第3話 23

 やって来たのは、兵騎蔵一階の最奥にある隠し区画――クロが居る<大工房>だ。


 途中、説明の為に必要になるからと弓矢を借りたもので、俺がなにか珍しい事を始めると思った騎士達も着いて来る事になり、さすがに人数が多すぎる為、連中は今は隠し区画の前で待たせている。


 クロに手短に事情を説明すると、ヤツは作業を中断させられた事に不満を漏らしながらも、ダグ先生の為なら、と銃を造ってくれた。


 俺が城に居た頃、とある貴族が陳情の為に持ち込んだものと同じ物だ。


 剣とほぼ同じ長さをしていて、鉄筒や細かな金属製の部品を木製の持ち手が覆っている。


 ――いまさら火薬兵器なんて、これを広めた子は魔法を良く知らないんだろうねぇ……


 かつてコレが持ち込まれた際、俺はババアに意見を求めた。


 その時に、ババアが苦笑交じりに告げた言葉だ。


 銃の性能をアレコレと試した結果、俺自身は脅威と成り得ないと判断したのだが、持ち込んだ貴族を始めとして、一部の領主貴族が民が力を持つ事に不安を覚え、法で所持を禁止するよう訴えたんだ。


 脅威とは成り得ないとは思っていても、それはあくまで感覚的なもので、彼らを説き伏せる言葉を持たなかった俺は、ババアの知恵を借りる事にしたのだ。


 だから、クロもババアも銃を知っている。


 というより、銃という概念そのものをふたりはすでに知っていて、俺の目の前で持ち込まれたものより遥かに高性能かつ高威力なものを見せてくれたものだ。


 そして、それを見せられてさえ、俺の印象は変わらなかった。


「――しっかりと、その玩具おもちゃが無意味だって、ダグに教えてよね」


 再び例の騎体を載せた固定器の制御盤に向かったクロにうなずき、俺は<大工房>を出る。


「それが銃? 剣とか弓と長さは変わらないんだな?」


 さっそくダグ先生が食いついてきて、俺は手にしたそれを渡してやる。


「あ、でも剣よりは軽いのか。これなら剣を振り回せない女でも扱えるかもな」


 と、ダグ先生は持ち手部分を掴んで振り回しながら、率直な感想を告げる。


「そうだ。そういう触れ込みで庶民に出回っていたらしい」


 さすがダグ先生だな。


 実物を持っただけで、銃の兵器としての有用性を見事に言い当ててみせた。


 ――だが。


「実際は目標に命中させるには、それなりの修練が必要なようでな。

 獣や魔獣相手なら、弾を放つ時に発せられる音で威嚇になるだろうが、女子供が魔獣を倒せるというのは、いささか誇張し過ぎだと俺は思っている」


 確かに弾が当たれば、猪や鹿などの獣は倒せるだろう。


 しかし、魔道を扱い、分厚い毛皮や甲殻を持つようになる中型以上の魔獣相手では、この武器はいささか威力不足なのだ。


 それをダグ先生に見せる為にも、俺はふたりと共に隠し区画を出る。


 待ち構えていた騎士達は、俺が銃を手にしているのを見て――


「ああ、なんだ。銃かぁ……」


 と、熟練騎士達はあからさまに落胆した。


 彼らもまた、俺同様の感想を銃に抱いているらしい。


 一方、若手達は珍しそうに銃に注目しながら、熟練騎士達の落胆ぶりに不思議そうな表情を浮かべる。


「それが銃なんですか? 噂では魔法を扱えない者でも、攻性魔法に匹敵する力を得られるとか……」


 リンガート魔道士長の息子のアンディが、興味深そうに訊ねてくる。


 なんでも彼は父親と違って魔道がそれほど得意ではないそうで、魔道の道を諦めて剣に生きる事にしたらしい。


 それだけに、攻性魔法に匹敵する力という部分に惹かれるのかもしれんな。


 アンディの発言に、一部の若手が目を輝かせるのがわかった。


 ――まったく……


 俺は手にした銃で肩を叩く。


「――良い機会だ。諸君らも、これがいかに無駄な玩具おもちゃなのかを、よく見ておくと良い」


 騎士達にそう告げると、俺は以前覚えた通り、銃に弾を込める。


「――アリシア」


「ん?」


 ヤツが振り向くかどうかのところで、俺は容赦なく銃爪ひきがねを引いた。


 乾いた炸裂音と激しい閃光が弾丸と共に銃口から放たれる。


 弾は大気を揺らしてアリシアに迫り、しかしヤツは虫でも払うように右手を閃かせた。


 アリシアの足元で火花が散って、金属音が兵騎蔵に響き渡った。


「……あんたねぇ……」


 声を震わせ、アリシアは俺の後ろ頭を叩く。


 視界が揺らぐほどの威力と早業だった。


「やりたい事はわかるけど、やり方ってモンがあるでしょ!?

 さすがに今のはあたしじゃなきゃ、ケガしてたよ!?」


「……だから、おまえを狙ったのだろう? おまえの実力を信じていたんだ」


 近接状態からの光精魔法による攻撃すら、鼻歌交じりに避けてみせるアリシアだからな。


 たかだか音の速度を超える程度の弾丸など、ものともしないのはわかっていた。


 俺の言葉に、アリシアは腕組みして顔を逸らす。


「――ま、まあ? あたしだしね。そういう事なら赦してあげるよ!」


「……師匠、なんか顔が赤くねえ?」


 すぐ隣に立つダグ先生が、アリシアの顔を見上げながら首を傾げた。


「ダ、ダグ~? それは気の所為だよ。いいね?」


「……お、おう」


 などと、意味のよくわからないやり取りをしているふたりを尻目に、俺は若手騎士達を見回す。


「――いまのでわかっただろう?」


 そう告げるが、若手騎士達は困惑の表情をより濃くした。


「いやいや、アル坊よぉ。さすがに今のだけじゃ、俺らはともかく、若い衆には伝わんねえよ。

 アレじゃあ、姫様がすげえって事しか伝わらねえぞ?」


 熟練騎士のひとりが苦笑交じりに告げてくる。


 ふむ。どうやらまた言葉足らずだったようだな。


 ならばと、俺は若手から代表者をふたり選び、兵騎蔵の端々に立たせる。


 ひとりは射ち手で、ひとりは的だ。


「――的役は結界を張って、射撃を待て」


 そうして的役が、指示通りに結界を張るのを待って、俺は射ち手に合図する。


 再び兵騎蔵に銃声が響き渡り、駆け抜けた銃弾は騎士の結界に阻まれて、彼の背後の石壁にめり込んだ。


 俺は今度は失敗しないよう、慎重に言葉を練って騎士達に説明する。


「――銃という武器の射程はおよそ三〇〇メートル。そして目標に致命傷を負わせられる距離――有効射程と呼ぶらしいが――は、およそその半分らしい」


 その距離で当てるのには、かなりの鍛錬が必要らしい事も付け加えておく。


「そして、今見てもらったように、その有効射程の三分の一の距離でさえ、銃は結界を破る事ができない」


 そう。銃という兵器は、騎士や魔道士を相手とするには、あまりにも威力不足なのだ。


「そもそも諸君らは、放たれる弾が見えているだろう?」


「――え? マジで?」


 ダグ先生が驚いたように、アリシアを見上げる。


「そりゃそうよ。鍛錬を積んだ騎士って音より速く動くのよ?

 そこまでできない未熟者でも、銃より速い騎士の斬撃を相手に訓練してるんだもん。見るくらいはできるよ」


「ああ、だから騎士って……」


 アリシアの説明で、ダグ先生は理解に至ったようだ。


「兄ちゃん! 騎士が銃を使わないのは、簡単に防げちゃうし、そもそも銃弾より速く動けるからなんだね?」


「ああ。そうだ。騎士の一撃は銃より速く、そして強い」


 なにせ戦闘において騎士は結界を幾重にも張り巡らして切り結ぶものだからな。


 当然、その斬撃はそれらを断ち割るほどの威力を持っているのだ。


「でもさ、有効射程一五〇メートルだっけ? その距離からの不意打ちだったら、銃も役立つんじゃない?」


「うむ。ダグ先生なら、当然、そう考えると思っていた」


 だから、アリシアを不意打ちして見せたのだが、どうもアレはアリシアだからできた事と思われたようだな。


「今からその部分についても説明しよう」


 そうして俺達は兵器蔵の外に出る。


 先程のふたりを今度は一五〇メートル離れた位置に立たせ、万が一に備えて的役には一言、忠告をする。


 今度は俺の合図なしで、射ち手が任意に撃つようにさせた。


 みんなが見守る中、射ち手が銃爪ひきがねを引き絞り、的役が即座に結界を開く。


 しかし、銃弾はそもそも結界に当たらなかった。


 的役の左に大きく逸れて、そのまま奥にある林の中に消えて行った。


「……当たるまで試してみると良い」


 と、俺は射ち手に弾を渡してやる。


 それからしばらく射ち手は試してみて、六発目にしてようやく的役の結界に当てる事ができた。


 俺はダグ先生を見る。


「見ての通り、この距離では銃は的に当てるのにもそれなりの鍛錬が必要となる」


「でもさ、的役の人が正確に結界を張れてたのはなんで?

 銃弾って音より速く飛ぶんだろう?」


 やはりダグ先生は素晴らしいな。


 音の速度と銃弾の速度を理解しているじゃないか。


 だからこそ、俺は首を振って彼の勘違いを指摘する。


「確かに銃弾は音の速度を超えるが、この距離ではそれは瞬間的な誤差だ」


 これは騎士の攻撃にも言える事なのだが。


「音が遅れて聞こえるのは、およそ三〇〇メートルを越えてからなんだ。

 そして、そもそも的役は射撃音を頼りに結界を喚起していたわけじゃないんだ」


 俺が的役にした忠告――それは、撃鉄が落ちる音に注意しろというものだった。


 銃爪ひきがねが引かれ、バネの作用で撃鉄が落ち、それが撃針を叩いて、銃弾の尻にある雷管――銃弾内部の火薬を炸裂させる部位に着火反応を起こさせる。


 たかだか一五〇メートルの距離、身体強化された騎士の聴力ならばそれを聞き分ける事は可能なのだ。


 不意打ちという条件だったから、的役には教えなかったが、そうでなければ騎士は視力の強化によって銃爪ひきがねを引く瞬間さえ見極めるだろう。


「まとめると、だ。

 騎士ならば銃の鍛錬に時間を割くくらいなら、身体強化と魔法、そして弓の鍛錬に時間を費やした方が、遥かに有意義だということになる」


「魔法はわかるけど……弓?」


 ダグ先生に、新たな疑問が湧いたようだ。


「そうだ。弓だ」


「でも弓って、狩人が使うものじゃないのか? ロディおじちゃんみたくさ」


 ふむ。ダグ先生にとっては、なまじロディを知っているだけに、弓は狩人の武器という印象が強いようだな。


「いや、ダグ先生。一流の騎士は、剣だけでなく、槍も弓も巧みなんだぞ?」


 と、そこへ。


「――アニキ! 言われた通り、型稽古を終えました!」


 俺の課題を終えたヘリオスとマリーがやってくる。


「ああ、ちょうど良いところに来たな」


 俺やアリシアが弓の腕前を見せる事は簡単だが、それでは先程の銃の説明のように、ダグ先生の理解に繋がらない可能性がある。


 俺はやってきたふたりに向かい、笑みを浮かべた。


「――ちょっとふたりの弓の腕前を見せてくれ」

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