第3話 38
「あはははは――――ッ!! まさかまさか! いや、そうだよね。受肉したんだからアレもまたこの世界の法則に組み込まれる。
と、なれば君らが創りあげた法則もまた適用されるというわけか!
素晴らしい! 確かに我らの<神>を殺す為の存在だ!」
――頭上にいるエルザが、その裸体をくねらせ、唄うように笑い出した。
その声に俺は残心のままに、ヤツに向かって長剣を構える。
『――ダメだ、相棒! 先に侵源を! 急げ!』
クロがひどく焦った様子で俺を急かす。
横目に見える侵源は、今も続々と魔物を吐き出し続けている。
新たに生み出されたそれらは、俺が喚起した魔法によって縫い留められた魔物を乗り越え、あるいは共食いしてこちらに向かってこようとしていた。
甲殻の擦過音とギチギチという歯鳴り、そして共食いによる不快な咀嚼音に辺りが満たされ、騎体と合一しているというのに言いしれない嘔吐感が込み上げてくる。
チラリと視線を下げれば、晶剣に宿った純白の輝きはまだ残っている。
異形を滅ぼしたあの斬撃なら、きっと侵源も断ち斬れるだろう。
問題はエルザがそれをさせてくれるかというところだ。
ヤツの言葉を信じるならば、ヤツは俺達の性能を知りたいと考えていたはず。
そしてそれは異形との戦いによって果たされただろう。
この後、ヤツがどう動くか想定できない以上、迂闊にヤツから目を離すのは得策ではない。
侵源を潰すにしても、まずはヤツの隙を見つけてからだ。
「――ハァ……」
不意に、エルザが笑うのをやめて俺を見据える。
「……かつて<
「……神話? 急になにを――」
『聞くな! それより急げって、相棒!』
クロがより焦った口調で叫ぶ。
それを聞きつけたのか――
「法器くんのその焦りよう……やはりあるんだね? 代償が。
そうだよね? 新たな法則を生み出すほどの力だ。なんの代償もなく使えるはずがない。
それこそが<誓約>の代償――<制約>なんだから!
……さあ、君らの代償はなんだい?」
エルザの言葉に、クロが鋭く舌打ち。
直後――ドクンと、胸の奥が脈打った。
視界が真っ赤に染まる。
『――クソっ! 始まった!
――
ダメだ、相棒! 合一を解除、騎体を<
クロの叫びと同時に視界が暗転したかと思うと、俺は宙に投げ出される。
騎体は虹色の粒子へと転じ、クロの魔道空間へと吸い込まれた。
「――クロッ!?」
慌てて体勢を整えようとしたのだが――
「なっ!?」
もはや意識せずとも操れるはずの魔道が、まるで動いてくれなかった。
それどころか、身体を鎧っていた甲殻さえも霧散して、俺は鍛錬着のまま地面に投げ出される。
いつの間にか月夜の空間もまた消え去り、元の鍛錬場へと戻っていた。
「――なるほどなるほど。
代償は稼働時間に制限があるってトコかな? そして喚起者の魔動も制限されるようだね?
――ハハ、実験体くん、今の君、廉価量産されたアーティロイドより魔動がなくなっちゃってるじゃないか!」
「……クッ……」
身じろぎすらできない状況で、俺は唯一自由になる口で呻き声をあげる。
「ぐあああああ……」
クロもまた呻きながら、俺のすぐ横に落ちて来て、二、三度地面で跳ねて転がって止まる。
「――おい、クロっ!?」
その金色の目が真っ白に染まり、意識を失っているのがわかる。
「おやおや、法器くんは稼働停止か。
レイヤーを構築し、受肉したアレを浄化してコラムの糧にするなんてマネをした割にはずいぶんと安い代償だけど……まあ、局地戦も局地戦な規模だし、そんなものなのかな?」
ヤツは薄い笑みを浮かべながら、俺達の元まで降りてくると、俺の顔を覗き込むようにしてしゃがみ込む。
気づけば俺達は結界に覆われていた。
虹色の障壁の向こうで、押し寄せた魔物が結界の表面を掻いて紫電を散らしている。
エルザはそんな状況にも焦ることなく、薄い笑みのまま俺を見下ろして訊ねた。
「というか、その程度の代償で済むのが、君らの特性なのかな?
――そこのところどうなんだい?」
「……俺が知るか……」
「ふむ。青は実験体に特性を明かさないタイプなのかな? 自覚を持って行動されるより、ナチュラルな反応を観察するのを優先している?
ん~、賢者クラスの思考は、さすがに深淵すぎて理解できないなぁ……」
ヤツはブツブツと呟きながら、俺の胸の上に手をかざす。
途端、ヤツの顔の前に光の板が出現し、古代文字がズラズラと記されては流れ始めた。
エルザはそれを読み進め――
「なるほどねぇ。ソーサル・リアクターを破損させ、生体法器のコアを移植してその代替とする事で、法器との親和性を高め……いや、その身を一種の生体法器の一部としているのか。
……まさに世界法則に触れる為にあるような躯体だね。
君、世界の声を聞いたことはあるかい?」
それは先程、アリシアを殺す直前にもしていた問いかけ。
「……てめーがなにを言っているのか、まるでわからねえよ。クソが!」
ジョニスが酒の席で部下に言っていた言葉を真似て、俺はエルザに罵声を放つ。
だが、エルザは気にした風もなく、メガネを押し上げて、小さく嘆息。
「……そうか。さしもの青の生体法器とはいえ、その深度までは降りていないのか。
まあ、おおよそのデータは取れたことだし、あとは量子転換生成品で実験してみればいいかな?」
まるで俺への興味を失ったかのように、ヤツはやおら立ち上がるとそう呟いた。
と、その時だ。
弾かれたように、エルザの顔が上に向けられる。
「――やあああああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
それは――稲妻をまとって上空から降り注ぎ、周囲の魔物を吹き飛ばして侵源に突き刺さった。
――ピシリと、ガラスがヒビ入るような乾いた音。
次いで水が汚泥が泡立ち弾けるような音が響いて、侵源が割れ砕けた。
衝撃波が周囲を揺るがし、中型の魔物さえもがその勢いに宙を舞う。
「……ふむ。仕留め損ねていたようだね……」
もうもうと舞い上がった砂塵の中、そいつは長剣を握った右手を掲げて叫んだ。
「――<竜牙>よ! 今こそその武威を示せッ!」
その叫びに呼応したかのように、鍛錬場の外壁から多くの兵騎が飛び込んでくる。
ああ……アイツはいつだってそうだ。
「――ハアッ!!」
気合いと共に放たれた剣閃に、俺達の周囲を覆う結界が斬り裂かれる。
ついさっきまで死にかけていたとは思えない一撃だ。
そう……いつだってアイツは、俺の想像の斜め上を突き進んでいて、考えられない事をしでかすんだ。
砂塵が吹き飛ばされて、横薙ぎに剣を振るったアイツの姿が現れた。
いつもの自信満々な表情で、アイツはエルザを見据えて――
「――あたしのオトコに手を出すんじゃねえっ!」
その叫びに、周囲の大気が吹き荒れて、精霊が真紅に輝き舞い踊った。
「……アリシア……」
その名を呼べば、アイツは笑みをより濃くする。
――あとは任せといて!
口の形だけでそう呟きながら、アリシアは左手を胸の前へ。
その中指で喚器の指輪が光り輝く。
「――目覚めてもたらせっ! <
それは旅立つアイツにババアが贈ったとっておき。
アイツの背後で魔芒陣が開き、その向こうから巨大な影が這い出て、その姿を現す。
それは
ババアが、アイツの為だけに新造したと言っていた、世界最新の騎体だ。
王騎のように竜を模した
両手を覆うほどの肩甲さえもが、まるで王騎のようだ。
「――行くよ! <竜姫>!」
そう叫んだアリシアの身体が、開いた胸甲の向こう――
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