第3話 39
手足が固定されて仮面が着けられる。
騎体に魔道が迸って、無貌の仮面に
――目を開く。
白紋様で描かれた
――いいかい、アリシア。
アジュアお婆様の言葉を思い出す。
――この子はね、アンタの理想を阻むモノを穿ち、貫く、想いカタチなのさ。
「――アッハ! それが君の奥の手かい!?」
周囲に結界をまとい、宙に浮かび上がったエルザが哂う。
<竜姫>を脅威と認識したのか、魔物達の深紅の眼が一斉にあたしに注がれた。
両手を開けば、左右の肩甲の内側から長剣が弾き出される。
それを掴んで、あたしは身体を回す。
ただそれだけで周囲の魔物は斬り裂かれて吹き飛び、騎体の周囲に空隙が生まれる。
『――姫様ッ!!』
と、その空隙にヘリオスが駆る<子騎>が、制式騎二騎を率いて飛び込んで来た。
『――おまえはアル達を!』
ヘリオスが手短に僚騎に指示を飛ばし、それを受けた制式騎がアルとクロを拾い上げて鍛錬場の外壁まで退避した。
やっぱり<竜牙>は最高ね。
打ち合わせなんてしなくても、あたしの考えにしっかりと応えてくれる。
「――魔物は任せる!」
あたしが手短に告げると、ヘリオス騎と制式騎は周囲の魔物を見据えて身構えた。
外周から飛び込んできた他の騎士達もまた、三騎連携の基礎編制で魔物を屠っていく。
騎体の拡張された視界でそれらを捉え、あたしは上空に逃れたエルザに視線を移した。
「あたしはアイツを仕留める!」
「……ふむ。まあ、そうなるよね?
いいよ。その騎体にも興味が湧いた。
一見するとタイプ・セイヴァーのようだけど……この局面に投入されるんだ。ただのロジカル・ウェポンじゃないだろう? 見せてみなよ、切り札を!」
と、アイツは両手を広げて、そう言い放った。
その余裕を後悔させてやる!
「――目覚めてもたらせ、<
あたしの喚起詞に応じて<竜姫>の心臓が目覚め、あたしの魔道器官と繋がる。
「ぐうぅぅぅぅ……」
鼓動が跳ね上がり、今にも暴れだしそうに猛り狂う魔動を、あたしは奥歯を噛み締めて抑え込んだ。
「――タイプ・チェンジ……」
アジュアお婆様に教わった古代語で喚起詞を続ければ、騎体腰甲が伸びて地面を穿ち、騎体を固定した。
重厚な音を立てて両肩甲の内側に隠された小腕が動きだし、騎体の正面で縦に連ねられる。
――それは肩甲によって形造られる大弓。
その付け根に空いた空間に、あたしは両手を伸ばす。
「アハハハハハハ――ッ!! タイプ・アロー!! <大戦>以前に欠陥騎として廃れたタイプじゃないか! まさかそんなものが切り札!? アハハハハハ!!」
「――開け、<
エルザが哄笑してまくしたてる中、あたしはさらに喚起詞を連ねた。
肩甲が造る大弓の中央に蒼い球体が生まれ、その向こうに七枚の魔芒陣を描き出す。
本来は虹色のはずの魔芒陣の色もまた、球体の色を映したような蒼に染まっている。
「――んん!?」
その時になって、ようやくエルザの顔に訝しげな色が浮かんだ。
だから、あたしはヤツに狙いをつけつつ言ってやる。
「アンタなら知っているんじゃない?
――かつて七人の賢者が、霊脈に潜む悪魔を滅ぼす為に生み出した、七色の輝き……」
「――まさかっ!?」
今度こそアイツの顔に驚愕が浮かんだ。
その顔が見たかった!
あたしは続く喚起詞を紡ぎあげる。
「――それはすべてを包み込む静寂……」
大弓の中央で、蒼球が渦巻き始める。
「――それはすべてを呑み込む閃烈……」
連なった魔芒陣もまた回転を始め、周囲の霊脈を吸い上げて広がっていく。
アルが周囲を精霊で満たしてくれた所為で魔芒陣は、気を抜くと今にも弾け飛んでしまいそうなほどに巨大になった。
「――いまここに
あたしはエルザを見据えて――
「……行くよ、マッドサイエンティスト!!」
最後の喚起詞を唄う。
「――もたらせっ! <
瞬間、大弓から青の奔流が静寂と共に解き放たれ、エルザを結界ごと呑み込んだ。
「――――ッ!?」
その輝きに覆われる瞬間、エルザの顔には確かに恐怖が浮かんでいた。
閃光が駆け抜けたのは刹那の出来事。
周囲を満たしていた静寂は、すぐに戦闘による激音に取って代わられる。
粒子の残光を残して蒼球が霧散し、騎体が元の形に戻っていく。
「ぐうぅ――ッ!」
規定以上の魔動を通し過ぎた為に、騎体との合一が強制的に解除されて、あたしは呻き声をあげてしまった。
「……でも、まだ!」
仮面を剥ぎ取って、
「――アイツは!?」
あたしが問いかけた直後、頭上から結界に包まれたなにか落ちてくる。
それは女の首――頭だけとなったエルザだった。
地面に落ちた衝撃で結界が割れ砕け、あの女の頭が転がる。
あたしは地面に降り立つと、双剣を構えて慎重に近づいた。
と、不意にヤツの目が見開かれた。
「――まさかまさか! <
さすが銀河に七振りしか存在しない、
さしもの私もここまでローカル・スフィアを砕かれては、もう再生もできない。ああ、この躯体はあと一二七秒で
首だけになっているとは思えない、ひどく興奮した口調でアイツは続ける。
「……惜しいなぁ。法器やそれを埋め込まれた実験体、そして<
そしてヤツは、その金色の目であたしを見据えて、勝ち誇るようにニヤリと笑った。
「――ああ、本当に……もったいない……」
「あんた、なにを――」
ひどく、いやな予感がした。
「アハハハハハハハ――――」
途端、エルザは高笑いをあげる。
「青の賢者から聞いてないのかい? 私達のような存在を倒した時には――倒せた時こそ、注意しなければいけないってさ!」
「なに? 負け惜しみ!?」
「なんだ、知ってるんじゃないか! そうさ。これは終劇論における特記要項――
いやいや、まさか私に適用されるとは思っていなかったけどね。
こうなって見ると、確かに使ってみたくなるものだね。
ああ、そうか。あの言葉はこんな時に使うんだっけ――」
と、エルザは笑みを濃くして続ける。
「――こんな事もあろうかと!」
ヤツが叫んだ途端、不意に頭上が陰って――
「――なっ!?」
見上げた空が深紅に染まっていた。
ううん……あれは……
「……侵源、なの?」
「そう! この躯体が失われる際に自動喚起される魔道――全
「くっ……」
絶望が心を塗りつぶしていく。
あんな……空を覆うほどの侵災なんて――どうやって対処したら良いの?
「ハハハハ! さあ、抗って見せたまえ! あるいは君らの大好きな<三女神>にでも縋ってみることだ。
ひょっとしたら、助けてくれるかもしれないよ?
……おっと、時間か。それではごきげんよう……」
すっとエルザの目から光が失われ……直後、魔物みたいに黒い粘液に崩れて、地面を濡らした。
『――姫様……どうします?』
いまだ周囲に残っている魔物から、あたしを守っていたヘリオスが声をかけてくる。
見上げた大侵源は、深紅の中に粘りつくような黒の色彩を渦巻かせて、今にも魔物を吐き出しそうに見えた。
「――そんなの……やるしかないでしょうっ!!」
奥の手を使ってしまった今、あたしはすぐには<竜姫>を使えない。
それでも、この身はまだ動くんだから!
あたしが双剣を握り締めて叫ぶと。
『――よく言った! それでこそ我が孫娘!』
鍛錬場の正門から制式騎によく似た竜の冑を持った騎体が進み出て来て、そう叫んだ。
「おじいちゃん……」
王騎を模した外装を着けられた、グランゼス家の<公騎>だ。
すぐ横には熊の冑を持ったグラート爺の<伯騎>と、お父さんが駆る王宮騎士団長騎――<将騎>の姿もあった。
『――グランゼス騎士よ! ことここに至っては、国家存亡の危機である!』
おじいちゃんは――ゴルバス将軍は低くよく通る声で叫ぶ。
『この地の民を少しでも多く逃す為、我らはここで死ぬぞ!』
『オオ――ッ!!』
ゴルバス将軍が騎体ほどもある大剣を掲げてそう叫べば、騎士達は雄叫びをあげて応える。
あたしもまた、剣を掲げて大侵源に咆えていた。
……そう。命をかけてでも、多くの民を逃す時間を――
それこそがこの地を任された我が家門の責務。
――でも、だというのに……
死地の覚悟を決めたはずなのに、あたしの目は知らず城下の方に向けられていた。
……リディア、イライザ。
あたしはあの夜、友人となったふたりの名前を心の中でそっと呼ぶ。
ああ、また一緒にお出かけしたかったな……
今度はご飯だけなんかじゃなく、最初から一緒に街を回って――なんでもない事に笑い合って……
「……生き延びてね……」
あたしは首を振って、両頬を張る。
未練はここまでだ。
あとはこの身が果てるまで、とにかく目の前の敵を潰し尽くすのみ!
その時だった。
外周から鈍い音が響いて、そちらに目を向けると、観覧席に倒れ込んだアルの姿が見えた。
「――アルっ!?」
もう身体を動かすほどの魔動すら残されてないはずなのに、アイツは身をよじって顔をあたし達に向ける。
「……まだだ。まだ死なせねえよ」
かすれた囁きだというのに、その声は不思議とみんなの耳に届いて。
アイツの手にわずかな……本当にか細い魔道が通って、ゆっくりと、震えながら掲げられる。
その手には意識を失くしてぐったりとしたクロの頭が握られていた。
「……さすがにコレには応えざるを得ないだろう?」
そして、アイツはクロに魔道を通して喚起詞を唄う。
「――結べ……<
クロの身体がほどけて、虹色の光の柱となって立ち昇る。
その輝きの中に、ふわりと人影が滲み出て――
アルの口元に笑みが浮かぶ。
「へっ……少しは働け、クソババア……」
そう呟いたアルの手が、魔道を失ってだらりと垂れ下がった。
同時に光柱もまた霧散し、人影は女性となって実像を結ばれた。
「――フン。バカ弟子が。ババアと呼ぶんじゃないって、いつも言ってるだろう」
クロを小脇に抱えたその人は、キモノとかいう独特の衣装を身にまとい、結い上げてなお背中まで届く紫の髪をなびかせながら、苦笑して呟く。
アルが簒奪された時さえ静観していたあの人が、まさかここで来てくれるなんて――
思わず、あたしの目に涙が滲んだ。
圧倒的な存在感は、溢れ出る魔動の強さの現れ。
迸るほどのその強い青を見つめながら、あたしはその名を呼んで駆け出す。
「――アジュアお婆様っ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます