第3話 27

「……おかしな声を出すな。どうだ視えるか?」


 彼の眼もまた、ダグ先生と同じく虹色に染まっているから、うまく行ったはずなのだが。


「え? あ……」


 俺の問いかけに、ヘリオスは眼を見開いた。


 今、ヘリオスは俺が魔道を整調する事で、擬似的に心眼を喚起した状態にある。


 霊脈の美しさに魅入られてしまっては面倒だから、精霊と魔道が認識できる程度に留めているがな。


「これが俺やアリシアが使っている身体強化の視界だ。

 詳しい理屈などは魔動干渉と共に明日から教えるから、今の感覚を覚えておくといい」


 本来ならば、先に身体強化を扱えるようになってから、魔動干渉を教えるべきなのだろうが、なにせヘリオスには時間がない。


 アリシアにレオニールとの婚約を促す手紙が届いてから、今日で十日だ。


 婚約を求めるなら<竜牙>騎士との決闘を求めるという返事は、とっくに王都に届いている事だろう。


 そこからすぐに王都を立ったとしたら、近日中にはレオニールの奴が公都を訪れるはずだ。


 今の状態でも、ヘリオスがレオニールに負けるはずなどないのだが、彼が代表者として決闘の場に立つ為には、他の<竜牙>騎士を越えなければならないのだ。


 だから俺は鍛錬期間を短縮し、効率化する為に先に魔動干渉を教える事にした。


 他者の魔動を整調できるようになれば、自分の魔道を操る事もまたできるようになるからな。


 そもそもヘリオスはすでに汎用式の身体強化は扱えているのだから、コツさえ掴めばそれほど苦労せずに覚えられると思う。


 ――コツを掴むのに、一番の鍛錬法もあることだしな。


 と、そこで俺にひとつ妙案が浮かぶ。


「マリーはすでにアリシアに教わって、この身体強化を喚起できているようだから、なんならマリーから教わって予習としても良いぞ」


「――――ッ!?」


 以前のヘリオスならば、きっと照れて軽口を叩くか、頑なになって断っていただろう。


 だが、恋愛小説を学び始めた今の彼は、俺が言外に込めた意図に気づいてくれたようだ。


「――な、なら! マリー、た、頼める、か?」


 と、素直に頭を下げるヘリオスに、マリーは驚いたようだった。


「アルさんの言いつけとはいえ、あなたが私に頭を下げるなんて……」


 そう呟きつつも、人が好い性質のマリーはヘリオスにうなずきを返した。


「良いでしょう。この後、教えてさしあげます」


「――ありがてえ!」


「――ちょっ!? ヘリオス!?」


 ヘリオスは下げていた頭を上げると、心底嬉しそうにマリーの手を取って喜んだ。


 そうしている間にも、アリシアはダグ先生の魔道の整調を終えたらしい。


「なるほど。オイラ、力み過ぎてたんだな」


 と、顔をあげたダグ先生の目は虹色のままだったが、先程よりやや放たれる輝きが弱まっていた。


「さ、それじゃあマリー、見せてあげて」


「――あ、はい!」


 アリシアに呼ばれ、マリーはヘリオスが握った手をあっさりと振り解いて、射の準備に取り掛かる。


 ヘリオスは手を振り解かれた事は気にしていないのか、自分の手を見つめて満足げな笑みを浮かべていた。


 ……まあ、君が満足なら、それで良いか。


 的役の兵騎が結界を張り、それを合図としてマリーが矢を番える。


「あ~、そっか。弓矢だと身体強化して使えるのか」


 マリーの全身に通された魔道を捉えて、ダグ先生が納得したように呟く。


「いや、それだけじゃないぞ」


 俺の言葉が真実だと示すように、マリの両手から魔道はさらに伸び行き、手にした弓と矢にも浸透していく。


「ダグ先生、わかるか? あれが身体強化の先にある技術――構造強化だ」


「――うん。視えてる! 騎士って身体だけじゃなく武器も強化――丈夫にしてんだね?」


「そうだ。身体強化した騎士の膂力には、通常の武器は耐えられないからな。

 未熟な者などは武器に強化刻印を刻む事で補ったりもするが、俺はそんな者は騎士と認めない」


 刻印武器を失ってしまえば、その者はまともに戦えないという事だからな。


 そんなやり取りをする間にも、マリーは矢を放つ。


 先程のヘリオスに勝るとも劣らない、見事な一射だった。


 轟音と共に大気を割り、風を切り裂いて飛んだ矢は、的となった兵騎が張る結界を貫いて、激しい火花をあげて右肩甲に突き刺さり――その外装部位を吹き飛ばした。


 弾け飛んだ肩甲が騎体背後の結界に激突し、硝子が割れるような音を立てさせて砕き割る。


「――やはり魔道の扱いに関しては、マリーの方がヘリオスより一枚上手のようだな」


 俺は見事な射に感心しながら呟く。


 ヘリオスの射は、結界を割砕いて兵騎に突き刺さり、騎体を押し倒して見せた。


 それもまた見事な射だったが、マリーの場合は結界を貫いて、矢が持つ威力すべてを騎体に届けて見せたのだ。


 だからこそ兵騎の外装を吹き飛ばすことができた。


 おそらくは矢の先端部分をより強く強化――貫く事に重点を置いたのだろう。


「ん? どういう事?」


「ああ。矢を放つ威力が同等ならば、より矢が持つ強度が重要となる。

 ヘリオスの場合、やじりの強化が甘く、結界に激突した瞬間に歪むか砕けるかしたのだろう。

 だから、衝撃が結界全体に伝わって、結界は割れたんだ

 その分、騎体に届いた威力がわずかに減衰――弱まってしまったという事だな」


「あ~、マリー姉ちゃんは強化が上手かったから、そうならずに威力すべてが的の騎体に届いたってことか」


 理解を示すダグ先生に、俺はうなずく。


「そして、今見てもらった事が、騎士に銃は不要という話に繋がってくるんだ」


 ――わかるだろうか?


 俺が伺うようにそう告げると、ダグ先生はうなずいた。


「うん、今のを見せられたら、オイラもわかったよ。

 騎士は魔法で強化して、いくらでも強い矢を放てるけど、銃だとそうはいかないもんね」


「そうだ。結局のところ、銃の威力というのは弾の炸薬量――弾を飛ばす火薬の量によって決定づけられるものだからな。

 俺も昔、銃を知った時はいろいろと試してみたものだが、銃弾の炸薬量を増やしたところで、兵騎の外装はおろか結界すら砕けずじまいだった」


 銃身を構造強化して、銃弾さえも強化したところで、撃ち出す炸薬の量に依存せざるを得ない銃という武器は、その製造の手間や火薬の調達や保管の面倒臭さという欠点に対して、利点がまるで釣り合っていないのだ。


 城に持ち込んだ領主は、危険だから法で取り締まれと大騒ぎしていたが、所詮は魔道を用いない玩具だ。


 むしろ魔法を使えない庶民にとっては、魔獣や強盗などに対する自衛手段になって良いかもしれないと考えたほどだ。


 領主は庶民が持って反乱する事を恐れていたようだが、そもそも反乱されるような行いをしなければ良いだけの話だ。


 それでも禁止するよう連名で陳情書を提出してきたもので――


 ――ならば冒険者がもつ武器や、狩人が使う弓矢、百姓の農具だって武器となりえる。在野の魔道士もまた庶民が持つ武力だろう? それらすべてを禁じろというのか?


 そう問い詰めてやったら、連中は押し黙って、陳情を取り下げたんだったな。


 結局のところ、彼らは民に反乱されるかもしれないという――後ろ暗い事に覚えがあるからこそ、庶民が武器を持つ事を恐れていたのだ。


 まあ、そんな考えを持っていた俺が、宮廷貴族共に造反されたというオチが付くのだから、笑い話としては上出来だろう。


 ……ふむ。悪くないな。


 今度、俺も冗句が言える程度には弁が立つようになった証に、リディアに聞かせてみるか。ウケると良いのだが。


 それはさておき、俺はダグ先生に視線を向ける。


「そんなワケで、少なくとも我が国の騎士は、銃なんて玩具を使わないのだが……ダグ先生の疑問は解消されただろうか?」


「うん! やっぱ楽して強くなろうなんて邪道だよな! 俺、師匠にしっかりと鍛えてもらって、ちゃんと強くなるよ!」


 ……なるほど。


 強くなる事を目指し始めたダグ先生は、庶民でも扱える銃の存在を知識として知っていたからこそ、今行っている鍛錬の必要性を疑問視したのだろうな。


 そして俺達の説明を受けて、銃は鍛錬を積んだ騎士には遠く及ばないと理解してくれた。


 ダグ先生が安易な道を選ばなかった事に、俺は安堵する。


「ああ! その意気だ!」


 すきっ歯を覗かせてそう笑みを浮かべるダグ先生の頭を、俺は力強く撫でた。

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