閑話 偽りの聖女の目覚め

閑話

 ――不意に流れ込んでくる記憶と知識。


 その膨大な情報量に脳とローカル・スフィアが過負荷に染まり、思わず悲鳴をあげてうずくまる。


「――ど、どうなさいましたっ!?」


 背後から侍女にそう声をかけられる中、私は顔をあげた。


「……ふむ。どうやら私は死んだのか。これが転生という感覚……あまり気持ちの良いものじゃないね」


 この辺境も辺境――グローバル・スフィアからも切り離された星で、私を殺せる者がいるとは思わなかった。


 あれから一週間が経過しているのか……


 蘇った記憶は、アリシアちゃんが騎乗したロジカル・ウェポン――タイプ・アローが<虹閃銃ザ・レインボウ>を喚起した所で途切れている。


 最後に見た光景は、すべてが鮮烈な蒼に染まっていて、痛みを感じてさえいなかった。


 人類の転機において、英雄の道行きを照らす七色の輝き――それが<虹閃銃ザ・レインボウ>だ。


 ――既知外の智と謳われる人類最古のマッドサイエンティスト、ドクター・マツドとその弟子である七賢者が生み出した神器級魔道器。


 先の汎銀河大戦の際も、それを終結に導いた英雄達のかたわらにはあの輝きがあったのだという。


「……そういえば戦後、青は所有者が不明となっていたのだっけね」


 開発者の元に戻されていても不思議ではない、か。


 そんな事を考えながら、私は転生の成功――記憶が確かに引き継がれている事を実感する。


 身体を見下ろせば、肩から胸にかかる金の巻毛に、天然素材で織られた生地の礼装が見えた。


 この星では高価な衣装なのだろうが、私に言わせればなんの防護刻印も施されていないただの布切れだ。


「……こんな事なら、戦闘躯体でくるべきだったね」


 おかげでこんな貧弱な身体を持つ事になってしまった。


 先生が公表した魂アーカイブ理論を元に組み上げた転生システムだったけど、まだまだ改良の余地はありそうだ。


 現状ではアクセス権を掌握している再生人類にしか転生できないというのは、転生後の躯体の用意は容易くなる反面、肉体の劣化は免れない。


「とはいえ、自分の死が他人事のように感じられるのは面白い発見だね」


 このシステムを実際に使うのは初めてだけど、死という形而上概念を客観的に認識できるのは、本当に面白い。


 いずれ研究室に戻ったら、本格的に実験してみるのも良いかもしれないね。


 初めて降り立った集落――いや、あの規模で国なんだっけね。あそこで見せてもらった手法を使えば、実験は容易いだろう。


 素材は信者で良いだろう。


 一億回も施行すれば、転生システムはより優れたものになるはずだ。


 今のシステムは、たった一万回の実験――しかも他人を使って造ったものだったものね。


 何事も主観ってのは大事だと実感させられた気分だよ。


「さて、問題はこの身体だけど……」


 私は立ち上がり、改めて自分の身体を見下ろす。


 細い手足にやたらとデカい胸。身につけている衣装も、胸を強調するかのように大きく開かれたデザインだ。


「……そういえば原始的な文化・文明では、女性に知性ではなく肉感を求めるのだったね」


 記憶が蘇る前の私はそれを熟知していて――その魅力を引き出す為に、全力を尽くしていた。


 私が研究に情熱を傾けるようなものだから、わからないでもないが……不特定多数と肉体関係を持っているのは頂けないね。


 自分の体内に異物が踏み込んでくる感触が思い起こされて、私は身震いする。


 なんともまあ、随分な性格をしていたものだ。


 この記憶は、関係を持った者達を処分したあとに消去してしまおう。そうしよう。


 甚だ不満が募る転生先ではあるが、なにせ咄嗟の事だったからね。


 事前設定した条件に当てはまるのは、ここしかなかったのだろう。 


「まあ、次の躯体を構築するまでの繋ぎと思えば良いか」


 リグルドくんが建てたあの施設を改造すれば、戦闘躯体とまではいかなくても上位冒険家クラスの躯体は造れるだろう。


 とはいえ今のこの身体では、まともに魔法すら喚起できない。


 いや……この星の住民の中では十分過ぎるほどなのだろうが、転生前に比べたら弱体化も良いところだ。


 貧弱な身体に、劣化した魔道器官――躯体構築と並行して、この身体の改造もすべきかな。


 今のままじゃ転生システムすら喚起できない。


 もし今の状態で、<虹閃銃ザ・レインボウ>を持つアリシアちゃんに見つかったら、私という存在は終焉を迎えてしまうだろう。


「……ふむ。それは困るな。本当に困る」


 しばらくは転生したとバレないようにしておこう。


 アレで私は死んだと思わせておけば、その分、時間が稼げるからね。


「――あ、あの! どうなさいました? お加減が悪いのでしょうか?」


 ああ、そういえばお付きの侍女に声をかけられていたのだっけ。


 突然うずくまり、それから思索に耽ってしまっていた私に、彼女は戸惑っているだろうね。


 それにしても、二重の記憶――人生経験があるというのは、なんとも奇妙な感覚だ。


 声をかけて来た侍女は、わたしが振り返ると顔を引きつらせていた。


 普段の私は意味もなく侍女を怒鳴りつけていたからね。


 私の立場上、不調ならば務めとして声をかけなければならないのだけど、不興を買って怒鳴られたくない――そんな思惑が透けて見える、笑みと恐怖が入り混じった愛想笑いのような表情だ。


 実験に使っていた信者が、自分が被検体に選ばれたと知った時によくこんな表情を浮かべていたっけね。


 記憶が蘇る前は、恐れられる事に暗い優越感を覚えていたけれど、今となってはそんな無駄な事に時間や労力を割きたくない。


 少なくとも私を殺せるアリシアちゃんに対抗できる力を取り戻すまでは、周囲との関係を円満にして、気持ちよく守ってもらわなくてはいけないからね。


 なあに、オーティスの巫女エルザとして、信者を心酔させていた経験があるんだ。


 実験体確保を容易にする為に、あの娘に成り代わった時だってバレなかったんだから、転生して以前の記憶さえある今の身体でなら、もっと上手くできるはずだ。


 人間ってのは、悪人が少しでも善い事をして見せれば、簡単に評価を覆すもの……ならば今、侍女達が抱いている畏怖の情を覆すのも容易いだろう。


 悪女が聖女に転身だ。


 うん、この方針で行ってみよう。


 私は怯えの色を浮かべる侍女に微笑みを浮かべて見せる。


「――心配してくれてありがとう。

 立ちくらみがしたけど、もう平気よ」


 私が笑った事で、侍女の怯えが和らぐ。


「それよりお父様が心配だわ。急ぎましょう」


 そうそう。今日はその為にわざわざ城から出て来たんだ。


 私がそう促せば、侍女は機嫌を損なうことを恐れたのか、特に反論する事なく私に付き従う。


 私は生家の廊下を歩き、父親の寝室へと辿り着いた。


「――悪いけれど、ふたりにさせて頂戴?

 お父様もあまり他人に弱った姿を見せたくないと思うの」


 侍女にそう告げれば、彼女は素直に従って、私にドアを開けて室内に通すと、自身は廊下に残った。


 巨大な天蓋付きの寝台が置かれた寝室を、私は指を鳴らして結界で覆う。


 彼にだけは本当の事を教えておいた方が、今後も動きやすいだろうからね。


 寝台のそばまで歩み寄ると、痩せこけ、頭の毛髪が抜け落ちた男が眠っている。


 彼は一週間前にグランゼス領で発生した綻び――大侵災の報を受け、息子と私を失ったショックの余り倒れたと聞かされている。


 今日の訪問は、それを慰める為の見舞いなんだ。


「……お父様」


 そう声をかけると、彼はゆっくりと目を開く。


 充血して黄色みがかった目が蠢き、私を捉えると……


「おお……アイリス……来てくれたか……」


 力なくかすれた声で、彼――リグルドくんは呟く。


 私は満面の笑みを浮かべた。


「――父親の君にそう見えるってことは、他人にはバレようがないって事だね。リグルドくん!」


「――なぁっ!?」


 リグルドくんの目が見開かれた。


「――君の娘が大賢者になったんだ。喜びたまえよ」


 わなわなと震える彼の反応が面白くて、私は結界内なのを良いことに、思い切り笑ってしまったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る