第4話 15

 それはあまりにも――身体強化されたわたくしの目でも捉えるのがやっとの、一瞬の攻防だった。


 横薙ぎに振るわれたマリエールの斧槍ハルバートに、仮面男の突き出された右手が流れるようにあてがわれ、斜め上方にその軌道が逸らされたわ。


「な――っ!?」


 マリエールは驚愕の声を挙げながらも斧槍を振り抜いて身体を回す。


「あ――――ッ!?」


 衝撃波が突風となって駆け抜けて、周囲のウチューカイゾク達が意味がわからないという表情を浮かべたまま吹き飛ばされたわ。


 その間にもマリエールは逸らされた斧槍を全身を使って振り上げ――


「やああああぁぁぁぁ――――ッ!!」


 仮面男へと振り下ろす。


「――――ッ!!」


 仮面男は息を呑み、そして無造作に左手を頭上へ。


 斧槍の刃が吸い込まれるようにその手に収まり――その瞬間、仮面男の手から斧槍へと魔道が通された。


 構造強化の為に通されていたマリエールの魔道が、一気に押し込まれ、そのまま柄を通ってマリエール自身の両手に絡みつく。


「にゃっ――!?」


 マリエールが咄嗟に斧槍から手を離そうとしたけれど、もう遅かった。


 仮面男の身体が前に出した右足を中心に半身に回され、掲げられた左手が弧を描くように後方へと回された。


 両手を斧槍に張り付いたように、マリエールの上体が引き摺られて宙を泳ぐ。


 斧槍が仮面男の左足のすぐ横の地面を穿ち、轟音を立てて周囲に亀裂を走らせ、大きく陥没する。


 仮面男は斧槍に左手を這わせるように、身を低く沈めながら一歩前に踏み出し――がら空きとなったマリエールの脇腹に右の肘を抉り込んだ。


「ぶふぅ――」


 マリエールの苦悶の声。


 吹き飛ばされたウチューカイゾク達が、ドサドサと地面に叩きつけられる。


「――げ、げえぇぇぇ……」


 マリエールが反吐を吐いて、陥没した地面にうずくまる。


「――あっ、やっべ!」


 肘打ち姿勢のまま残心していた仮面男が、そこでようやく慌てたような声をあげた。


「――というか、その声!?」


 わたくしが気づいて声をあげた瞬間――


「――ッ!?」


 仮面男が低く身を沈めたわ。


 刹那、彼の仮面があった位置を、クレリア様の回し蹴りが走った。


「チッ――!」


 クレリア様の鋭い舌打ち。


 仮面男が身を沈めた動作のまま身体を回し、お返しとばかりに彼女の軸足を蹴り払った。


 クレリア様の身体が縦に回る。


「フッ!」


 けれど、上下逆さまになったクレリア様は、そのまま短剣を握った両手を頭上――地面に向けて伸ばした。


 仮面男がその手を狙って、さらに身を回して払い蹴りを放とうとしたのだけれど、クレリア様はそれを読んでいたかのように、両手に極小サイズの結界を喚起し、それを支点に跳躍する。


 払い蹴りで宙を凪いだ仮面男は、そのまま身を回しながら身体を起こす。


 それを狙いすましたように、クレリア様は今度は空に向けた両足に極小結界を喚起して、勢いを反転させる。


「――ハッ!」


 自らを矢とするかのような、クレリア様の鋭い飛び蹴りが仮面男に迫る。


 しかし仮面男は左手を無造作に掲げ――先程のマリエールの斧槍がそうだったように、クレリア様の蹴りもまた、仮面男に絡め取られた。


「ヒッ!?」


 他者の魔道が体内に侵入する感触に、クレリア様が短い悲鳴をあげる。


 仮面男はクレリア様の飛び蹴りを受けたまま、勢いを逸らすように左手を引いて半身になり――クレリア様の蹴りが地面を抉った。


 その間にも仮面男の右手は後ろからクレリア様の首を握っていて。


「――殺されたくなかったら大人しくしろ……」


 濃密な魔動を放ちながら、仮面男はクレリア様に告げたわ。


 クレリア様の両手から、短剣が離される。


 そして、その声でわたくしは今度こそ確信する。


 あの声。


 なにより、人を威圧するような下手くそな言葉選び――間違いないわ!


「――ぐぅ……あ、あら、こんなおばさんを生け捕りにしたいの?」


 クレリア様が挑発するような蠱惑的な声色で返す。


 ――あああああ、まずいまずいまずい。


 単純な武で敵わないから、クレリア様は絡め手を使ってどうにかするつもりなんだわ。


 後ろから首を掴まれて脱力してる風を装っているけれど、クレリア様の袖口から寸鉄が跳び出して、彼女がそれを握り込むのが見えた。


 わたくしは慌てて魔獣車の屋根から飛び降りて。


「待って! 待ちなさい! 両者待った!」


 全力の身体強化で二人の元に駆け寄る。


「――アルくん、アルくんよねっ!?」


 わたくしの呼びかけに、仮面男――アルくんはクレリア様を解放してうなずく。


「……ああ、エレ姉も居たのか」


 仮面に覆われていて表情はよくわからないけど、その声色には明らかに安堵が感じられたわ。


 あれほど周囲を圧迫していた強烈な魔動が、ウソのように霧散する。


「……エレーナ、アルくん、とは……?」


 解放され、地面にへたり込んだクレリア様が喉を押さえながら訊ねて来る。


「――アルベルト殿下です!」


「――は?」


 わたくしの言葉に、クレリア様がアルくんの仮面顔とわたくしを交互に見回す。


「エレ姉、いったいどうなってんだ? というか、あっちはマリ姉だよな?

 いきなり襲いかかってきたから、つい反撃しちまったんだが……」


 と、アルくんがワケがわからないというように嘆息し、マリエールの方にアゴをしゃくってみせる。


「あああっ! そうだったわ! マリエール、大丈夫っ!?」


 わたくしが慌てて彼女に駆け寄れば、マリエールはうずくまったまま脇腹を押さえて、いまだに嘔吐えずいていた。


 わたくしは彼女の脇腹に手を当てて、治癒魔法を喚起する。


「マ、マリ姉、すまん。あまりにも良い攻撃だったもので、身体が反射的にだな……」


 アルくんもわたくし達の元にやってきて、後ろ頭を掻きながらそう言い訳を始める。


 わからないでもない。


 わたくし達は幼い頃から、お師匠によって八竜戦闘術を徹底的に叩き込まれている。


 手加減できる相手ならいざしらず、マリエールは緑竜槍術中伝だもの。身体が勝手に反撃してしまったんでしょうね。


「くぅ……まさかアンタがアルベルトだったなんてね」


 治癒魔法が効いてきたのか、マリエールは脂汗を浮かべながらも顔をあげて、アルくんにそんな風に応えた。


「しばらく見ないうちにずいぶんと強くなったんだね。そのおかしな格好のお陰?」


 わたくし達とアルくん達とでは、年の差もあって教育日程が重なることはほとんどなかったのだけれど、ごくまれに組打ち稽古の相手をする事もあった。


 けれど、あの頃のアルくんはマリエールにさえ負けていたものね。


「ああ。実はそうなんだ」


 まさかそんな風に返されるとは思っていなかったのか、マリエールが目を見開く。


「というか、よく見たらその仮面、ミハイルの戦面いくさめんよね? 戦の最中に失われたと聞いていたけど……」


 と、クレリア様もやってきて、アルくんに顔を寄せてまじまじと見上げながら、そう訊ねたわ。


「あ、ああ。え~、あなたは?」


 あまりに近い距離感に、アルくんの仮面に覆われていない部分が真っ赤に染まったわ。


 王宮にいた頃は、侍女やご令嬢達に恐れられて、あんな風に至近距離に寄られる事なんてなかったから、免疫がないんでしょうね。


 近づいてくる女は下心があるから――なんて言って、必要以上に近寄らせないようにもしていたようだし。


「あら、これは失礼。申し遅れました」


 クレリア様は半歩引いて、腰を落とす。


「お初にお目にかかります。アルベルト殿下。

 私はクレリア・モントロープ。モントロープ伯爵家の女当主を担っております。

 そして――」


 と、クレリア様は流れるような足運びで、再びアルくんに密着し、耳元に唇を寄せる。


「……代々、ローダイン王に仕える<影>の現頭領にございますの」


「――なっ!?」


 さすがに知らなかったのか、アルくんが驚きの声をあげた。


 その反応にクレリア様は満足げな――きっと格闘術で負けた意趣返しができたとか考えてるに違いないわ――笑みを浮かべ、そっとアルくんから身を離して、再び腰を落とした。


「私以下、現王宮侍女長四名、殿下が偽王を討つ決意をなされたと伺い、こうして馳せ参じてございます」


 それはそれは綺麗な――お手本のようなカーテシー。


「え、ええええ……」


 対するアルくんは、明らかに戸惑った反応だった。


 まあ、連絡してたった二日でやって来るとは、アルくんも思っていなかったわよね……

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