第4話 13

 魔獣車から地面に飛び降りたマリエールは、膝を折って衝撃を殺し、そこから一気に前方に加速したわ。


「――閃け、光精!」


 その喚起詞に即座に反応して、クレリア様は腕で目を庇った。


 わたくしが喚起した魔法が、光球を編み上げて彼女の後を追い、その背後で閃光を放つ。


「――がぁっ!!」


「へぶぅ――っ!?」


 跳び出したマリエールを警戒して槍を身構えていたウチューカイゾク二人が、閃光を直視して悲鳴をあげながら手で顔を擦る。


「はああぁぁぁぁ――――っ!!」


 その間に水蒸気の尾を引いて駆け抜けたマリエールが、横薙ぎに斧槍ハルバートを振るう。


「――ひぎゃあっ!?」


 重い衝撃音が大気をビリビリと震わせ――けれど、マリエールの攻撃は虹色の結界に阻まれ、彼ら自身には届いていなかった。


「――は、え!?」


「こ、こりゃあ……」


 彼ら自身も、状況が理解できていないのか、ウチューカイゾク二人は自身を球状に包み込んだ結界を見て、怪訝な声を漏らす。


「――んん……にゃろう!」


 マリエールは結界に阻まれた斧槍に、さらに魔道を流し込んで強化。


「っりゃあああああああ――――っ!!」


 そのまま斧槍を振り切った。


 硝子が割れるような音が辺りに響き、ウチューカイゾク二人が結界を砕かれた衝撃で宙を舞う。


 彼らはそのまま背後の門に叩きつけられ――


「――ひでぶっ!?」


「あべしっ!?」


 おかしな悲鳴をあげて、地面に落ちた。


 けれど、さすがはマッドサイエンティストの尖兵といったところなのかしら。


 彼らはすぐに起き上がって、再びマリエールに身構えて見せたわ。


 こんな手駒が居るなら、王宮騎士に紛れ込ませれば良いのに。


 お師匠が言う通り、マッドサイエンティストの思考は理解できないもののようね。


「ク、クソ! こりゃ、姐さんレベルだ。アニキに連絡! お客様がお越しだ!」


 真ん中髪がツンツン髪に指示をすると、彼はすぐさま通用門の中に飛び込む。


 判断も早い。


 王宮騎士に見習わせたいほどだわ。


「――エレーナ、増援を呼ばれる前に門を潰しましょう」


 五〇メートルほど距離を空けて魔獣車を停車させたクレリア様が、わたくしに指示を出したわ。


「はい!」


 応じたわたくしは杖を振るう。


 王城の門を潰した魔法を喚起する為、魔道器官を強く意識する。


 時間をかけていられないから、展開する魔芒陣――<魔道咆身イマジナリーバレル>は二枚だけ。


 略式で周囲の精霊に呼びかけ――


「――唄え! <魔咆ソーサリー・キャノン>っ!!」


 杖が鳴いて、先端から金色の奔流が解き放たれる。


 王宮のように速度の制御なんてしない、最短最速全力全開の一撃よ!


 あの真ん中髪には、何かが光ったとしか認識できてないはず。


 ――刹那。


「――んんん?」


 <魔咆ソーサリー・キャノン>の直撃を受けたはずの門は、変わらずそこにそびえ立っていた。


 なにが起きたのか理解できていないのか、ウチューカイゾクがわたくし達を見て首を捻っている。


「……ウソ、でしょう?」


 わたくしは思わず驚きを口にしたわ。


 略式とはいえ、地下大迷宮に生息する五〇メートル級の魔トカゲだって一撃で吹き飛ばす一撃よ?


 それが――あの門にぶつかった瞬間、精霊に還元されたわ。


 素材不明な漆黒の前で、無数の精霊が金色に光って瞬いている。


「――エレーナ! 防御を! マリエール、退きなさい!」


 と、その瞬間、クレリア様が警告を発する。


 同時に精霊が渦巻きながら集まり、巨大な円陣を編み上げた。


 円の中に直線が駆け抜けて、五つの頂点を持った星型を描き出していく。


 反射という意味だけが込められた、ひどく単純な魔芒陣。


 あんな画数だけで魔法が成立するなんて……


 マッドサイエンティストの魔道に、わたくしの心が挫けそうになる。


 凝縮していく魔動に、マリエールが大跳躍でわたくしの隣まで逃れてきた。


 ――でも、わたくしだって、お師匠の血族!


「マッドサイエンティストには、絶対に負けないわ!」


 わたくしは杖を奮って鳴音を響かせ、手印を切って魔道を導く。


「――目覚めてもたらせ! <停滞力場ステイシス・フィールド>っ!!」


 喚起詞に応じて、わたくし達の乗る魔獣車の前方に、巨大な漆黒の球が出現する。


 わたくしがお師匠から教わった最上位結界――時間停滞場を喚起するのと、門の前の魔芒陣が完成して<魔咆ソーサリー・キャノン>を撃ち出すのは同時だったわ。


 ――刹那の閃光。


 直後にはもう、魔芒陣に反射された<魔咆ソーサリー・キャノン>は漆黒の球――停滞場に呑み込まれていた。


 ……ま、間に合った……


 わたくしは安堵しながら、顎先から滴り落ちる冷や汗もそのままに杖の石突を鳴らして、停滞場ごと呑み込んだ<魔咆ソーサリー・キャノン>を精霊に還元する。


「なんだぁ!? さっきからピカピカピカピカ!」


 ウチューカイゾクはマッドサイエンティストの尖兵のくせに、門の魔道防壁を理解できていないのか、苛立たしげな声を放つ。


 その背後で通用門が開き――


「おい、ボリスン! 襲撃だって?」


「あん? おめえら、女にやられたのか?」


 口々に粗野な台詞を吐き出しながら、正気とは思えない出で立ちの男達がぞろぞろと這い出てくる。


 その数は十二人。


「ああ。なんか知らねえが、いきなり襲ってきやがった」


 真ん中髪はそう応じながらも、目線は注意深くわたくし達を捉えたままだったわ。


「てめえら油断すんなよ。ありゃ、姐さんの同類だ。

 ――あの斧槍の嬢ちゃんなんて、先生が用意してくれたらしい、結界をぶっ壊しやがったぞ」


 その言葉だけで、後から出てきた連中の表情が引き締まる。


「――アニキは呼んだんだな?」


「ああ。鳥を飛ばした」


「――チャーリーも兵騎を用意してるとこだ」


「よし、じゃあ……」


 男達はわたくし達を見据えて身構えたわ。


 そろって凶悪な顔に下卑た笑みを浮かべながら――


「へ、へへ。嬢ちゃん達、わりいこた言わねえから、ちょっと話そうぜ」


「ちょっとだけ、先っちょだけだからよぉ」


「お、おめえらだって痛い思いしたくねえだろ?」


 彼らは荒い息でそう言いながら、ジリジリとわたくし達ににじり寄ってくる。


 ふざけた口調だというのに、彼らはしっかりと左右に広がり、半包囲陣を敷いている様はまるで訓練を施された衛士や騎士のよう。


「……どうやら実力者の到着を待つ為に、時間稼ぎをしようとしているようですね」


 クレリア様が呟きながら、<小箱インベントリ>から短剣を引き抜く。


「――役割変更です。私とマリエールが彼らの対処。エレーナは防衛と支援を」


 門の反射範囲がどこまで及ぶかわからない以上、迂闊に攻性魔法を放つ事ができない。


 人が喚起する魔法と違い、影響する場が喚起されるまでわからないのが、刻印術の厄介なところね。


「承りました。お任せ下さい」

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