第4話 2
「――あなた、今どうしてるの!? 王国はすごい大変な事になってるのよ!?」
すぐに返事ができない<
『……ああ、わかってる。今日はそれも含めて話す為に連絡したんだ』
「――え? ちょっと、今……返事した? わたくしの言葉が聞こえてるの?」
思わず執務机の上の鳥型魔道器を両手で引っ掴む。
金属に刻印を刻んで造られる<
『聞こえているぞ。
最近、あちこちに連絡しなきゃ行けなくてな。<
<
手紙の代わりに声を届けてくれるけれど、あくまでそれは一方通行で、声を受け取った相手は改めて<
だから、どうしても鳥の移動時間で時差が生じてしまうのよ。
「……相互会話できる魔道器だというの……」
『<
これなら離れていても意思疎通ができて、しかも従来の鳥と違って解釈間違いも起きづらいから便利だろう?」
便利なんてものじゃない。
これは現行の社会システムや流通を一変させうるシロモノだわ。
「……お師匠の作品って言ったわね? 今度図面を見せるよう伝えておいて」
魔道の大家、ベルノールの娘としてこれだけの魔道器を放っておく手はない。
そしてベルノールの娘だからこそ、お師匠の作品は世に出す前にちゃんと精査しておきたいのよ。
基本的にものぐさで享楽的なお師匠は、自分の作品が世の中にもたらす影響を考えず、ただ自分が楽をしたい一心でとんでもないモノを生み出したりする。
幼い頃、マッドサイエンティストについてお師匠に教わったけど、それはお師匠自身の事を言っているんじゃないかと思ったほどよ。
……実際にそれを口に出したロイド様は、ゲンコツを落とされていたわね……
『わかった。伝えておく。
それで、今日エレ姉に連絡したのはだな――』
と、そう前置きして、アルくんは城を追われてからの出来事を語り始めた。
『――というわけで、マッドサイエンティストによって大侵災に呑まれたグランゼス領から逃れて、俺は今、バートニー村に戻って来ている』
「ま、待って! 情報量――というか、ツッコミどころが多すぎる! 意味がわからないわ!」
アルくんの説明は、口下手な彼特有の要領を得ないもので、理解が及ばない部分も多々あったわ。
『……ふむ。やはりそうか。リディアの言う通りだったな。
エレ姉、<
喚起詞は『開け』だ』
言われた通りに魔道を通して喚起詞を唄うと、<
「これって……」
『<
――そこに時系列順にまとめたものを書いておいた』
封筒を開くと、丁寧な字でアルくんのこれまでが綴られていて。
――これを書いたのは、きっとアルくんじゃない。アルくんの字はもっとクセが強くて独特だもの。
これは報告書をまとめるのに慣れた者の仕事だわ。
事実のみが記されたこの文書のおかげで、わたくしはようやくアルくんがこの二年間、どうしていたのかを理解する事ができた。
……そして、グランゼス領が大侵災に呑まれる事になった真相も――
「……つまりリグルドとカイルは、マッドサイエンティストの助力を受けてアルくんを城から追いやったって事よね?」
『連中が持ってた魔道器から考えて、そうだと思う』
「ふたりの目的が王位だったとして、マッドサイエンティストは?」
『アイツの口ぶりから言って、ババアの研究、あるいはババア本人を探してるんじゃないかと思う。これはババアも同意してる』
「……なるほど。国内で動きやすいように、まず権威を押さえたってわけね……」
思考を整理しながら、わたくしは呟く。
『ちなみに王宮ではマッドサイエンティストはどうしていたんだ? アイツ、大賢者を名乗っていたんだが……』
「ああ、なるほどね。そう名乗る事でリグルドとカイルを信用させたのか」
どうやってリグルドやカイルに取り入ったのか不思議だったのだけど、アルくんの言葉で納得できた。
ドラゴンでさえトカゲと呼んで片手間に叩き潰せるお師匠が、明確に「敵」として警戒を露わにするマッドサイエンティスト。
そんな存在が、ローダイン王国の民なら誰でも知っている大賢者を名乗ったのなら、信用させるのは容易だったでしょうね。
「でも、残念ながら王宮では大賢者なんて、噂にすらなってないわ」
『ということは、ヤツは限られた者としか接触してなかったって事か』
「でも、倒したのでしょう?」
手元の記録には、アリシアちゃんが神器まで喚起したと記されている。
あの騎体――<竜姫>を組み上げる時、お師匠を手伝って説明されたから知ってるわ。
霊脈に潜む悪魔を滅ぼす為に造られたという神器――<
その輝きは、魂さえも砕いて消滅させるのだという。
『……そのはず、なんだが――ババアがまだ生きている可能性があると警戒してる』
世界がまだ無事に存在しているのが、その根拠なのだとか。
完全に滅ぶのなら、世界もろともに滅ぶはずだ、と。
『だから、王都の状況が気になって、こうしてエレ姉に連絡したんだ』
「そう。でも、さっきも言った通り、少なくとも大賢者なんて噂は聞いてないわね。
今の王宮は、グランゼスの大侵災への対処で大わらわよ」
『ババアの思惑通りだな』
と、アルくんの声色にわずかに笑いが交じる。
まさか大侵災の発生に、アルくん達が関わっていたとは思いもしなかった。
……しかも、あえて侵源を放置したなんてね。
先程の拙い説明を聞いた限りでは、アルくんは当初は玉座に返り咲きなんて考えてなくて、そのままバートニー村で平民として生きるつもりだったみたい。
昔から王にはなりたくないって、お師匠やクロちゃんに愚痴ってたそうだものね。
幼い頃から優秀すぎた父親――ミハイル伯父様と比べられて、自分が無能だと思い込んでるのよ。
サリュートおじ様を立太子できないかと、本気で相談されてドン引いた事もあったわね。
だから王位をカイルに簒奪されても、やりたいならやればいいとさえ思っていたみたい。
――けれどその簒奪には、マッドサイエンティストが関与していた。
わたくし達ローダイン王族――勇者アベルと巫女アンジェリカの血に連なる者は、その存在を決して許してはならない。
そしてマッドサイエンティストが引き起こした事象もまた、同様に許してはならないのだと、わたくし達は幼い頃からお師匠に叩き込まれているのよ。
……だからこそ、アルくんもようやく決意したみたいね。
『――エレ姉。俺は王位を取り返す。
王宮の――カイルやリグルドの目が侵災に向いている、今が好機なんだ』
現在、バートン領には侵災を逃れたグランゼス領の民や、領地を接収されたローゼス領の民を受け入れて、王都攻撃の用意を整えているのだという。
「グランゼスやローゼスからの難民がやけに少ないと不思議に思ってたんだけど、領民の避難にもあなた達が関わってるのね?」
グランゼス領やローゼス領から逃れるのなら、西アベル渡河街道を通って王都に逃れるのが普通なのよ。
でも、家の者に調べさせても、王都に来ている難民はトランサー領民が大半で、グランゼス、ローゼスからの民はほとんど居なかったわ。
……平民を見下している今の主要官僚達は、難民がどこから来ているのかなんて、気にもしていないようだけどね。
『ああ。ババアが<
相変わらず、お師匠の魔道は常軌を逸している。
そういえばミハイル伯父様も初陣の時には、ミラン山脈から
伯父様は正しくお師匠の愛弟子だと思うわ……発想がブッ飛んでるトコとか。
『今しばらくは、両領民達の生活基盤を整える時間が欲しいから、王宮が大侵災にかかり切りになっているのは助かる。
それでだな、エレ姉には実家のベルノール家と、ロイド兄のラグドール家との繋ぎを頼みたいんだ』
アルくんの考えが理解できた。
北と東の辺境伯を動かして、アルくんは南部から侵攻――西は大侵災に塞がれているから、実質、完全包囲が完成するってワケね。
「実家はともかくとして、ロイド様にも?」
『ああ。ほら、ロイド兄って魔法が苦手だったろ?』
「ああ……」
アルくんの言いたい事がわかった。
彼はまだ、ロイド様が王宮に居ると思っているのね。
ロイド様は身体強化や構造強化なんかの単純な魔法はともかく、霊脈や精霊に干渉する形式の魔法――攻性魔法や結界魔法は苦手としているのよね。
だから結界内の音を検出して、その反相で打ち消して外部に放出するという複雑な魔法――防音魔法も使えなくて。
『どこに耳があるかわからないから、こうして鳥を送り込む事ができなくてな』
「それなら安心して。ロイド様はご実家――ラグドール家に戻られてるわ」
『なに? そうなのか?』
わたくしの言葉に、アルくんは驚きの声をあげた。
そうよね。騎士として、国と民を守る――っていうのは、ロイド様の口癖みたいなものだったものね。そんなロイド様が今の王都を捨ててご実家に戻られているとは、思いもしなかったんでしょう。
「アルくんの執政を悪とするカイルに、ロイド様も色々と思うところがあったみたいよ。
ううん。ロイド様だけじゃない。文武両方の多くの官が――城を追われた人だけじゃなく、不満を表明する為に自発的に城を去って行ったわ」
『――――ッ!』
アルくんは息を呑んで押し黙った。
「ふふ……そうよね。あなたはきっとみんなに恐れられ、嫌われてると思い込んでたものね……」
確かに言葉が足りないアルくんを恐れ、忌避していた貴族や官は多いわ。
侍女として働きながら本業に従事していたわたくしは、そんな彼らが陰で漏らす多くの言葉をアルくんに届けていたもの。彼がそう思い込んでいる事も知っている。
「……でもね、アルくん。実際は――言葉にされなかっただけで、アルくんの事を認めていた人はたくさんいたのよ」
人は自分に都合が良ければ、わざわざ言葉を発しない。
不満があるからこそ言葉として周囲に吐き出すのよ。
わたくしの本業は、アルくんの<耳>として、そんな不満を集めてアルくんに届ける事。
アルくんは王太子時代、そういう言葉から官や民の求めを汲み取り、政策に組み込んでいっていた。
日々、自身に向けられる心無い言葉を呑み込み続けて。
元服前から立太子されて、幼い頃から王太子の仮面を被って心を凍らせて……
自身の感情を置き去りにしたまま国の為にと取り組む様に、わたくしは尊敬の念を抱くと同時に、不安を覚えたのを覚えてる。
……この子は、このまま冷たい王の仮面を被ったまま生きていくのだろうか、と。
<
「――あ……」
泣いているのだろうか?
あのアルくんが?
自身の為に行動してくれた人達に感動して?
だとしたらその変化は――成長は、素晴らしいものだと思う!
立太子されてからのアルくんは、お師匠の庵以外では感情を表に出す事をやめてしまったのだから。
きっと王宮の外での経験で、彼は良い方向に生まれ変わろうとしているのね。
……ああ、運命を司る<
二年前の簒奪劇は、決して悪い事だけじゃなかったんだわ!
「……アルくん――いいえ、アルベルト殿下。
わたくしはあなたの<耳>として、今こそ上申するわ。
ロイド様だけではなく、そういう者達すべてに檄を飛ばしなさい」
意味がないのはわかっているけれど、思わず<
「――あなたを慕う者は、きっとあなたが思っている以上にたくさんいるのよ!」
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