しようとしたのだが、その時、エレ姉が両手を打ち合わせた。


「ええと――そろそろお話を戻して良いかしら?」


「お、おお! そうだ! オルセン魔道局長の話だよ!」


 俺はエレ姉の言葉に全力で乗っかった。


 そもそも、なぜ俺が責められる流れになったんだ?


 女性との会話は、本当に難しいな……


 再びみんなの視線がエレ姉に集まる中、エレ姉は咳払いして続ける。


「――まず、オルセン魔道局長は味方よ。表向きはお父様と不仲を装っているけど、実は大親友なの」


「――なっ……だ、だが、二人の確執は学生時代からだと聞いているぞ?」


 俺自身、ふたりが研究を巡って口論しているのを何度も目の当たりにしているのだ。


 あれが演技だとは、とてもじゃないが思えない。


「ああ、魔道研究で揉めてる時は二人とも本気よ?

 でも、二人は優秀な魔道士だから――優秀だからこそ、研究以外の雑事でわずらさわれたくないって、結託する事にしたそうなの」


 と、エレ姉は頬に手を当てて困り顔を浮かべる。


「ベルノールは魔道の大家で、嫡男は代々御家を継ぐ前は局長を歴任して来たわ」


 持って生まれた強い魔動器官に加えて、魔獣の多いベルノール領という環境もある。ましてババアの教育を受けているから、どうしたってベルノールの嫡男は魔道士としての序列一位に担ぎ出されるのだ。


「――そんな魔道局にあっても、魔道士というのはね、なまじ魔法という個人で他を圧倒できる戦力を有することができるから、いつの時代だって体制に馴染まない跳ねっ返りがある程度出てしまうの。

 ベルノール家はいつだって、そんな彼らをいかに爆発させないかに腐心してきたわ。

 オルセン魔道局長――ノーリスおじ様は、学生時代にお父様と魔道局の見学に訪れた際にその構造に気づいたそうでね」


 そう告げるエレ姉の表情は、オルセン局長への確かな信頼があった。


「――君に反目する連中は、私が引き受けよう。

 おじ様はお父様にそう仰って、オルセン派をまとめ上げたの」


「あ~、つまり……魔道局の平穏を保つ為に、あえて確執があるように装っていた、と?」


 俺の質問に、エレ姉はうなずく。


「これなら頭悪い子がバカやらかす前に、潰す事ができるでしょう?」


「……なるほどな。王族が議会と騎士団をいがみ合わせてるようなものか……」


 主流派閥のベルノール派にだって、跳ねっ返りはいるだろう。


 だが、対立する派閥があれば、おおよそ彼らの不満の発散先を制御できるというわけだ。


 レイモンド叔父上はババアの教育を受けて、ある程度政治知識を持っているが、オルセン伯はそうではない。


 つまり彼は独自の思索で、その考えに思い至ったということだ。


 やはり本職の――序列を持つ魔道士というのはすごいな。


「それで政変後、お父様はベルノール侯爵家を継ぐという理由で王宮を去り――ノーリスおじ様に魔道局を託したの」


 現在の魔道局はひどい有り様だという。


 大侵災対処の為に、力ある魔道士――オルセン派の主要人物達を最前線に送らざるをえず、現在、魔道局に常駐しているのは学園を卒業したばかりの者か、家の力で強引にねじ込まれた、とてもではないが魔道士とは言えないような者ばかりなのだとか。


 ……オルセン魔道局長の苦労が忍ばれる。


「大侵災発生以降の混乱で……さすがにノーリスおじ様も我慢の限界だったみたいでね」


「……わかる。本当に……我が事のように理解できるわ……」


 モントロープ女伯が目元をハンカチで拭いながら何度もうなずく。


 ……そういえばこの人達も現体制にブチ切れて、王宮を跳び出して来たんだったな……


 カイルよ……本当になにやってんだ?


 アレだけ俺にイキってたのに、臣下が不満持ちまくってるじゃねえか。


 ……いや、違うな。


 王宮内の主流派は、現体制に満足しているのか。


 ……真面目に仕事に取り組んでいる者に、しわ寄せが集約されているだけで、大勢は不満を持っていないから、カイルは気づけないのだろう。


 あいつは<耳>で情報を集めるなんて事、していないようだしな。


 そんな事を考えている間にも、エレ姉は続ける。


「――カイルがクレリア様に大怪我を負わされたから、良い機会だと見殺しにしようとしたんですって」


「だから、そこだ! 発想が飛躍し過ぎだろう!?」


 さらりと告げられたオルセン魔道局長の行動に、俺はテーブルを叩いてツッコミを入れた。

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