第4話 14

 わたくしがクレリア様に応じれば、彼女は頷きひとつ御者台を蹴ってウチューカイゾクの半包囲陣中央目がけて突っ込んだ。


 剃り上げた頭に蛇の入れ墨をした男の前で、クレリア様はピタリと静止。


 その身がクルリと回されて、スカートが花咲くように広がった。


「――ひゃっ!?」


 男の横面に右回し蹴りが叩き込まれる。


 一瞬遅れて男の周囲に結界が喚起されたものの、その時にはもう男は宙を飛んで左手の木々をへし折りながら突っ込んで行ったわ。


「――ディーックっ!!」


 男達が仲間の安否を気遣って名前を叫ぶ。


 あんなヤバげな見た目のくせに、案外仲間思いなのかもしれない。


「接敵中によそ見とは、ずいぶんと余裕ね」


 その間にもクレリア様はそう言い捨てて、さらに身を回す。


 ブワリとスカートが広がり回り、かと思うとその姿がかき消える。


「――フッ!」


 次の瞬間、クレリア様は包囲陣の右端の男の背後に立っていた。


 徒手空拳の近接格闘特化、白竜戦闘術による歩法のひとつだわ。


 鋭い呼気と共に、逆手に握られた短剣のナックルガードが男の脇腹を抉るように突きこまれる。


「――あぶぅ!?」


 まともにクレリア様の拳を受けた男が真横に吹っ飛んだわ。


 苦悶に顔を歪ませた瞬間、やはり一拍遅れて虹色の結界が男の周囲に球形に喚起され、彼は地面を転がって奥の茂みに突っ込んだ。


「――エディイイッ!!」


 いちいち仲間の名を呼んで安否を確認する彼らは、本当に仲間思いなようだ。


「ふむ。その奇抜な衣装が魔道器なのかしら?

 どうやら騎士甲冑の受動防護刻印の上位互換のようですね。

 ――マリエール、武器と認識されると結界に阻まれます。白竜を使いなさい」


 そうマリエールに指示を飛ばしながらも、クレリア様の姿は三度ブレて、そのたびにウチューカイゾクが宙を舞った。


「フェリドォオオオ!!」


「ゴンザァアアア!!」


「ヘリックゥウウウ!!」


 いちいち残された者達が、ぶっ飛ばされた者の名前を呼ぶのは、本当にどうにかした方がいいと思う。


「む……わたし、白竜は基礎しか教わってないんだけどなぁ」


 ボヤきながらも、マリエールは斧槍を地面に突き刺し、両拳を胸の前で握り締めて左右に身体を振りながら、地を這うように駆ける。


「――やっ!」


 歯抜けになった包囲陣の右端に駆けたマリエールは、そこにいた男に滑るように接近し、地面から伸び上がるようにしてそのアゴに掌底を突き上げる。


「――イランザァアアアア!!」


 真上に飛ばされた男は白目を向いたまま宙で反転し、結界に守られながら頭から地面に落ちる。


「ち、ちくしょう! 女だと思って優しくしてたら、つけあがりやがって!」


 真ん中髪の男が手にしていた槍を地面に叩きつけながら吐き捨てた。


「も、もう容赦しねえ……」


 彼はうめくように呟き、腰に帯びた柄に手をかけた。


「――バっ! ボリスン!」


「人相手にそいつぁダメだろ!」


 なにやら慌てたように、真ん中髪男を周囲が止め始める。


「バカ言うな! あの動き見ただろう!? ありゃ、ぜってえアニキや姐さんが言ってた敵にちげえねぇ!」


「確かに急に現れるって姐さんも言ってたが……だが、アニキや姐さんだって似たような動きをするだろう!?」


 グイグイと押し合いへし合い言い争いを始めるウチューカイゾク達。


「なぁにをゴチャゴチャと……来るのか来ねえのか、はっきりしやがれ!」


 と、そこにクレリア様がドスの効いた声で一喝する。


「――バッカ! あんたも煽るなっ! ボリスン、頭冷やせって!」


「最悪、先生の霊薬でどうにでもなるだろ!

 ――ええい、離しやがれ!」


 ボリスンと呼ばれた真ん中髪男は、左右から押さえつけようとしていた男二人を振りほどき、ついには柄を解き放った。


 それは刃も鍔もない柄だけの剣。


「――目覚めてもたらせ」


 喚起詞が紡がれる。


 途端、柄の先に象嵌された銀晶に刻印が走って、青白い光が刃を形成した。


「――魔道刃レイ・ブレード……」


 クレリア様が息を呑んで、ボリスンから距離を取った。


 お師匠の庵で見たことがある。


 上級結界バリア級でなければ防ぐ事のできない、一撃必殺の魔道の刃だわ。


「ふへへ……キレちまったぜぇ。

 そのお綺麗な顔を斬り刻んで、ぐちゃぐちゃにしてやんよ……」


 と、ボリスンは魔道刃レイ・ブレードを持ち上げ、その青白い光刃に舌を這わせた。


 刹那――


「ぶぶぶぎゅるるるるぅ――ッ!?」


 ボリスンは奇声をあげて痙攣し、身体を硬直させて後ろに倒れ込む。


 まるで雷精魔法を受けたようだわ。


 彼の手から魔道刃レイ・ブレードが、刃を消失させて地面に落ちる。


 その場の全員が状況が理解できず、沈黙が辺りに帳を落とす。


「え、え~と……」


 マリエールが戸惑ったように呟き。


「あ、そうだ! このバカ野郎がっ!」


 その声に、ウチューカイゾク達も我に返って動き出した。


 わたくし達にではなく、一斉にボリスンに駆け寄り、押さえ込んで殴るわ蹴るわ。


「――女には優しくって、アニキも言ってただろ!」


「なにが顔を斬り刻んでやるだ! しっかり麻痺形態にしといて、イキりやがって!」


「それで自分が麻痺してんだから、ボリスンさん、ホントバカっすよねぇ!」


 ……いったい、なにを見せられているのだろうか……


「――あ、このバカにはしっかり『オハナシ』しとくんで!」


「だから、ちょ~っと……イヤ、マジで話を聞いてくんね?」


 ボリスンへの暴行に加わっていない男二人がクレリア様に両手を挙げて見せながらそう声をかけてきた。


「ふむ。確かに私達もいきなり襲撃しましたしね。

 そんな格好なので会話が成立しないと、勝手に判断してしまったところもありますし……人の言葉を話せるのなら、会話もできるのかしら?」


 クレリア様に悪気はないと思いたいわね……


「あ、ああ。オレ達、ヒト! オハナシデキル!」


 けれど、男達は案外ノリが良いようで、クレリア様の言葉に苦笑しながらもカタコト口調でそう応えた。


 男達が武器を手放し、クレリア様もまた構えを解く。


 剣呑な雰囲気が緩み始め――


「……なんとか、穏便に済みそうなのかしら?」


 わたくしも杖を片手に持ち替え、そっと安堵の息を吐いた。


 ――その瞬間。


 ぎゅっと胸の奥――魔道器官を鷲掴みにされたような圧迫感に、わたくしは弛緩しかけた意識を一気に引き締めた。


 恐ろしいまでの圧迫感を放つ魔動。


 それが西の方から――


「――ヒゥッ!?」


 わたくしが空を見上げた時、それは衝撃波を引き連れて降ってきた。


 地面を抉って砂煙を巻き上げ、やがてゆっくりとそれは立ち上がる。


 漆黒の半仮面を着けた、鮮やかな赤毛の異貌の人物。


「お――」


 彼がそう呟いただけで、迸った高圧の魔動に心がすくみ上がりそうになった。


「――アニキ!」


 ウチューカイゾク達が一斉に、空から降ってきたその人物に叫ぶ。


「――てめえら、これが狙いか!」


 クレリア様が怒声を張り上げ――


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 マリエールが斧槍を両手に携え、青褪めさせた表情のまま自らを鼓舞するように絶叫して、異貌の男との距離を一気に詰める。


「ちょっ!? まっ――」


 離れていたわたくしには、その男がマリエールを制止するように手を突き出したように見えたのだけど……


「ア――――ッ!!」


 男の圧倒的な魔動に恐慌状態になったマリエールは、全力で斧槍を振り抜いたわ。

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