第3話 41

「――目覚めてもたらせ、<量子転換炉クォンタムコンバーター>」


 それはあたしがミスマイル公国で見つけた<大工房>にもあった、なんでも造れる魔道器の名前だ。


 お婆様の喚起詞に応じて、その足元に三つの像が結ばれていく。


 クロと同じくらいの大きさの――まるでメイド服を着た女の子を、まん丸いぬいぐるみにしたような姿をしたそれは――


「さあ、目覚めな。<人形ドールズ>達」


 お婆様が手を打ち鳴らすのに合わせて、その青い目を開く。


「イゴウ、起きたの~!」


「ロゴウ、正常起動……」


「ハゴウ、いつでもいけますっ!」


 それぞれに応えて、短くてまんまるい手でスカートを摘んてカーテシー。


 ――可愛いっ!


 こんな時でなければ、抱き締めてしまいたいくらいに可愛い!


 でも、空気が読めるあたしは、湧き上がる欲求をぐっと押し殺した。


「お婆様、この子達は?」


「説明が面倒だから、まあ、見てると良いよ。

 ――あんた達、配置につきな!」


「は~い!」


 お婆様の指示に従って、<人形ドールズ>と呼ばれた三体は、そのちっちゃな身体からは想像できない速度で外壁に跳び上がり、鍛錬場の三方に散った。


 それを見届けて、お婆様は深く吐息。


 それから扇を広げて頭上に掲げ、左手を前に広げる。


 瞬間――お婆様の魔動が膨れ上がった。


「アァ――――」


 高い音域の単音からなる喚起詞。


 周囲の精霊が一斉に青く発光を始め、お婆様の長い髪もまた、透き通った青に染まった。


 辺りに漂う濃密な瘴気が、みるみる押し流されていく。


 アルが喚起した魔法がそうだったように、青い精霊は魔物にまとわりついてその動きを拘束した。


「――響くの~!」


 と、その時、イゴウちゃんが喚起詞を唄う。


「――奏でて……」


 ロゴウちゃんが続けて唄い出し――


「――鳴り渡ってくださいっ!!」


 ハゴウちゃんもまた他の二人同様に唄い出した。


 三体は丸い両手を大きな頭の横に掲げて、さらに声を揃えて続ける。


「――永久とこしえの眠りより、目覚めてもたらせ……」


 アジュアお婆様の魔動に励起した精霊が舞い踊り、魔物を捕らえたまま螺旋を描いて上昇を始める。


 やがて精霊は青い光の柱となって上空の大侵源を呑み込んだ。


 瘴気と精霊がぶつかって、辺りに紫電が走り抜ける。


 騎士達は突然の出来事に、ただその光景を見つめていた。


 ――お婆様の目が開かれる。


 その瞳は万色に彩られ、光の柱に包まれた大侵源を見据えていた。


「――唄え、<女神の唱歌アーク・テスタメント>!」


 扇を持つ手が一閃され、三体の<人形ドールズ>達が異なる音域で単音の唄を響かせる。


 奏でられた音が重ねられ、それに呼応するように大侵源を包んだ青が魔芒陣を描き出す。


 直後、まるで空間を切り取るかのように青い障壁が現れ、蓋を閉じるかのように動いて、大侵源を三角錐に閉じ込めた。


『……勝った、のか?』


 騎士の誰かがぽつりと呟いた。


 あれほどいた魔物は、大侵源と共にあの青い三角錐に閉じ込められている。


 <人形ドールズ>達が単音の唄を唄い続ける中、騎士達の間に歓喜が広がっていく。


「――いいや、水を差すようで悪いけどね、単に一時的に封じただけさ」


 髪色を紫に戻したお婆様は、閉じた扇を横に振るって騎士達を見回した。


「――グランゼスの騎士達よ! 妾は大賢者ブルーである!」


 突然のお婆様のその名乗りに、騎士達は動揺と警戒を露わにした。


 この危機を引き起こしたのも、大賢者を名乗るエルザだったものね。


 騎士達の警戒はよくわかるよ。


『――この御方こそ、真の大賢者だ』


 だから、その警戒を解きほぐすためにおじいちゃんが宣言し、騎体から降りて敬礼する。


 お父さんもまたすぐその横にやって来て、おじいちゃん同様に鞍房あんぼうから這い出て敬礼した。


 当主と次期当主の行動に、騎士達もそれ倣う。


 その光景にお婆様は満足げに笑みを浮かべると、左手を振るって念動の魔法を喚起する。


「お、おい……」


 アルの身体がフワリと浮き上がり、お婆様の横に並べられた。


「妾はな、大賢者を僭称する者によって引き起こされた、此度の件を収拾する為に呼び出されたのよ」


 騎士達が驚きに顔をあげる。


「……大賢者様を呼び出した? それって……」


 騎士達の一部は、アルがお婆様を転移させたのを見ていたもんね。


 お婆様は意地悪げな笑みを浮かべて、アルを横目で眺め、それから再び騎士達に語りかける。


 あ、これは……


「――そう、そなたらがアルと呼んだこの者こそ、偽王に追われた、このローダインの真の後継者、王太子アルベルトその人である!」


 お婆様は外堀を埋めて、アルの退路を断つ事にしたみたいね……


 その強引な手法に、あたしは思わず苦笑を浮かべる。


 おじいちゃんとお父さんも困ったような表情を浮かべていた。


「……クソ、ババアめ……」


 アルは不満げにお婆様を罵る。


「んん~? 聞こえんぞ? はっきりと皆に声をかけてやったらどうだ?」


 と、お婆様はアルの胸に手を当てて、そっと魔道を通した。


 か細かったアルの魔道が脈動を始める。


「――ちくしょう。わかったよ!」


 と、お婆様の魔道を受けて身体の自由を取り戻したアルは、自分の足で立って騎士達を見回した。


「あ~……騙す形になって悪かったな」


 ざわめきが騎士達の間に広がっていく。


「――俺がアルベルトだ」


 なんとも締まらない名乗り。


 けれどこの名乗りが、後の世において「狼王の再起」という歌劇の一幕として大衆に絶賛される事になるのを、この時はあたしもアルも知らなかったんだよね……


「――いろいろと聞きたい事もあるだろうが、今は退避だ!

 ゴルバス! サリュート! 指揮を執れ!」


 アルの号令におじいちゃんとお父さんは敬礼で応じ、再び兵騎と合一して動き始める。





 ――そしてこの数日後、グランゼス公爵領は大侵災に呑み込まれた。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが第3話となります。


 めっちゃ長くなってしまいましたが、物語の終盤に向けていろいろとこの世界について知ってもらいたかったのです。


 閑話を挟んだ後、次話からは少々、王宮側のお話も描いておこうと考えております。


 国防の要たるグランゼス領が大侵災に呑まれ、混乱するローダイン王国。


 新王カイルの取った行動は――


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