第4話 11

 あの晩の宴会は、本当ににぎやかで楽しかった。


 結局、村の半分の家が取り壊されて広場が造られ、建材を燃やして大きな篝火がいくつも焚かれて。


 村の女衆だけじゃ手が足りないから、難民の女達も料理を手伝っていた。


 村の男衆が作った空き地に、難民の男達はテントを設置していき――食事の用意が整った頃には、村人と難民達の垣根はなくなっていたように思えた。


 あちこちで楽器が掻き鳴らされて、のど自慢達が曲に合わせて唄う。


 それにつられて、男女が手を取り合って踊りだし、老人や子供達が手を叩いて拍子を取った。


 王宮で開かれるような、きらびやかで洗練された宴ではない。


 振る舞われた料理だって、芋煮をスープに、メインはただ切り分けただけの肉や野菜にタレをつけて焼いただけの簡素なものだ。


 ――でもさ……


 あの晩に出された料理は、どんな宮中料理より旨く思えたし、参加したみんなも心から楽しんでいた。


 俺自身、ダグ先生やマチネ先生に促されるがままに、リディアを誘って――宮中舞踊と違うから恐ろしく無様だったが――慣れないダンスを楽しんだほどだ。


 領から続いた逃避行に疲れていたはずの難民達も、それまで続いた不安を振り払うように大いに呑み、食い、笑っていた。


 おかげで翌日は全員が二日酔いに見舞われ、村でまともに動けているのは、子供達と家畜だけとなってしまったくらいだ。


 いや、ババアも動けていたな。


 ババアはどんなに強い酒を呑もうと、手製の薬でいつだって翌日にはケロっとしてるんだ。


 そうしてババアは村の惨状を見かねて<人形ドールズ>達を喚び出し、村の隅にまたたく間に公衆浴場を造り上げやがったんだ。


 慇懃無礼な口調の<人形ドールズ>達は、ぬいぐるみのような指のない丸い手をしているクセに、王都で工房を構えるような一流職人顔負けの器用さを持っていて、男女別でそれぞれ数百人が一度に入浴できる浴槽を複数用意しただけでなく、それらを囲った屋根付きの建物までをも数時間で建て切りやがった。


 瓦と呼ぶらしい焼き物の板を並べた屋根に、木造の風変わりなデザインの建築様式をしたその建物を、<人形ドールズ>達のリーダー、イゴウは――


 ――和風温泉型健康ランドを再現してやったです~。


 などと言っていたな。


 不意に出現した風変わりな建物に誰もが驚愕したのだが、それがババア――大賢者の仕業だとわかると、すぐに納得したようだった。


 難民達はバートニー村に辿り着くまでに、ババアと<人形ドールズ>達の非常識な行いを何度も目の当たりにしているし、村のみんなはお伽噺で大賢者の逸話を子供の頃から聞かされて育っているからな。


 公衆浴場の魅力に、みんなはすぐに取り憑かれた。


 貴族はともかく、庶民にとっては風呂なんて贅沢品だからな。


 普通は布で身体を拭いて済ますか、近くの川で水浴びするくらいなんだ。


 そして、時々の贅沢として、大商会や領が経営する有料の公衆浴場で温浴を楽しむ。


 それがこの地では、無料で楽しめるのだ。


 なんせ<人形ドールズ>達が地殻を掘り抜いて、天然温泉を引き揚げているからな。


 放っておいても、浴槽はお湯が満たされるのだ。


 今では夕食前――仕事終わりに浴場で汗を流してから帰宅するのが、当たり前の光景になっている。


 浴場の掃除は、午前のうちに子供達が持ち回りで行ってくれているようだ。


 なんでもマチネ先生が子供達を仕切って、様々な場所で手伝いをさせているらしい。


 耕作地の間を走るあぜ道を抜けると、難民達の居住区が見えてくる。


 バートニー村の南部の森を切り拓いて造った土地に、画一的な四角い五階建ての建物が無数に並んでいる光景は、住宅地というよりどこか砦のような印象を受けるのだが、コレもイゴウに言わせると――


 ――とりあえず集合マンションを用意したのです~


 という事らしい。


 生体コンクリート――イゴウ達はナマコンと呼んでいた――という素材で造られた建物は、アリシアの一撃を受けてさえ砕けず、それどころか時間をおけば、周囲の精霊を取り込んで再生までするらしい。


 この数週間の間に、バートニー村の家々も――あの宴の晩に吹き飛ばされたものも含めて――みんなナマコン製に新築されている。


「……ババアのヤツ、もう完全に加減を忘れてるよなぁ……」


 これまでの隠遁生活がウソのように、ババアは精力的に働いてくれている。


 それはすごく助かるのだが、ヤツの行動はいちいち非常識で、世の中の道理を嘲笑うかのように、日々、とんでもない事をしでかしまくっているのだ。


 難民達の住居となっている集合マンションもそうだが、アレを造った翌日にはチュータックス領の領境まで出向いて、砦を拵えてきたと言っていた。


 ――まあ、ないと思うが、万が一、こちらの動きにカイルあのガキが気づいて、攻めてきたら面倒だからね。


 そう言って笑うババアに、同行したオズワルドとマイルズが尊敬の眼差しを向けていたっけな。


 なんでも領境まるごと囲う防壁が、またたく間に出来上がったのだとか。


 かと思えば、明くる日には難民の中から職人や錬金鍛冶士を集めて銀晶採掘村に出向き、兵騎用の<大工房>を設置したらしい。


 グランゼスもローゼスも、押し寄せた大侵災の魔物達から逃れる際に多くの兵騎を破損させていたから、その修理のためにも<大工房>があるのはありがたい。


 素材として必須の銀晶は、すぐ横の鉱床からいくらでも採掘できるからな。


 現在は<人形ドールズ>のラゴウがリーダーとなって、職人や錬金鍛冶士達に<大工房>の使い方を教えているところだそうだ。


 これだけババアが精力的に動いているのも、マッドサイエンティストが生きていたのなら、同じような事をしてくるだろうと想定しているかららしい。


 今は息を潜めているようだが、ババアができる事はおよそエルザもできると思った方が良いのだと、ババア自身に念押しされている。


 ババアとしては、いずれ来たるべき時の為に、できる事は片っ端から備えておこうという考えなのだろう。


 そんな事を考えているうちに、俺は目的地に辿り着く。


 集合マンション群とバートニー村の中間点。


 広く円形にナマコンで整地されたその場所は、商店街建設予定地だ。


 すでに多くの職人達や商人、<人形ドールズ>達が集まっていて、雑談に興じているのが見えた。


「――あ、アーくん!」


 俺に気づいたイライザが、名前を呼んで駆け寄ってくる。


「店舗配置、考えてくれた?」


 と、彼女も俺同様に多くの書類を抱えながら、そう訊ねてきた。


「ああ。待たせて悪かったな」


 だから俺はそう返し、手にした書類を持ち上げて見せる。


 商店街の設立は、イライザをはじめとした商人達から移住当初から要望されていた。


 だが、まず難民達の生活基盤を整える事を優先していたので、今まで待ってもらっていたのだ。


 イチから街を組み上げるなんて、ババアから教育は受けていたものの初めての事で、適当にはしたくないという思いもあった。


 とはいえ初めてだからこそ、種別ごとに商店をまとめ、客の導線を考慮して店舗を配置していく作業は楽しかった。


 まったくの更地から街を造り上げるなんて、爺様でもやった事がないに違いない。


 夕食の席でリディアやクロに相談し、時には内務大臣だったローゼス伯爵や、公爵領の都を治めていた大叔父上の意見も取り入れ――そうしてようやく出来上がったのが、この書類なのだ。


 ババア? アレはダメだ。


 いっそひとつのでかい建物にしちまおうとか、頭おかしい事抜かしてやがったからな。


 ショッピングモールとか言っていたが、そんな商店街なんて聞いたこともない。


「――どれ、見せてみるです~」


 と、気配もなく忍び寄っていたイゴウが、足元から跳び上がって書類を引ったくる。


「……ふむふむ。なんともま~、堅実というか保守的というか……ありきたりなデザインです~?

 ドクトルの末裔なんだから、もっとはっちゃけたのを期待してたです~」


 相変わらずコイツは、口調こそ丁寧なくせにその内容が辛辣だ。


 どうも地下大迷宮に居た時に、俺が勝手に家事やら掃除をしていた為に、ライバル認定されているらしい。


「どれどれ~、ウゴウにも見せるですよ~」


「ハゴウにも~」


 と、そこに他の<人形ドールズ>達もやって来て。


「あ、ここは休憩用に公園にして、こっちにまとめた方が良いと思うです~」


「北天通商連合の商業艦を参考にするなら~、催事場も用意すべきです~」


 侍女服姿のぬいぐるみ共が、俺の考えに考え抜いた商店街配置図を囲んで、次々とダメ出ししやがる……


 イゴウは他の<人形ドールズ>達が意見を言うたびに、ペンで配置図を修正していき――


「――ど~だ、小僧~。おまえの考えの足りない部分を修正してやったです~」


 そんな言葉と共にイゴウが広げた配置図は、明らかに俺が考えたものより優れていて――ぐぅの音もでないほどに完璧に思えるものだった。


 街の中央に小川を流して、導線を制御するとか、普通考えられるものかよ……


「あ~、俺の負けだ。それで進めてくれ」


「ふふん。素直に負けや間違いを認められるのは、小僧の数少ない美点なのです~。

 ――じゃあ、みんな、取り掛かるですよ~!!」


 俺に負けを認めさせて満足したのか、イゴウは楽しげに両手を振り上げて、周囲に声を張り上げる。


「ウ、ウチはアーくんの配置図も、馴染み深くて良いと思ったよ?

 王都の目抜き通りを参考にしたんだよね?」


 そう言って慰めてくれるイライザの優しさが、今は切なかった。


「……ああ、よくできたと思ったんだけどなぁ……」


 所詮、凡才な俺の頑張り程度では、ババアの眷属には敵わないらしい。


「まあ、経験の差なのです~

 小僧も百年もドクトルについて回れば、イゴウ達に追いつけるですよ~」


 と、イゴウは俺の肩によじ登り、子供にするように頭を撫でやがる。


「くそぅ……いずれ度肝を抜いてやるからな……」


 うめきながらそう返せば。


「そうそう。小僧のそういう、何度へし折ってやっても諦めないトコを、イゴウは買ってるですよ~」


 ヤツは甲高い声で高笑いしながら、俺の頭を撫で続ける。


「――アニキ~!!」


 ジョニスが野太い声で俺を呼びながら、バートニー村から駆けて来たのは、そんな時だった。


「――領境砦から鳥が来やして、アニキにお客人らしいっす!」


 それが、エレ姉達の来訪を告げるものだとは、この時の俺は想像すらしなかったわけだが……

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