第3話 29

 鞍房あんぼうの鞍にダグを座らせ、あたしは鞍に設けられた四つの円筒――固定器の位置を微調整する。


 まだ背丈の小さなダグの身体に合わせて、限界まで縮め、さらに円筒の輪を狭めた。


「さ、ここに手足を入れてみて」


「う、うん」


 言われた通りにダグは固定器に四肢を突っ込んで、前傾姿勢となる。


 その頃には、お遣いを頼んでいた騎士が戻って来た。


「――姫様、従騎士用の同調器をお持ちしました!」


 騎士が兵騎蔵から取ってきてくれた仮面を礼を言って受け取り、あたしはそれをダグの顔に着ける。


 従騎士は早ければ十歳前後からなるものだけど、ダグにはそれでもまだ大きいように思える。


「ダグ、どうかな?」


「う~ん、ちょっとアゴの辺りがブカブカだけど……大丈夫だと思う」


 そう言ってうなずくダグの頭を撫でて。


「じゃあ、あたしは外に出るから、教えた通りにね。

 繰り返しになるけど、合一したら急に大きな動きをしないようにね」


 初めて兵騎と合一した子によくありがちが事なのだけれど、合一できた嬉しさの余り、騎体の大きさを忘れてはしゃいじゃう事があるんだよね。


 五メートルを超える兵騎でそれをやられると、周囲に突風を巻き起こして危ないんだ。


「うん! 動く時は慎重に、だね?」


 固定器を調整している間に教えた事は、しっかりと覚えたみたいだね。


「よし、じゃあやってみようか!」


 あたしは鞍房あんぼうを出て、胸甲を蹴り閉じ、その勢いで地面に降りると、防壁のそばで腕組みしているアルの元に向かった。


 仮面で表情はわからないけれど、口元を真一文字に引き結んで騎体を見上げる様子から、やっぱり心配しているんだと思う。


「だ~いじょうぶよ! 誰があの子に仕込んでると思ってんの?」


 だからあたしは、アルの背中を思い切り叩く。


「う、む。そうだな。すでに部位強化さえ使いこなせているのだから、心配するまでもないのはわかっているんだが……うむ……」


「そうしてるとあんた、ウチのお父さんみたいよ?」


「……サリュート殿?」


 小さな頃から、やたらウチのお父さんに懐いてるアルは、弾かれたようにあたしを見た。


「そうだよ。お父さんってば、あたしが冒険者になるって言った時、ちょうど今のあんたみたいに――反対こそしなかったけど、ず~っと不安げにそわそわしてたんだよ」


「……ああ、そうだろうな」


 アルはなにか納得したように、深々とうなずく。


『――じゃ、じゃあ、いくよ!』


 ダグが鞍房あんぼうの中から声を張り上げる。


『目覚めてもたらせ、魔道器官ソーサル・リアクター


 ダグはあたしが教えた通り、まずは魔道器官を喚起して魔動を増大させた。


 魔法で目を強化すれば、鞍房あんぼうにダグのまだ何色にも染まっていない純白の魔動が満ちていくのが視える。


『――んで、こっから騎体の喚起……

 目覚めてもたらせ、兵騎ユニバーサル・アーム!』


 慣れた騎士なら省略する手順。


 だけど、ダグは初めてだから、しっかりと喚起詞を唄うように教えたんだ。


 鞍房あんぼうに満ちたダグの白の魔動が、いざなわれるように魔道となって、騎体の四肢に延びていき、一際太い魔道が騎体頭部に収められた合一器リンカー・コアに注がれる。


 騎体の無貌の仮面に白い文様が走って、やがてかおを描き出す。


 アジュアお婆様が王や王太子に用意した王印と同じ、現代魔道技術では再現できない失われた刻印術。


 騎体の仮面に描き出される貌文様は、騎乗者によって異なるんだ。


 合一した直後特有の、騎体の手足の固定が解除された甲高い金属音が響き渡る。


 だらりと下げられた巨大な両腕が、けれどすぐに胸の前にゆっくりと挙げられて、感触を確かめるように開閉を繰り返す。


『――これが騎体と合一するって感覚なのか……すっげえ……』


 ダグが呟くと、周囲で成り行きを見守っていた若手騎士が歓声をあげた。


 厳しい訓練を乗り越えて騎士になった彼らにとって、兵騎との合一は最初に抱く目標だからね。


 それを叶えた者が誰であろうと、みんな自分のことのように喜び、労うのが騎士としての礼儀であり、慣習なんだ。


 ましてダグはまだ七歳。


 グランゼスだと従騎士見習いになる為の座学を始めるくらいの年齢だ。


 それを飛び越えて、兵騎と合一したダグに驚くのは当然よね。


「――よし、ダグ! じゃあ、ちょっと騎体の動きに慣れる為に、ちょっと鍛錬場を走ってきなさい!」


『うん! わかった!』


 あたしの指示に、ダグは素直に応じて走り始める。


 初めての合一とは思えない、滑らかな駆け出しだった。


 本当に……あの子の才能には驚かされっぱなしだよ。


「……合一、できたんだな……」


 まるで安堵するように、アルは騎体を見上げながらそう呟く。


「あったりまえでしょ! あたしが教えてんのよ?」


 そもそもダグに見込みがないなら、どれだけあの子が強い意志を持っていたとしても、弟子入りなんかさせなかった。


 逆に素質だけ――力だけを求めたとしても、やっぱり教えたりしなかっただろうね。


「あの子はさ、八竜戦闘術を学ぶに足る素質と意志、両方が揃ってたからこそ、あたしは弟子入りさせたんだ」


 それからあたしはアルの耳を掴んで、あたしの顔に寄せる。


「……クロがあたしに言ってた話じゃないけどさ、あの子やマチネ……ううん、そもそもリディアや、あんたが言うロディ? とかいう人も――正直、バートニー村っておかしいと思うんだ」


「……む、そう、か?」


 怪訝そうに首をひねるアル。


「あ~、そっか。あんた、なんだかんだで王子様だもんね」


 城を追われるまでは、基本的には王城や地下大迷宮が主な行動範囲で、たまに外出しても王都城下くらいか。


 時々、地方視察には出ていたようだけど、それだって庶民と触れ合う機会なんてなかったろうね。


 つまりアルは基本的に、幼い頃からたびたび訪れていたグランゼスの民くらいしか庶民を知らないんだ。


「……だから、初めて出会ったバートニー村の庶民生活が、世間一般の当然だって思い込んじゃってるのか……」


 あたしは頭を掻いて、もう一度アルの耳を引っ張る。


「――グランゼス領ウチみたく、祖先が大昔にアジュアお婆様に鍛えられたからって理由があるわけでもないんだよ?

 なのに、ちょっとリディアが教えただけで魔法を使いこなす村人の魔動を、あんた、おかしいと思わなかったの?」


「……バートニー村は過酷な開拓を成し遂げて現在に至っているから、身体的、魔道的に鍛えられたのだろうと、そう思っていた」


 ……なまじ建国の逸話――初代アベルが開拓民だったという話を知っているからこそ、そう考えてしまうのもわからないでもない。


 でも、国中を巡り、他国にまで足を伸ばしたあたしには、バートニー村の異常さがはっきりとわかるんだ。


「いずれ機会を見て、ダグとリディアをアジュアお婆様に診てもらおう」


「……おまえがそれを言うのか?」


「あたしだから言ってんのよ。あんたにもダグやリディアの魔動は視えてんでしょ?

 ――白よ? 白!?

 マチネもそうだったし、ひょっとしてバートニー村の民、みんながそうなんじゃないの?」


「あ、ああ。基本的に村のみんなは白だな」


「それがどういう事か、わからないあんたじゃないでしょう?」


 バートニー村は百人にも届かない、小規模集落だとリディアから聞かされている。


 開拓を始めた二代前――リディアの祖父の頃に比べて、村民は数を減らしているのだとか。


 田舎村だからあまり移住したがる者がいないからってリディアは言ってたけど、一時期は王太子お気に入りの芋の産地だったんだもの。


 まったく移住希望者が居なかったわけがないと思う。


 あたしとしては、リディアではなく、村の民達が――おそらくは村の民を取り仕切っているのだという長老達が、よそ者の移住を拒んできたんじゃないかって睨んでるんだ。


 ――その目的は、たぶん……血脈の維持。


 それなのに村の長老達がアルを受け入れたのは、アルが王族だったからだと思う。


 村の長老の中に、魔動が視える人がいるんじゃないかな。


 だからこそアルの魔動を視て、受け入れを決めたんだと思う。


 アジュアお婆様の教育を受けた者だけが知る、王国の裏の歴史――王族の醜聞や公にできない話を含むそれを知っているからこそ、あたしはひとつの仮説を組み立てている。


 ――アリシアが正妻となった方が、わたし達には都合が良いのですよ。


 城下から帰って、あたしの部屋でさらに呑み明かしたあの晩、リディアはあたしにそう言って笑ったけどさ……


 あたしの仮説が正しければ、あんただって……


「――いやいや、今考えるのはソレじゃなく!」


 あたしは首を振って、横道に逸れかけた思考を引き戻す。


「とにかく、あたしがお婆様のトコに行く時は、ふたりも……いいえ、マチネもだね――三人も連れて行く事にするよ」


「……クロが認めるか?」


「認めてるからこそ、あんたが地下大迷宮やアジュアお婆様の事を話してもなにも言わなかったんだろうし、あたしが八竜戦闘術をダグに教えるのも認めてるんでしょ?」


 あたしの言葉に、アルは腕組みして呻く。


「まあ、すぐにって話じゃないよ。

 あたしだって、しばらくは城でゆっくりしたいもん」


「うむ。いずれ時間を取って、当人らとクロを交えて話すとしよう」


 アルの同意を得て、この話は終わりだ。


「さて、それじゃあ、いよいよダグにマリー達を叩き潰させますか!」


「……事実だが、もうちょっと言い方があるんじゃないか?」


 とかなんとか、アルが苦笑交じりに言ってくるのを無視して、あたしはダグの準備が整うまで休憩しているように言いつけていた、マリーとヘリオスの方に視線を巡らせる。


 ふたりは防壁に背中を預けて座りながら、熱心に意見を交わし合っていた。


「おやおや、すっかり仲良しじゃない」


 いつも顔を合わせれば言い合いを始めていたふたりとは思えない光景だね。


 きっと同じ課題――しかも文字通り死を体験するもの――を経て、仲が深まったってところかな?


 ふたりに声をかけようと手を挙げたところで――


「――いやいや、噂に聞くグランゼスの鍛錬場! こうして実際に見ると、本当に素晴らしいですな!」


 甲高い男声が鍛錬場に響き渡った。


 視線を声のした方に向けると、そこにはお父さんに連れられた、豪奢な衣装の金髪の青年の姿があった。


「――やべっ。レオニールのやつ、もう着いたのか!? 数日の猶予があると思ってたんだが……」


 アルはそう毒づいて、あたしの背後に隠れる。


 仮面を着けているとはいえ、アルはあいつと面識があるもんね。


「アリシア。俺はしばらく居ないものとしてくれ」


 そう告げると、アルは懐から球状の魔道器を取り出して喚起した。


 途端、アルの姿がかき消える。


 気配も魔動も感じられなくなったから、たぶんクロに幻創させたアジュアお婆様由来の魔道器なんでしょうね。


 普通の隠蔽の魔法や魔道器なら、あたしの目からは逃れられないもの。


 そうしている間にも、レオニールはあたしを見つけ、お父さんをともなってこちらに歩いてくる。


「――おお、アリシア姫! お会いしたかった!」


 満面の笑みを浮かべてそう告げる彼に、あたしは悟られないように溜息をひとつ。


 それから公女としての仮面を着けて、笑顔を浮かべた。


「ええ、こちらこそお会いできて光栄ですわ。レオニール様」

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