第3話 25

「どう思うって……本当になんなんですか!?

 ――ヘリオス、手を離しなさい。新手のイヤガラセですか?」


 マリーの声が、先程までと打って変わって苛立ちを含み始める。


 ――と、そこへ。


「なあ、ヘリオス兄ちゃん」


 いつの間にか弓と矢筒を抱えたダグ先生が、ひどく無造作にふたりの元に駆け寄って、ヘリオスにそう声をかけた。


「む、ダグ坊。今、オレは大事な話をしてるんだ」


 ヘリオスは横目でダグ先生を一瞥しただけで、再びマリーに言葉を発しようとした。


 しかしそれより早く、ダグ先生は言葉を続けた。


「――そうやって話を逸らすのって、ひょっとして兄ちゃん、弓矢が下手くそだからか?」


「……なぁにぃ?」


 グランゼスの男は、自らの武を誇るからこそ、それを貶される事を嫌う性質を持つ。


 ダグ先生が放った言葉は、そんなグランゼス男の気質を見事に突いたものだった。


 マリーの手を離し、ダグ先生に向き合うヘリオス。


「オレはおまえくらいの頃から、剣も弓も槍も等しく鍛錬を積み重ねて来てんだ!

 ――その弓、ちょっと貸してみろ!」


 彼はひったくるようにしてダグ先生から弓を取り上げ、つるの張り具合を確かめ始める。


 その間、ダグ先生はヘリオスとマリーに気づかれないようこちらに顔を向け、片目をつむって見せた。


 マリーもまた、多少、まだ苛立った表情を浮かべてはいるものの、引きずっている様子はない。


 彼女は矢筒を手に、ヘリオス補助をする事にしたようだ。


 ヘリオスめ……ダグ先生に救われたな。


 ――この事は、あとでヤツにしっかり注意しておこう。


 ダグ先生に黙礼を返しつつ、俺は心の帳面に書き記した。


 それはさておき、だ。


 俺は若手騎士に顔を向ける。


「――確か蔵の端に修理待ちの騎体があっただろう? 誰かそれに合一して、的役になってくれないか?」


 銃と違って、弓矢ならば若手騎士達も熟知しているからな。


 俺がダグ先生になにを見せようとしているのか、すぐに察したようだ。


 俺の言葉に、騎士のひとりが即座に兵騎蔵に駆けて行き、ほどなくして外装のあちこちが砕けた兵騎に合一して戻って来た。


『――いつもの射撃距離で良いですよね?』


 俺の記憶通りなら、騎士達の弓術訓練の基礎距離はおよそ五〇メートルだったか。


 だが、今はダグ先生に銃より弓が優れている点を見せたいのだから――


 騎乗者リアクターの問いに、俺はヘリオスに視線を向ける。


「ヘリオス、君の遠射の的中距離は?」


「――二〇〇までなら十中八九。兵騎が的なら、その距離でもまず外しません」


 武に誇りを持つヘリオスだからこそ、その申告は誇張や虚偽などない真実なのだろう。


「ふむ。では二〇〇でやってみよう」


「え!? 銃の時より遠いじゃん!?」


 ダグ先生が驚く間にも、兵騎は距離を取って騎体の周囲に結界を張り巡らせ――


『――あんまり痛くしないでくださいよー!』


 気楽な口調で手を振ってくる。


「……なら、下手に避けようとするなよ!」


 ヘリオスは苦笑し、それから表情を整えて矢を番えた。


 ギリギリと弦が鳴いて――弓のしなりが頂点まで達したところで、ヘリオスは矢羽を離す。


 大気が爆ぜて水蒸気の輪が広がり、遥か離れた兵騎の結界が砕けて、重々しい金属音がこだまする。


 左の肩甲を砕かれた兵騎は、あまりの衝撃に尻もちを突いていた。


「ふむ。刺さるのは当然と思っていたが、騎体を押し倒せるほどとは……良い武だ」


 俺が率直な感想を述べると。


「――あ、ありがとうございます!」


 ヘリオスは照れたように頭を掻いた。


「――すっげえ! なんで!? なんで弓であんな事ができんだ!?」


 ダグ先生が驚きの表情を浮かべて、俺に訊ねてくる。


「なんでもなにも、ロディだっていつもやってる事だろう?」


 ロディの話では、ダグ先生の将来の為に様々な経験をさせるというリディアの発案の元、狩りに同行させた事もあると聞いていたのだが。


「ロディおじちゃんの狩りに着いてっても、いつも兎とか鳥とかばっかでさ、大物でも鹿くらいだったけど?」


「なるほど。子供が一緒だったから、あまり山奥まで行かなかったんだな」


 ならば、ロディの強さを――魔獣を狩れるほどの腕前があるのは知ってはいても、その手段を知らなくても仕方ないのか。


「言っておくが、弓に関してなら、あの人はヘリオスより強いからな?」


「――へ!?」


「――は!?」


 ダグ先生だけではなく、ヘリオスまでもが目を剥く。


「当然だろう? ヘリオス、君は金目の魔獣が出たと聞いたらどうする?」


「そりゃあ、兵騎で小隊を組んで……」


 そう。金目にまで成った魔獣は、普通ならば兵騎を用いて相手取る存在なのだ。


 だが……


「ロディはそんな相手を――『危ないから探し出して狩っておく』と、気楽に言ってのける人物だ」


 村の寄り合いで金目の魔獣が出没したと話題になった時、彼は本当にそう言っていた。


 実際はその金目はクロの事で、俺はクロを紹介しつつ村のみんなに必死に説明したワケだが、少なくともロディはひとりでも金目を狩れる自信があるのは間違いない。


 いや、その実力もあるはずだ。


 ひょっとしたら冒険者をしていた時に、実際に狩った事もあるのかもしれないな。


「アニキと言い……やべえな、バートニー村……」


 そういえば、ヘリオス達、若手騎士は俺がバートニー村出身だと思っているんだったか。


 まずいな。化け物ばかりの村と思われてはいけない。


「――うむ。あの村は良いところだぞ。芋も旨いしな!」


 俺はここぞとばかりに村の売り込みを始める。


「アル兄ちゃん、でも、なんで銃では弾かれてた結界を、矢で割れたんだ?」


「おっと、そうだ。その話だったな」


 俺はヘリオスに弓をマリーに渡すように指示する。


「マリーは魔動の制御が巧みだからな。

 射の体勢を取りながら、なにをしているのか説明して見てくれ」


 先程のヘリオス同様に、弦の具合を確かめているマリーにそう告げると、彼女は頷いてダグ先生を見た。


「ダグくん、姫様から身体強化を教わったでしょう?

 それを目に集中して行ってみてください。それで私の魔動が視えるはずです」


 ――なに? ダグ先生、いつの間にそんな事ができるようになっていたんだ?


「ん! やってみる!」


 マリーの言葉が事実だと示すように、ダグ先生は気負いなくそう応えたのだった。

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