第4話 7

 廊下に出ると、吹き飛ばされた壁の瓦礫に巻き込まれたのか、集まってきた騎士が倒れ込んでいた。


「……瓦礫程度で気絶なんて、宮廷騎士も落ちたものねぇ」


 クレリア様が嘲笑混じりに、騎士達に告げる。


 壁抜きに巻き込まれて気絶する騎士なんて、聞いたことがない。


 ウチの実家――ベルノール辺境騎士団は魔道士が中心となった構成で、近接戦闘に関しては東西の辺境騎士団――グランゼスやラグドールのそれに比べると、見劣りしてしまうのだけれど、それでも今倒れている連中のようなヘマをする者はいないわ。


「――な……いったいなにが……」


 瓦礫に巻き込まれずに残った騎士三人のうち、士長と思しき青年が驚きの声をあげた。


 巡回任務中に人事局長に呼び出されたのでしょうに、彼らは甲冑すら着けていない。


 政変以降に一新された華美な騎士服姿で、とても実用的に叶うとは思えない儀礼剣を手にしてるわ。


 彼らは廊下に出たわたくし達を見咎めて。


「は、はは……人事局長殿も大げさな」


 と、彼は引きつった笑みを浮かべて、無造作にわたくし達に歩を進めようとしたわ。


「たかが侍女四人が武装して暴れたからといって、あれほどまでに大慌てして」


 そう言い放ち、彼は倒れ伏した騎士の脇腹を軽く蹴る。


「おまえ達、陛下の攻撃に巻き込まれるなんて、たるんどる証拠だぞ!」


 ……どうやら彼は壁を崩したのが、カイルだと思っているらしい。


「あ、あの人達、不感症なんですか?」


 わたくしの背後に隠れながら、クリスが呟く。


 不感症っていうのは、魔動を感じる能力が極めて劣っている人を揶揄する言葉よ。


「わ、わたしでもクレリア様の魔動で震えちゃってるのに……」


「あら、クリス。あなたは日常的に魔法を使ってお仕事してたもの。あの人達より魔道が優れてても不思議じゃないわ」


 わたくしとクリスがそんなやりとりをしている間にも、士長と思しき騎士は先頭に立つクレリア様に歩み寄る。


「さあ、なにを思って暴れたのか知らんが、ここからは逃げられないぞ」


 と、彼は馴れ馴れしくクレリア様の肩を叩き、それから執務室の中を覗き込む。


「――カイル陛下。こいつらどうしましょう?

 あれ? 陛下っ!? なんで倒れて……」


 そこでようやく彼は、勘違いに気づいたらしい。


 ……まあ、わからないでもないのよ?


 彼らにとってカイルは、アルくんを――悪逆の限りを尽くしてたと思い込んでいるあの子を、武力で排除した英雄って事になってるのだものね。


 侍女達がよく仕事をサボって見学に行く程度には、カイルも頻繁に騎士達に混じって訓練しているらしいわ。


 その騎士達の訓練の基準が、学生レベルなのはともかくとして、ね。


 そんなカイルが、たかが侍女に負けるとは想像すらできなかったのでしょう。


 ……本当に宮中の人材の劣化がひどいわ。


 クレリア様もマリエールも同じ気持ちなのか、わたくし達の重い溜息が重なる。


 その間にも、士長が驚きの声をあげてカイルの元に駆け出した。


 残った騎士二人も顔を見合わせ、クレリア様を警戒する事なく通り過ぎようと駆け出す。


「武装犯に対して警戒すらしないなんて……」


 呟きながら、クレリア様の両手が振るわれる。


 正確に延髄を穿つクレリア様の一撃に、騎士二名の意識は刈り取られ、苦悶の声すらあげることなく床に倒れ伏した。


「エレーナ、頼むわ」


 と、クレリア様はカイルの元に向かった士長に視線を向けて、わたくしにそう告げる。


「はい。来たれ、雷精」


 わたくしの喚起詞に応じて紫電が駆け抜け、士長の身体を撃ち抜いた。


「――ぎゃっ!?」


 短い悲鳴をあげて、倒れ込む士長。


「内宮の警備がこの有様じゃ、私が想像するより遥かに容易く脱出できそうね」


 クレリア様が鼻を鳴らしながら、廊下の先を見据えて歩き出したわ。


 わたくし達もその後に続く。


 決して走る事なく、普段と同様の足取りで。


 武装してなければ、この騒ぎの原因がわたくし達だとは誰も気づかないでしょうね。


 そんな、ゆったりとした足取り。


 仮にも王の危機が告げられたというのに、やって来た騎士は巡回班ひとつだけ。


 こういうところからも、現在の宮中騎士は所詮本職ではなく、素人の真似事なのだと思い知らされる。


「楽ができるのは良いけれど……」


 マリエールが苦笑。


「でも、このまま騎士達がわたくし達に危機感を抱く事なく、脱出できちゃっても困るのよねぇ」


 わたくしは困ったように彼女に返す。


「え? そうなんですか?」


 わたくしの半歩後ろを歩きながら、クリスが首を傾げる。


「さっきの騎士達を見たでしょう?

 宮中で襲われるなんて思っていないから、まるで警戒心が欠如してて。

 あの調子のままでアルくん――アルベルト殿下達が蜂起してみなさい」


 わたくしに言われて、クリスは両手を打ち合わせた。


「あ~……ロクな事にならなそうですね……」


「戦場で本職の騎士相手に、イキり散らかすだけイキって、あっさり殺されてしまいそうでしょう?」


 大臣達に命じられるままに戦場に送り出される事になる宮廷騎士達は、先程の彼らのように多くの者が魔動を認識できず、そして危機感の薄い者達になるでしょうね。


「後の事を考えたら、いかに無能達とはいえ、宮中騎士達との全面衝突は避けたいのよ」


 アルくん達が王位奪還の為に蜂起するというのは、いわばローダイン王国で内戦が勃発するという事よ。


 今は大侵災が発生しているから、西のアグルス帝国は大人しくしているけれど、彼の国がいつまでもそのままとは思えない。


 だからこそのアルくん達の計画は、短期決戦に主眼を置いて立てられているのだけど……


「投入された騎士達がビビって、逃げ出してくれると一番なんだけど、多分、力量差があり過ぎて、あいつら気づけなそうなのよ」


 マリエールが困ったように頭を掻きながら、クリスに説明したわ。


 と、そこに角を曲がって、巡回中の騎士が飛び出してくる。


「む、貴様ら! 宮中での武装は禁止――ごぁっ!?」


 マリエールは振り返ることなく斧槍を振るい、その柄で騎士の胴を薙ぎ払った。


 廊下の壁を突き崩し、その騎士は階下に落ちて行ったわ。


「騒ぎが起きていても、抜剣すらせず、警戒感もなく角から飛び出す……はあ、頭が痛くなるわね」


「弱過ぎですよね? わたしの攻撃を防御すらできないなんて。受けるだけなら、七歳のアリシアだってできてたのに」


 こめかみを抑えて首を振るクレリア様に、マリエールは呆れ口調で返した。


「ここまでアレだとは思ってなかったのだけど、少し方針転換が必要なようね」


 クレリア様はアゴに手を当ててしばし考え込み――


「ここからは少し、派手に行くことにしましょう」


 それから両手を打ち合わせ、わたくしに顔を向けてきたわ。


 その顔に浮かぶのは、社交界で多くの紳士達を魅了したという、美しい微笑み。


「エレーナ。魔道の大家、ベルノールの力を彼らに見せつけてやりなさい」


「え? よろしいのですか?」


 クレリア様の言葉に、わたくしは首を傾げて問い返す。


「ええ、本当は城は無傷で取り返したかったけれど、この際、仕方ないわ。

 せっかく鬼ババ様が外に出てるのだし、頑張ってもらう事としましょう」


 ……ふむ。クレリア様がそう仰るなら。


「マリエール、クリスの護衛をお願いね」


 そう告げて、わたくし達は歩く順番を変更。


 先頭に立って、杖を両手で握り締める。


「確認しますけど、全力で良いのですよね?」


 わたくしの念押しに、クレリア様は笑みを濃くして頷いたわ。


「ええ。王宮に蔓延る無能達に、恐怖を刻み込んでやりなさい」


「――わかりました!」


 わたくしはそう応じて、両手で杖を回す。


 杖に刻まれた溝と孔が鳴って、笛に似た旋律を奏でる。


 周囲で精霊が発光を始め、杖の刻印もまた虹色の輝きを放った。


 手加減なしでの全力喚起なんて、本当に久しぶりだわ。


 地下大迷宮ですらお師匠に禁止されてたから、地元に――ベルノール領に居た頃振りになるわね。


「……永久とこしえの眠りより……」


 旋律と喚起詞に応じて、杖の先端に多重魔芒陣が描き出される。


 五枚連ねられたそれは、先に進むほど広がっていき、一番外側の魔芒陣は廊下を覆い尽くすほど。


 杖を腰溜めに構えたわたくしは、杖の先端を壁に――城門のある方角へと向けて、大きく息を吸い込んだ。


「――目覚めてもたらせ!」


 魔道器官から杖へと魔道が通り、魔芒陣をより強く輝かせる。


 そして、わたくしは唄を解き放つ。


「――唄え! <魔咆ソーサリー・キャノン>っ!!」


 辺りを喚起詞と笛の音と共に――金色の閃光が染め上げた。


「――ひゃああああぁぁぁぁ」


 眩い輝きの中、クリスの淑女らしくない悲鳴が、やたらはっきりと響き渡る。

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