第3話 22

 あの呑み会から一週間、俺は<竜牙>騎士達に徹底的に基礎鍛錬を課した。


 内容は主に、基礎体力と魔動を底上げする為のものだ。


 その為に、例の騎体の改修を始めていたクロに頼み込んで、俺やアリシアがババアのトコで鍛錬していた時に着けさせられていた魔道器を造ってもらった。


 ――昔、ババアから聞いた話では。


 騎士に限った話ではないのだが、人は行動する際に多かれ少なかれ、無意識に魔動を用いているのだという。


 身近な例だと、バートニー村の狩人をしているロディだな。


 彼は無意識のままに、長年の経験と自身が持つ魔動を巧みに操り、狩りに役立てている。


 あとは鍛冶仕事を請け負っている、ロウェル親父殿もそうだな。


 冶金で大槌を振るう際や、研ぎの際の繊細な作業の際に、魔動を用いて巧みに身体を制御している。


 そういった魔動による身体制御を意識的に行えるようになる事を、魔道学においては『身体強化』と定義している。


 魔法としては基礎の基礎。


 魔道器官の使い方を覚えた者なら誰でも使えるようになる事から、魔道士達からは軽視されがちなのだが、騎士のように武に身を置く者達にとっては、まずこの魔法を自在に扱えるようになる事こそが重要視されている。


 <竜牙>騎士もまた、幼い頃から厳しい鍛錬を積み重ねてきた為、もはや呼吸と同様に、無意識に身体強化を行っている。


 俺がクロに用意させた魔道器は、その身体強化の源である魔道器官を抑制し、一定量以上の魔動を発揮できなくさせる効果を持つシロモノだ。


 呪具と言っても差し支えのない魔道器なのだが、同時にこれは疲労と肉体損傷を快癒させる効果も持たせてある。


 ババアはこの鍛錬法を、魔道器官の加圧式トレーニングとか言っていたか。


 魔動を抑制する事で、意識的に適切な魔道を身体に通す事を覚えさせる――いわば、身体強化の効率化を目的とした鍛錬だ。


 同時に魔道器官を抑圧する事によって、発せられる魔動の強化にも繋がる一石二鳥の鍛錬法でもある。


 魔道器を造る時に、騎士達にこの鍛錬法を授ける事をなにか言われるかと、俺は言い訳を考えて身構えていたたのだが、クロのヤツは特になにも言わなかった。


 そんなワケで、現在の<竜牙>騎士は本来は身体強化して行われていた日常訓練を、それを制限された状態で行っている。


 身体強化を制限されている反面、常に疲労が癒やされる為、魔道器を着けた初日の騎士達は、その奇妙な感覚になんともいえない表情を浮かべていたな。


 俺もババアの鍛錬で知っているから、よくわかるぞ。


 まあ、一週間経った今では、それが当たり前として受け入れているのだから、さすが頭のおかしい<竜牙>騎士達だ。


 さて、そんな<竜牙>騎士達の中で、俺の特訓を希望したふたり――ヘリオスとマリーについて、だ。


 この一週間、ふたりには魔道器官を抑制した状態での基礎訓練に加えて、その状態のままで兵騎と合一するよう課題を出した。


 魔道器官を合一器と繋げ、騎体をもうひとつの身体として魔道を通す兵騎との合一は、いわば身体強化の延長にある魔道技術だ。


 外装により強い魔道を通す必要のある<爵騎>はムリにしても、制式騎程度の外装ならば魔道器官を制限されてはいても、ふたりならばいずれ合一できるのはクロに確認済みだ。


 現にマリーは三日ほどで合一できたし、ヘリオスもまたその翌日には合一できた。


 決して本人の前では言いたくない事だが、ババアの鍛錬法はやはり効果だけは素晴らしいな。


 たった数日でも効果が目に見えて表れる、それが本人のやる気に繋がるんだ。


 俺やアリシアは、それに加えて能力を数値化してもらっていたから、お互いに負けたくないと奮起しあったんだったな。


 残念ながら、あの能力の数値化は専門の測定用の魔道器や、なにやら複雑な数式による計算が必要なようで、俺はふたりに提示してやれないんだがな。


 そんな事を考えながら、俺は兵騎と合一しているふたりを見上げる。


 今、ふたりがしているのは兵騎による体捌きの鍛錬だ。


 騎体の幅ギリギリに地面に描かれた大きな円の中で、二騎はゆっくりと身を捻り、四肢を動かしている。


 一種、舞いの稽古にも見える鍛錬法だが、実際、ババアの故郷ではその稽古から取り入れられたのだと聞いている。


 ふたりには、最善最良な状態の自分を相手と想像して動くように言っている。


 どう自分を攻めるかを客観的に考えつつ、そうして捻り出した攻撃をどう掻い潜るかを並行して考える――戦闘思考の鍛錬も兼ねているというわけだ。


 二騎の騎動がゆっくりなのは、まだこの鍛錬に慣れていないからだな。


 いままでふたりが経験してきた戦闘を模した鍛錬は、掛り稽古や組打ちだったのだ。


 あれはあれで実戦に近くて良いのだが、戦闘思考の鍛錬という面では、あくまで主観しか鍛えられない。


 いや……熟練の騎士達ともなれば、自然と相手側の思考を読み取って策を組み立てられるようになるのだろう。


 この鍛錬は、そんな熟練騎士達の思考を、意図的に身に着けさせる意味合いもあるのだ。


 はじめは、慣れないふたりはその都度、動きを止めて首を捻っていたものだ。


 だから、多少の想像の齟齬は構わないから、ゆっくりでも良い、とにかく動き続けろとふたりには言ってある。


 慣れてくれば、徐々に動きは速くなっていくはずだ。


「――ずいぶん懐かしい事やらせてんのね」


 と、後ろから声を掛けられて、俺は振り向く。


 そこには、休憩中なのか手拭いを首から掛けて、素焼きのカップを持ったアリシアとダグ先生の姿があった。


 なんでも、ダグ先生はアリシアから戦闘術を学ぶ事にしたらしい。


 言ってくれたら、俺がいくらでも教えたのに――そう告げたら、俺は騎士達に教えるのに忙しいだろうから、と返されてしまった。


 ……気を遣わせてしまったらしい。


 ふたりはそのまま俺の隣に並び、鍛錬場でひどくゆっくりと動く二騎を見る。


「ああ。八竜を修める為の基礎鍛錬だからな。おまえにしてみたら懐かしいだろうさ」


 アリシアもまたババアの鍛錬を受けた者だ。


 マリーとヘリオスが行っている鍛錬は、幼い頃――それこそ才能に満ち溢れたコイツは、十歳を迎える前には当たり前のようにできていた。


「あれをふたりにさせてるって事は、あんた、ふたりに八竜も仕込むの?」


 アリシアの問いに、俺は腕組みして首を傾げる。


「恐らくはその前段階までになると思う。

 ふたりが望むなら俺は構わないと思うのだが、クロがなんと言うかわからないしな……」


 王族が学ぶ八竜の技は、そもそも王族が受け継ぐ強大な魔動を前提としている部分が大きい。


 加えて魔道器によって事にされた状態から鍛錬を始めるので、人に伝えるのに向かないものが多いのだ。


 なによりババアの技術のひとつである為、ふたりへの伝授はクロが反対するかもしれない。


「ま、その段階でも、使えるようになったなら、ふたりはこの国では上位の強者になれるんだろうけどね……」


「使えるようになれば、な……」


 以前、<竜牙>騎士の山岳訓練に参加した時、俺がババアに出されていた課題を真似始めた騎士達が居たのだ。


 だが、ある鍛錬を始めた段階で、彼らは挫折してしまった。


「あ~、そっか。魔動制御の鍛錬でイヤになるかもだったね……」


 自身の体験を思い出したのか、アリシアが苦笑しながらそう告げる。


「とりあえず、この調子ならアレも明日、明後日にはやらせてみるつもりだ」


「そこがふたりの最大の関門かぁ」


「この短期間に目覚ましい成長を見せたふたりだ。俺は乗り越えられると信じている」


 アレで挫折するのは、あくまで精神的な問題だ。


 そこをしっかりと支えてやれば、ふたりなら問題ないと俺は考えている。


「――ところでさ、ひとつ聞きたい事があるんだけど」


 と、ヘリオスとマリーが駆る二騎を見つめる俺に、アリシアがそう前置きして切り出してくる。


「ん? 俺に応えられる事か?」


「うん。ダグに質問されてね。あたしじゃ上手く説明できないから、あんたのトコに来たわけ」


「おいおい、それでよく教導を名乗り出たものだな」


 俺は苦笑しながら、俺とアリシアの間に立つダグ先生を見下ろす。


「ダグ先生、やはり俺が鍛錬指導しようか?」


「アリシア姉ちゃん――いや、師匠はちゃんと教えてくれてるよ。

 聞きたいのは、戦闘術とはあまり関係ない、ちょっとした疑問なんだ」


 くっ……アリシアめ。自分の事を師匠と呼ばせているのか。


 チラリと横目でヤツを見ると、勝ち誇ったように腰に両手を当てて胸を張っていやがる。


「ふむ。疑問とは……どんな事だろうか?」


 俺は悔しさを表情に出さないよう努めながら、ダグ先生に先を促した。


「うん。ホラ、銃って武器があるだろ?

 オイラは本でしか知らないけど、魔法が使えない庶民でも魔獣が狩れるって、アグルス帝国では流行ってるみたいじゃん?」


 事実だ。


 いつの頃からか正確なところはわからないが、そういう武器がアグルス帝国で生み出され、庶民を中心に広まっているらしい事は、俺も知っている。


 俺が城を追われた二年前の段階で、我が国の国境付近の村々にまで広まっているという報告を受けていたな。


 鉄筒に詰めた火薬と呼ばれる化学素材の爆発反応を用い、共に詰めた鉛の弾を飛ばす――攻性魔法を物理現象で再現したような武器だったはずだ。


 その威力は確かに強力で、学園に通ってしっかりと学んだ学生の攻性魔法にも匹敵するのだとか。


「そんな強い武器があるのに、なんで騎士は使わないのかなって思ってさ」


 ダグ先生の問いに、俺は納得した。


 ああ、なるほど。


 感覚的に戦うアリシアには、確かに難しい問いだっただろう。


「ふむ。良い着目点だ。とはいえ、俺もうまく説明できるかわからないから、場所を移すとしよう」


 賢いダグ先生ならば、実際に見てもらった方が早いだろう。

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