第3話 26

 通常、身体強化では魔動や精霊、そして霊脈といった魔道を見通す事はできない。


 目に集中的に強化を行ったとしても、視力や速度のあるものに対する認識能力が向上するだけなのだ。


 一方、俺やアリシアが行っている身体強化は、魔法による身体や魔道器官そのものの改変――教えてくれたババアが言うには、能力値改ざんパラーメーター・チートとか言っていた。


 現在、世の中に出回っている身体強化は、それを一定量の魔動さえあれば誰でも扱えるようにした、汎用式の魔法なのだとババアは言っていたっけな。


 違いとしては、一般的な身体強化が喚起詞に規定された作用しか及ぼせない――つまりは強化される効果が割合という形で決定づけられているのに対して、俺達が使う身体強化は、その割合を自由に変更できる上に、想像の及ぶ限り上限がないという点だろうか。


 目を強化する事で、魔道を見通せるようになるのも、目の機能そのものを改ざんして、一種の魔眼化している事になるらしい。


「――マリーはまあ……グランゼスの民だからわからんでもないが、ダグ先生も喚起できたのか?」


 アリシアに尋ねると、ヤツは当然の事のように笑顔でうなずいた。


「そりゃね。ムリそうなら最初から汎用式を教えてるよ。

 ダグの場合、あとちょっぴり魔動を引き出せたら、できるようになると思ったからね」


 なんでも三日ほどかけて、魔道器官の制御法を教え込んだらしい。


 それは父上やアリシアのように、常人離れした魔道器官を生まれ持つ子が出る為に、俺達王族がババアのトコで真っ先に教わる事だ。


 その制御法の中には、魔道器官を高効率稼働させる技術も含まれている。


 ダグ先生は――さすがにまだ慣れていないのか、胸の前で魔道器官を意識する為に拳を握り、目を閉じて深く息をする。


「――目覚めてもたらせ、魔道器官ソーサル・リアクター


 それは普通ならば誰も行わない、魔道器官そのものを喚起する喚起詞。


 そう。俺達の身体強化は、己の肉体を、魔道器官を、一個の魔道器のように認識するところから始まるのだ。


 ダグ先生の胸の奥から魔動が溢れ出すのが、はっきりとわかる。


「いいよ。ダグ。そしたらいつもは体中に巡らせる魔道を、目だけに集中させてみて」


「う、うん」


 アリシアの助言を受けて、ダグ先生の胸から溢れた魔動は一本の脈動する流れとなって目へと到達する。


 ……才能がある者というのは身分の貴賎を問わす、やはりいるものなんだな。


 ダグ先生と同じ歳の時の俺は、魔道器官の喚起はできても、魔道を身体に巡らせるのが精一杯で、あんな風に思うままに操ったりはできなかった。


 バートニー村のみんながリディアに教わって、日常生活に魔法を活用しているのもあって、ダグ先生もまた、同年代の子供に比べて魔法の扱いが巧みなのかもしれないな。


「はい、そこで喚起詞。

 ――見通せ、心眼チート・アイ


「み、見通せ、心眼チート・アイ!」


 アリシアに教えられるがままに、視力強化の喚起詞を唄うダグ先生。


 魔法とは、適切な魔動と喚起詞さえ整えれば、世界に規定された現象が引き起こされるという技術であり――事象だ。


 ダグ先生が今、自身の両目に通した魔道は、魔法を喚起するに十分なものであり、そして唄われた喚起詞も、アリシアが教えたままの正しい韻律だった。


 ――だから。


 見開かれたダグ先生の鳶色とびいろの瞳が、魔道を通した影響で虹色のきらめきを放つ。


「――うわぁ……」


 思わずといったように、ダグ先生は感嘆の声をあげる。


 無事に視力強化は喚起できたようだ。


 今、ダグ先生の目には、普段ならば大規模魔法の喚起時でもなければ見ることのできない精霊を目視している事だろう。


 魔法を事象として顕界させる源――精霊は、大規模魔法の喚起時は魔道士の感情や、あるいは魔法によって引き起こされる事象に反応して発光するのだが、それらに励起されていない状態では無色透明で、俺達のような特殊な眼を用いなければ認識する事はできない。


 ダグ先生は今、それを視ているのだ。


 魔眼を通してさえ精霊の認識については人それぞれらしく、俺には黒い点や線として視えているのだが、アリシアにはふわふわした毛玉のように視えているらしい。


 ダグ先生が通された魔動の多さから考えれば、霊脈すら視えているかもしれないな。


 万色にきらめいて宙を流れる霊脈の美しさは、初めて見る者ならば圧倒されるからな。


「うん、ちょっと通す魔道が太すぎるかな。ちょっと絞ろうか」


 と、アリシアはダグ先生のかたわらに膝を付き、彼の胸に右手を当てる。


「へ? あれ? なんか……あれれ?」


 ふむ。アリシアめ。なんだかんだで、きちんと師匠ができているようだな。


 ならばと、俺も直弟子たるヘリオスとマリーに顔を向ける。


「君達には明日から、アリシアが今やっている事を学んでもらうつもりだ」


「――本当ですかっ!?」


 歓喜の表情を浮かべるマリー。


 そういえば彼女はすでに魔道を見通せるのだったな。


 一方、ヘリオスはというと――


「……姫様がやってる事?」


 アリシアがなにをしているのかわからずに首をひねる。


「ああ。今、アリシアが行っているのは、ダグ先生の魔道の整調――いうなれば、他者の魔動に干渉しているということだな」


 ダグ先生はやや通した魔動が多く、魔道も太かったからな。


 細く少なくて喚起できないよりは良いのだが、アリシアが整調する事で丁度いい加減を体感させているのだ。


「そんな事が!?」


 魔道が視えないヘリオスは懐疑的だ。


「ふむ。ならば、実際にやってみせてやろう。多少むず痒いだろうが、耐えろよ」


 俺はアリシアがダグ先生にそうしているように、ヘリオスの胸に手を置いて魔道を通す。


「あ――ッ!? ぅ……おおぉ!? ナニかが……入ってく、る……?」


 体格の良いヘリオスが、身体を弓なりに反らせて気色悪い声をあげる。

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