第3話 36
「――
紡いだ喚起詞に、世界が捲れ上がった。
――景色が一変する。
黒色に塗り替えられた空には、見たこともない巨大で白い月が浮かび、地面は何処までも続くかに思える、青く透き通った結晶質となっていた。
その白月に向かって――
「オオオオォォォォォ――――ッ!!」
俺は胸の奥から湧き出す魔動を乗せて、咆哮を解き放つ。
左手に刻まれた刻印が虹色に輝き、背後に狼の
その紋章を砕き割って――それは姿を現す。
――
すべての外装が取り払われ、素体剥き出しとなったそれは、唯一残された胸甲を上げ開き、まるで喰らいつくように俺を
まるで待ち構えていたように固定器が俺の四肢を縛り上げ、鞍の上へと拘束する。
「ガアアアァァァァァ――ッ!!」
強引にファントム・ハートと
全身の魔道が騎体へと吸い出され、置き換えられていく。
「ハ……ハハ――ッ!! 大仰にレイヤーの改ざんまで行っておいて、そんな騎体が切り札なのかい?
まさかまさか青の賢者の実験体の性能が、その程度とは言わないよねぇ?」
上空からエルザの嘲笑が響く。
「――いまさらロジカル・ウェポン……しかも武装すらしてないスッピンなんてさぁ!」
「ハンッ! そう見えるなら、そこがおまえの頭脳の限界さ、マッドサイエンティスト!!」
騎体の胸甲に降り立ったクロが、エルザを指差しながら叫んだ。
そして――
「――相棒っ!」
クロは俺に呼びかける。
だから俺は応えるように、胸の内から吹き荒れる魔動に喚起詞を乗せた。
「――
クロの身体が虹色の粒子にほどけて騎体を覆い、外装を形造っていく。
王騎のような甲冑めいたものではなく、俺の戦闘形態のように黒く、騎体全体を覆うような細身の外装だ。
狼をあしらった
純白だったたてがみが真紅に染まって燐光を放つ。
無貌だった仮面に白の文様が走って
「――おおっ!? おお――そうか! その騎体は……世界法則に干渉して――」
興奮したように叫ぶエルザの足元で、俺達の放つ魔動に反応したのか、レオニール騎が変じた怪物だけではなく、侵源から湧き出した大小無数の魔物達までもが一斉にこちらを向く。
『――デュアル・リンク・シール、正常動作。
ファントム・ハートの出力制御……成功!』
すぐ耳元でクロの声が響く。
今にも弾け飛びそうなほどに荒れ狂っていた俺の魔動が、不意に落ち着きを取り戻してクロが転じた外装に浸透していく。
『――補助動力炉、<
騎体の周囲の空間が波打つように揺らぎ、唸り声をあげた。
『さあ、目を開け! 相棒っ!!』
いまやこの騎体は俺そのもので、仮面に描き出された白貌に金の象眼が成される。
『――そして聞け、マッドサイエンティスト!
この騎体は――おまえ達、邪神教団が乞い求める<神>を殺す為に生み出された、人の――世界の願いの切っ先だ!』
クロがエルザに叫ぶ中、俺はいまや視界一杯に広がった鉛色の巨蟲の群れを見据えて構えを取る。
「――そうか! そうなのかっ! 彼の眷属達がバイオ・ウェポンを器とするように、その騎体――世界法則を呼び込み、強引に女神達の駒に成り上がる……
ハハ――ッ!!
さすが青の賢者だ! 思考がブッ飛んでる! 狂人の発想じゃないかっ!!
――ならば見せてみたまえよ! 世界の願いとやらをさぁ!!」
エルザは上擦った声で叫びながら、両手を打ち鳴らした。
砂嵐のような耳障りな音が辺りに響き、まるでそれに呼応するかのように魔物が俺に飛びかかってきた。
「オオオオオォォォォォ――――ッ!!」
その咆哮を喚起詞として――俺は右拳を繰り出す。
手甲に刻まれた竜の意匠から<
紫電をまとった漆黒の光条は、そのまま侵源目掛けて突き進むかに思えたが――
「――ケヒぃッ!」
奇っ怪な鳴き声をあげて異形の怪物が割り込み、その身にまとった濃密な瘴気でそれを受け止めた。
「ムダムダ! 彼らに遠距離攻撃は通じない! 帝国騎士と一緒さ!」
まるでその言葉を証明するように――
「ケケヒヒヒ――!!」
怪物は光条を両手で引っ掴み、ぐいと自らに手繰り寄せた。
騎体が物凄い勢いで引かれ、宙を舞った。
怪物は引っ張った光条を両手で丸め、振りかぶる。
「――ッ!!
天地逆さまになった視界の中で、俺は左手を突き出して喚起詞を唄った。
騎体前面に鱗状の多重結界が結ばれて、直後、投げ返された漆黒の光球が激突した。
結界が竜咆を熱と光に転換し、月夜に覆われた周囲を純白に照らし出す。
余波で小型の魔物が吹き飛ばされ、形を失って瘴気へと転じ、熱に焼かれて霧散した。
だが、侵源からは今も魔物は次々と吐き出されている。
水晶質の地に降り立った俺は、目に入る魔物を片っ端から殴り、蹴り飛ばしていく。
騎体と同じサイズの中型も、人サイズの小型も関係なしに、手当り次第だ。
しかし、一度は開いた侵源への道は、再び押し寄せる魔物の群れに覆われてしまった。
「――クソッ! 手が足りねえ!」
『まずはあの異形が先だ! あいつさえ殺せば侵源を潰せる!』
「――それができないのだろうッ!?」
思わず毒づけば、クロは鼻を鳴らす。
『――どうにかする! 手を開け、相棒!』
横手から飛びかかって来た魔物を左手刀で断ち割り、その勢いで騎体を捻りながら俺は右手を開いた。
そこへ虹色の燐光が集まって、黒水晶を削り出したような長剣が幻創された。
騎体を旋回させながら、俺はその長剣を横薙ぎに振るう。
魔物の甲殻が紙切れのように斬り裂かれ、剣閃の先にいた三匹の魔物が粘着質な黒い液体となって水晶の地面を濡らした。
俺はさらに騎体を回し、周囲の魔物を薙ぎ払う。
その間にも――
『――<
クロの声に応じて、騎体が咆える。
空間が震えて、押し寄せる魔物を弾き飛ばした。
吹き飛ぶ魔物達の間に、異形とこちらを結ぶようにわずかな空隙が生まれる。
『――それは人々を救う為に生み出された彼女達の願い……』
クロが聞いたこともない喚起詞を唄い始める。
それを聞きながら、俺は魔物達の間を縫うように騎体を走らせた。
『――それはあらゆる嘆きを止める為の刃』
クロの唄に呼応するように、純白の精霊が舞い踊り始め、魔物を縫い止めていく。
『――それは聞き届けられる事のない声に応える為の
まるで見えない手に手繰られたかのように、魔物の群れが左右に押し退けられ、異形までの道が開かれた。
『――人の願いの
「おおおおぉぉぉぉ――――ッ!!」
俺は長剣を肩がけに構え、切っ先を異形の胸に開いた不気味な単眼に向けて加速する。
「――ゲヒ?」
異形の両手が刃に転じ、俺を迎え討とうと交差された。
『――理を……記してもたらせ! <
瞬間、俺の胸の奥から喚起詞が湧き上がり、俺はそれを唄い上げる!
「――
手にした晶剣が黒から白へと転じ――強く輝く!
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